第12話 シャンデリアも絡繰りの一部
「では廊下の説明はこのくらいで。そうですね。メインの洋間に行きましょうか。先生方はそちらの見学に来たんですし」
トイレと風呂はあちらです、後で案内しますよと言い、そのままぞろぞろと玄関の方へと向かった。ちゃっかり辻も付いて来る。
「こっち側から見ても、異質な空間という印象を受けるね」
聖明はそれをずっと黙っている憲太に向けて言った。憲太はそれに頷く。
「ええ。しかし昔は珍しい工法ではなかったようです。数寄屋造りからの発展形というのは、近代の日本の住宅建築では、重要視されるところなんですよ。そこに和洋の折衷が入り込み、こういう複雑な構造を作り出すんです。
祖父の生家も和洋折衷の作りで、玄関先に洋風の応接間があるんですけど、他は和風の造りでした。それは一般のビルなんかも見られて、昭和初期のモダンなビルというと、どこか和風と洋風を折衷したような建築が見受けられますね。
それに戦争を挟んだことで、より形態は複雑化しました。日本の技術を使うしかなかったという要因があるんです。日本の建築史は、明治以降は非常に様々な試みをされているんです」
さすがは専門にしているだけあって、すらすらと知識が披露された。それに顔色も少し戻ったようだ。
「なるほどね。つまり、この家において、洋風のあちら側は客向きというわけか」
しかし、これほど明確に異なっているのは珍しいと、憲太は補足した。
たしかにこの家、完全に真っ二つに空間が分かれている。間に玄関のような扉もあるほどだ。その辺りは亜土の意匠ということか。
「ええ。間に扉を設けて明確に分けたのは祖父です。小さい頃、ここに引き戸はありませんでしたから」
靴を履く時に憲太がそう言った。つまり、絡繰り屋敷になった時に明確な差をつけたということだ。これは何か意味があるのだろうか。それとも気まぐれなのか。
「食事はここで取ることになるようです。他に一同集まれる場所がないんで」
憲太は先ほど三浦から言われたと、先に引き戸からすぐの部屋へと案内した。そこは大勢の客が来た時のためか、大きなダイニングテーブルが置かれていた。椅子も十五客用意されている。
「へえ。ここにもシャンデリアがある。あれって飾りだよね?」
「ううん。あれも絡繰りの一部なんだ」
趣味が悪いと思っていた辰馬だったが、あっさり憲太に否定されてしまった。なるほど、ああいう目立つ飾りだと、仕掛けを作るのも簡単ということか。
「配線を隠すのにも役立つだろうね」
すでにじろじろとテーブルに近づいて見ていた聖明が指摘する。
たしかに絡繰り屋敷というわりに、機械も電気コードも見当たらない。先ほどのセンサーは床板に隠されているということだったし、そういう見た目には気を使う人だったようだ。
「ええ。あの上の部分にルーターも置かれています」
憲太は聖明の横に行くと、あそこだと指差す。そこでWi-Fiを飛ばしているということだ。
「後でパスワードをお教えしますね」
「ああ、頼む。さすがに三日も仕事しないと死にそうだしね」
聖明の言葉に、憲太はさすがですねと苦笑するしかない。理系研究者とはこういうものだと理解している。
「では、引き継ぎますよ」
食堂を出たところで、吉田がそう言って案内役を代わった。
食堂の横は応接室だった。そこだけはちゃんと監視カメラが設置されているという。
「監視カメラ、または防犯カメラはここだけですか」
「いえ、書斎と機械室にあります。そこを壊されては一大事ですからね。しかし」
その部屋で事件が起こったのだから皮肉としか言いようがない。しかも、監視カメラの映像は消えていたのだ。
「そのカメラは今、正常に動いているんですか」
「ええ。事件のあった一瞬だけ誤作動しているだけなんです」
「おや。消えたわけではない」
これは意外だった。聖明はてっきり犯人が消したのだと思い込んでいたから、どうして誤作動なのだろうと、初めて事件に興味を持つ。
「そうです。事件のあった時だけ、エラーと表示されるんです。他は通常に動いていました」
「なるほど。だから容疑者も絞られたということですか」
徐々に状況が理解できたと、聖明はそこで質問を切った。これ以上は首を突っ込み過ぎることになると判断しておく。
「次に行きますか」
「え、ええ」
聖明がそう言って先に二階に上がっていくので、吉田は拍子抜けしたようだ。これは辻も憲太も食らっているので、同情の眼差しを受けることになる。
どういうわけか、聖明は事件に関しての質問を避ける傾向にある。
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