第13話 二人の研究者

「考え出したら止まらなくなるからですよ。先生、ああいう謎を考えるの、本当は好きだから」

 その理由を、未来が辰馬と憲太だけに教えてくれた。

 ああ、なるほどと二人は納得する。さらに辰馬は、より困ったところも知っている。

「本郷先生。考え出すと総てがストップするタイプですしね」

 周囲から見るとただ固まっているだけの状態。考え始めると聖明はその状態になってしまうのだ。それを本人は上手くコントロールできないようで、食事や睡眠を忘れるほどである。

「ああ。じゃあ、無理に教えない方がいいってことですね」

 憲太は今後、興味を引くような言い方は避けようと思う。しかし、未来はそんな気を使わなくてもいいと、あっさりだ。

「え、でも」

「ここまで付いて来ているんだから、実際は気になって仕方ないんですよ。自制できないようなら放置しておくのが一番です」

 かなり酷くないかと、思わないでもないが、四六時中、聖明に纏わり付く未来のことだ。そうなった場合はどうにか対処してくれることだろう。

 この可愛らしい学生が聖明に夢中なのは、研究室に出入りする誰もが知っている。

 聖明はと目を向けると、吉田にあれこれと質問をぶつけていた。もちろん技術に関する質問ばかりだが、事件のことを避けるのに必死なのかもしれない。

 二階は洋間部分だけに乗っかっている形で建てられているために、もともと狭い。部屋数は四つで、その真ん中に大きく広間のような空間がある。

「おや。お客さんかな」

 話声に気づいたようで、書斎から二人、廊下側に顔を覗かせた。一人は中年の男性、一人は若い女性だ。中年の男性はいかにも研究者という風貌をしていた。一方、女性の方は背が高くすらっとした美人で、まるでモデルのようだ。そんな彼らはもちろん、容疑者に入っている。

「ええ。憲太君の友達と、その先生と学生さんです。本郷先生、こちら、冴えない男の方が川口展洋かわぐちのぶひろ、もう一人は中野夏澄なかのかすみさん」

 冴えないとは酷いなと言いつつ、川口展洋は聖明に握手を求めた。

「本郷というと、物理学者の」

「ええ、そうです。そういう川口さんは数学がご専門では」

 互いに名前は知っている関係だと、この時はっきりした。だからか、すぐに場の空気が和んだ。今までで最も好意的な雰囲気である。

「まさかこんなところで会うとは。川口先生のゼータ関数に関する論文は、大変興味深い内容を含んでいました」

 それは聖明からそんなことを話し掛けていることでも解る。

「それは、どうも。その議論はぜひ後ほど。栗橋先生にもそのあたりのご指導を願い、こちらに来ていたんですよ。先生は数学者としての研究も続けていらしたので」

「ははあ。なるほど。しかし、どういう内容ですか」

 まったく知らなかったことから、純粋数学の分野であることは解る。そして物理学の領域に被らないものだ。さすがに聖明といえど、数学の総てを理解しているわけではない。

「そうですね。一言で言うとホッジ予想に関するものですね。トポロジー関係です」

「はあ。ミレニアム問題の一つだということしか知らないです」

 聖明は素直に解らないと詫びた。それに対し、有名ではないですからねと川口は笑い飛ばした。

「ああ。私が独占しているような状態になっているな。こちらの中野さんはコンピュータ関係の人ですから、この家に関しては彼女の方が詳しい。それに栗橋先生最後のお弟子さんなんですよ。ほら、あの人工知能に力を入れている東北国立大学。あそこの出身です。栗橋先生はあそこで定年で研究されていましたからね」

 川口はそう言って後にいた中野を押し出した。そして無理やり聖明と挨拶させる。その中野は、聖明の顔を見つめたまま頬を赤らめていた。完全に一目惚れしている様子だ。

 それはそうだろう。聖明は、黙っていれば、もしくは学者としての態度を取っている限りは、非常にイケメンでいい男である。

「ど、どうも」

「本郷です」

 聖明は中野に名刺を渡した。そしてにっこりと笑う。

 その一連の動きに、辰馬はまた悪戯をと、額を押さえていた。今、明らかに中野は聖明に見惚れている。それを解っていてやっているのだ。

 どうやら顔で判断されるのが嫌いらしいが、それにしたって意地悪過ぎる。どうして大人の対応が出来ないのだろうか。

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