第3話 大変すぎる

「猟奇殺人か。いや、それに見せかけているってのが正確なのかな。脳は綺麗に取り出されていたんだろ」

「ええ。医学に精通しているのではないか。そう思えるほど、綺麗に抜き取られているそうです。頭蓋骨の中には破片一つ残っていなかったらしいですから。そして犯人同様、持ち去られた脳がどこに行ったのか。まだ不明なようです」

 またしても先に言われたと、辰馬はむすっとしながら説明をした。これは非常に面白くない。これほど話が盛り上がらないことがあるだろうか。話は週刊誌ならば喜んで話題にしそうなものだというのに。

「それで、その話題をした理由は?」

 さらに先回りする聖明は、この話を始めた理由を訊いた。まったく、順番を完全に無視して話が進んで行くなと、辰馬はこっそり溜め息を吐いてコーヒーを飲んだ。そうしないとイライラしそうだ。

「それがですね。この話の最初に出てきた栗橋憲太。こいつに相談されたんです」

「ほう。まさかこの屋敷に行くつもりなのか」

 話が早すぎると、辰馬はもう一度コーヒーを飲む。すると僅か二口でコーヒーを飲み終わってしまった。まったく、頭の回転が速い人と話していると凡人は大変だ。

「ええ。それが色々とややこしいようでして。先生、付いて来てください」

 というわけで、辰馬は色々とすっ飛ばすと、そこで頭を下げた。しかし、これで驚くような聖明ではない。

「何時だ?」

「今度の連休です。ほら、九月の妙に長い連休」

 今の季節を把握していないかもしれないと、辰馬は慌てて九月を強調した。聖明は用事がなければ研究室から一歩も出ないタイプなのだ。おかげで今が八月の終わりだというのに、真っ白な肌をしている。

「ううん。新学期が始まって色々と面倒な時期だが、何とかなるだろう」

 一瞬だけ壁に掛かっているカレンダーを見ただけで、聖明は行くことを承諾してくれた。

 これもまた、辰馬には意外で呆気ないものとなったのだった。




 九月。誰が名付けたのか、そしてその名称に意味があるのか解らない、シルバーウイークと称される連休の一日目。天気は快晴。気持ちのいい秋晴れだった。しかし、この爽やかに晴れ渡った連休初日に、辰馬は胃痛に悩まされていた。

「平山さん。いつも、こんなのに耐えているんですか」

「ええ。もう慣れました」

「いや、慣れたって。慣れちゃ駄目でしょ」

 車に手早く荷物を載せる未来は、これでへばっていたら身が持たないよと呆れた顔をする。しかし、辰馬は色々と文句を言いたい。

「本郷准教授様を動かすのは、大変ってことですね」

 だが、すでに車に乗り込んで後部座席で本を読む聖明を見ると、文句を言うだけ体力の無駄だと気づかされる。

 そう、彼は出掛ける準備をしないだけでなく、手伝ってもくれないのだ。研究室に辰馬が着くと、いつもと変わらない姿でいたのだから驚きだ。そしてそこから怒涛の荷造り開始。ようやく車に乗るところまで辿り着いた。

「何を読んでいるんでしょうね」

 その間、聖明は着替えることもなく、いつも通りのワイシャツに黒のジーンズ姿で、何やら分厚い本を読み続けていた。

 そんな聖明を無理やり車に詰め込んだのも辰馬だ。そこまでやれば、ある程度の諦めは出てくる。だが、発散されないストレスは確実に身体を襲っている。胃がキリキリと痛い。

「約束を取り付けるまでは簡単だったのに」

「そういうものですよ。そもそもあの人が学会以外で大学の外に出るってだけでも、大したものだと思うもの。うん。市原君は凄いです」

 未来から謎の励ましを掛けられ、辰馬はいよいよ文句を飲み込むしかなくなった。理系特有なのだろうか、よく発生する事態ではあるが不満は残る。

「それで、これから車でT県まで行くの?」

 未来は用意が終わったよと、トランクを閉めて訊く。亜土の家があるのは、大学のある場所から車で三時間半ほど掛かる場所だ。それもかなり山奥にある。

「ええ、そうです。その前に、この話題を持って来た亜土の孫、栗橋憲太を拾います。道はそいつが知ってますから、迷う心配はないですよ」

 運転は俺とその憲太が交代でやるので気になさらずと、辰馬は笑顔で答えておいた。おそらく、未来は自分が運転する可能性を考えたはずだと、そう先回りしての答えである。

「あら、そう。じゃあ、お願いします。実はというと、本郷先生も私も、運転免許を持ってないです」

「――そう、ですか」

 だが、その予想を上回る返事に、憲太は笑顔が引き攣るのを感じた。今や都会では車の必要性を感じない。そしてそれに伴い、若者の免許取得率が下がっているというが、こんな身近な問題になっているとは思ってもいなかった。

 しかし、未来はまだ学生だから持っていなくても仕方がないとして、准教授の聖明が持っていないのは如何なものか。

「おい。まだ出発しないのか。暑くて敵わん」

 そこに車の中から聖明が叫ぶ声がした。エンジンが掛かっていないので窓も開いていなかったのだ。これはこれで拙い。

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