第23話 第二の事件発生

「なるほど。まあ、事件ではないことを祈るだけですね」

 聖明も積極的に何か動くつもりはないと、パンを口に放り込んだ。焼きたてのようで、ほっこりと美味しい。

「ううん。三浦さん、料理の腕前が凄いよな。どうしてシェフを辞めてここで働いているんだろう」

「痛風を患いまして」

 そこに、コーヒーを持って現れた三浦が、苦笑しながら答えた。そしてどうぞと聖明の前にコーヒーを置く。

「痛風ですか?」

「フランス料理を専門にしていたのですが、どうやらその時の脂っこい食事が私の体質に合っていなかったようで」

 こればかりはどうしようもないと、三浦は苦笑していた。

 たしかにあの料理、日本人には合わないものも多そうだ。といっても、聖明はそれほど詳しくないので、どうコメントするのが正しいのかも解らない。

「それで、憲太様は外に?」

「ええ。まだシステムは直っていませんが、栗橋家の人ならば出られると解りましたので」

「そうですか。私が試したところ出られなかったので、困ったものですね」

 これは意外だった。たしかに吉田は栗橋家と断言していたが、ずっと出入りしている三浦まで弾かれているとは思わなかった。

「どうにも妙ですね」

 単なる不具合にしては、どうにも奇妙だ。そう聖明が思った時、電話が鳴った。相手はもちろん憲太だ。

「どうした?」

「あ、先生」

 電話はそこで途切れる。

 それだけで、何か緊急事態だと解った。ひょっとして憲太の身に危険が及んでいるのか。

「辻さん」

「解っています。吉田さん。アラームを解除してください」

 玄関から出ることは出来ない。緊急事態として向かうには、窓から出るしかなかった。辻はここの窓でいいと、食堂にあった大きな窓を指す。ちょっとした出窓で、縁を乗り越える必要があるが、大人が出入りするのには問題ない。

「わ、解りました。三分ほど待ってください」

 吉田はすぐに二階へと走って行った。そこでしかシステムは操作できないからだ。一つ一つに独立したボタンのようなものがあるわけではない。

「ちっ。先生も一緒に来ていただけますか」

「はい。あ、憲太君からメッセージです」

 頷きつつスマホを確認すると、電話ではなく憲太からメールが届いていた。どうやら憲太は無事のようだ。しかし、そのメールを開いて聖明は固まってしまう。

「どうしました?」

「あ、いや。さすがにこういうものは見慣れていないもので」

 未来が覗き込もうとしたので、それは身体でスマホを隠して阻止し、辻にだけ見えるようにする。

「これは――田村。本部を呼べ」

「はい」

 田村にもその写真を見せ、すぐに警察本部が動くように手配する。そして三浦を呼び、覚悟してくださいと言ってから写真を見せる。

「これは」

「この場所、どこですか?」

「お、おそらく、尚武様の作業場かと」

 驚いた三浦は顔を真っ青にしたが、ちゃんと場所を確認してくれた。辻はその場所の詳しい住所を聞き出し、それを田村経由で本部に伝える。

「この家から一キロ先ですね」

「はい」

 そこに吉田が窓のアラームが外れましたと駆け込んでくる。そのまま、辻と聖明、そして吉田が外に飛び出した。

「私は」

「君は来ない方がいい。大丈夫だ。連絡を入れる。市原、お前も残れ」

 未来と辰馬をその場に残し、聖明は先を駆けていく二人を追い掛けた。あんな場面、あまり多くの人の目に触れない方がいい。そう正常な判断をしていた。

「車で向かいます」

「お願いします」

 辻の運転で現場に急行する。その僅かな間に、聖明は吉田に手早く状況を説明し、あの写真を見せた。

「こ、これは。まさか栗橋先生と同じ犯人ですか」

「可能性は高いと思います。いや、他の可能性は限りなく低いと言うべきでしょうか。一部を切り取るという点は、同じですからね」

 そう言って、聖明はもう一度、今度は覚悟してその写真を見た。先ほどはメールにこんな写真が添付されているとは思わなかったから、動転しなかっただけでも良かった。

 写真には、血の海で倒れる尚武の姿があった。それだけでも異様なのだが、写真の異様さはそこではない。

 両腕が、尚武の両腕が切り落とされているのだ。それも肩からすっぱりと切られている。写真からは断定できないが、綺麗な断面のようだ。

「今度は腕を持って行った、か。何のために」

 脳よりも理解しがたいと、どのパーツであっても理解は出来ないのだが、聖明は思い切り顔を顰めた。しかし、犯人は明確に腕を持ち去るという意図を持っている。それは亜土の時の脳と同じだ。

「フランケンシュタイン、か」

 そこで思いつくのは、かの有名なフランケンシュタイン博士の造り出した怪物だ。しかしあれは、現代のテクノロジーを用いたとしても実現不可能だと思える。そんなもの、果たして造ろうと思うだろうか。

「すでに状況は異常なのだが」

 そんなことをつらつらと考えていると、車は尚武の使っている作業小屋へと着いていた。入り口の引き戸のところで、呆然と座る憲太の姿がある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る