第2話 ちぐはぐ絡繰り屋敷
「あれ、知らないですか?」
「何か事件があったのか。ここでかい?」
辰馬の問いに、興味は出てきたから教えてくれと、聖明は先ほどまで見ていた写真を指差した。どこかのホームページに載っていたものを引き延ばして印刷したらしい。写真はかなり荒かった。
「ええ、そうです。現場はこの写真の栗橋亜土の家です。この家で、亜土の他殺体が見つかったんです。それで有名になったんですけど、ここ。ただ事件があったというだけでなく、面白い要素があるんですよ」
辰馬はこれがメインのようなものだと、そこでにやりと笑った。しかし二人には効果がなく、早く言えという目を向けられるだけだった。が、ここは大事なポイントだ。
「面白い要素って何ですか」
仕方ないわねと、勿体付ける辰馬に未来が訊く。
聖明は言うまで待つだけだ。それか興味を無くしてしまう。
「はいはい。実はここ、超ハイテク絡繰り屋敷なんですよ」
「――ほう」
頑張って勿体付けた効果か、それとも表現が良かったのか。何とか聖明の興味を完全に引くことに成功したようだ。聖明の顔が、その瞬間明らかに真剣なものに変化していた。
事件があったのは、僅か一年前のことだ。
それほど古い話ではない。
あまり話題にならなかったのは、警察が箝口令を敷いているからだろう。それほど特殊な事件だったのだ。そして何より、栗橋亜土が情報工学では超一流の研究者であり、また相当変わった人物であり、さらにその現場も特殊だったことが警察を慎重にさせていた。
問題の絡繰り屋敷だが、事件のあった年の随分前から、亜土はその家に住んでいた。というのも、大学を引退し、のんびりと自宅で研究を進めていた栗橋亜土は、その自宅に自らの研究成果を用いて試していたのだ。ここ十年間、亜土はその家を実験場とし、様々な機械を組み込んでいたのである。
「これがまあ、SFに出てくるような家でね」
というのは、辰馬に詳細を語った友人であり亜土の孫の
「SFねえ。つまり、何もかもがシステム制御されているとか」
コーヒーを飲みながら話を聞く聖明が、そう確認する。三人は話しやすいソファへと移動していた。これは来客用に置かれていたはずだが、いつしか物置き兼昼寝用と化しているものである。
「ええ。しかも簡単な人工知能も組み込まれていて、栗橋亜土の生活リズムに合わせて動くそうですよ。まさしくSFです」
この場合、亜土の家は実際に存在するからフィクションではないがと、聖明が余計なツッコミをする。
もちろん、辰馬も未来も無視した。
「それにしても、外観は古風ですよね。明治時代に建てられた洋館って感じ」
未来は先ほどまで聖明が、穴が開くほど見ていた写真のコピーを持ち上げて言う。そこに写る建物は、確かに明治時代に建てられた洋館を彷彿させるものだ。つまり、日本建築と西洋建築を無理やりドッキングした印象を与える建物だった。
「実際にかなり古いものらしいですよ。亜土は中だけ改造したんですね。その孫の栗橋憲太は、この外観に魅力を感じて、今は建築学科に進んだくらいです。今も工学系研究科に在籍して、建築を研究していますよ」
祖父は偉大な情報工学者だというのに不思議ですよねと、辰馬は余計なことを言う。
「何を追求したいかはそれぞれだろう。それで、ちぐはぐ絡繰り屋敷で、その設計者の亜土が死んでいたのか。生活リズムに合わせてシステムが動く中で」
「ええ。それも他殺体です。首がちょん切れた状態で見つかったとか」
辰馬が手を首の位置で横に振り、ここから切れていたのだと示す。あまり気分のいい話ではない。
「それは確かに他殺体だな。そして犯人はその場にいなかったというところか。ああ、総て記録されていたのか。絡繰り屋敷というくらいだ。屋敷内の出来事を記録するものが存在して当然。しかし、その事件に関しての記録はなく、また、犯人が誰かも解っていない」
「え、ええ」
先に言うかと、肝心な部分を取られた辰馬は急いで頷く。そう、首の切れた死体だけがその場にあり、犯人はいなかったのだ。
「様々な機械の誤作動かと確認もされたようですけど、首がちょん切れるような機械はありませんでした。しかも、切り口を調べたところ、それはどう考えても人の手で、それも鋸のようなもので切られたと解ったそうです」
えぐいですよねと、具体的に想像してしまった辰馬は肩を竦める。そんなこと、どうしてやろうと思うのか。よほど亜土のことが憎かったのだろうか。
「ほう。また、面倒なことをしたものだな」
しかし、聖明の感想はこれだった。えぐいとか気持ち悪いよりも、どうしてそんな労力を払う気になったのか。理解できないという顔をしている。
「しかもですね。それだけではなく、ちょん切った首から脳みそを取り出しているんです。そして、脳だけをどこかに持ち去ってしまった」
「うわあ」
これには未来が顔を顰めて、可愛くない声を上げた。見た目は可愛いというのに、どうも振る舞いが可愛くないのが未来なのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます