絡繰り屋敷は謎だらけ!?~本郷聖明の不思議事件簿~

渋川宙

第1話 謎の写真

 本郷聖明ほんごうさとあきは、机に広げられた紙を見つめたまま固まっていた。

 いや、正確には非常に速い速度で頭を働かせている。が、周囲から見れば、紙を見つめたままじいっとしているとしか思えない。

「先生。大丈夫ですか」

 あまりにずっと同じ姿勢なので、心配になった平山未来ひらやまみくが声を掛ける。

 しかし、それでも聖明は動かなかった。

 あまりにじいっと見つめているので、論文に問題があったのかと覗き込むも、見つめているのは写真だった。

 そう、コピー用紙に印刷された写真。それもレトロで風変わりな建物の写真だった。一体それが何だと言うのか。未来にはさっぱり解らない。

「よほどの難問のようね」

 それに未来は諦めたように呟くと、そのまま聖明の机から離れた。やることが山のようにあるのだ。付き合っていては時間が勿体ない。

 そう、これはよくあることで、聖明の奇癖の一つでしかない。考え出すとフリーズするのだ。しかも見ているものについて悩んでいるとは限らないという、困った問題点も抱えている。ということで、返事がなければ無視するより他はない。

 ここはとある国立大学の一角――正確には東都大学と呼ばれる、関東だけでなく全国的にも名の知れた大学――聖明が研究室を構えている部屋の中だ。

 聖明は若くして准教授という立場にあり、ここで物理学の研究をしている。未来はそこの学生だ。というわけで、別に聖明をサポートする役目はない。が、自然とサポートするしかない状況でもあった。今もそうだが、聖明には奇妙な行動が多い。

「ううむ。難しい」

 聖明はようやくそんなことを呟く。が、意味のある呟きではない。考えが方々に散らばっていて纏まらない。それだけの呟きだ。少々伸びてきた髪を掻きつつ、視線はまだ写真に落ちていた。

 その聖明だが、二十九歳でなかなか優秀。顔もまあまあ整っていて、いい男ではある。身長も百八十近くと高く、一目惚れする人も多い。

 ただし、それは見た目だけ。中身は優秀な物理学者の御多分に漏れず――そう言っても誰からも文句は出ないだろう――かなり変わっていた。いわゆる変人である。

 そんな聖明の下で学ぶ未来も、まあまあ変人であった。現在二十歳。可愛い顔立ちの女の子だが、研究一筋で浮いた話は一つもない。

 が、これは身近にあんなイケメンがいるからだなと、適当な邪推をされて終わっている。では実際はどうかというと、未来は聖明を手が掛かって面倒だが、それでも尊敬する人物と認識していた。

「おはようございます」

 そこに明るく元気な声がして、研究室のドアが開いた。入ってきたのは聖明の元で大学院生をしている市原辰馬いちはらたつまだ。未来の先輩でもある。いかにも数学ばかりしていますという、ひょろっとした理系らしい体格の辰馬だが、性格は非常に明るかった。

 今も、聖明も未来も返事を返さなかったが気にせず、ずかずかと中に入ってくる。

「あれ、先生。ひょっとして先生も栗橋亜土くりはしあどに興味があるんですか」

「――誰だって?」

 辰馬は写真を覗き込んで丁度いいと言ったが、聖明の反応はいま一つだった。一応、名前であるという認識は得られただけオッケーか。

「その建物ですよ。栗橋亜土が使っていた屋敷でしょ」

「そうなのか?」

 辰馬がそれを知っていて見ていたのではと訊くと、いやまったくと、聖明は首を振った。

「じゃあ、何でその写真を見ていたんですか」

「これか。昨日、人見が勝手に置いて帰っただけだ。それよりも人見の研究のあれはどうなったかと考えていたんだが。あれは波動関数の問題だと思うんだよな。しかし、決定的に何がと問われると困るところだ」

「はあ、そうですか」

 一体何の問題なのか。そこが解らない辰馬は溜め息に似た返事しか出来ない。

 相変わらず、横から見ているだけでは何を考えているか解らない人だなとの思いが強くなるだけだ。

 そして、やはり単に見ているだけだったかと、未来は溜め息を吐く。だが、色々と気になることが出てきたので、未来は席を立って辰馬の横に移動した。

 ちなみに人見とは、聖明の友人でありライバルの人見将大ひとみしょうだいのことだ。研究室はここの隣である。

 一体何がどうなっているのか不明だが、あの建物の写真のコピーを渡したのは、その人見だったらしい。彼も御多分に漏れず変人なのだが、説明しないで置いて行くというのは、どういう状況なのだろう。

 そしてそれを許してしまう聖明も聖明だ。なぜその場で訊ねないのか。

「へえ。じゃあ、人見先生の方が興味があるのかな」

「何だ。その栗橋亜土とかいう奴、物理学者なのか」

 それなら知っているはずだけどなと、聖明はようやく写真から目を外すと二人の顔を見た。未来はその名前を知らなかったので首を横に振る。

「物理学者じゃないですよ。情報工学者ですね」

 あれ、有名じゃないのかなと、これほど名前に反応しないとはと辰馬は首を捻った。結構有名人なのにと、この反応に困惑してしまう。

「有名」

「ええ。といっても、一般には生前はそれほど有名ではなかったみたいですけど。死んでから有名になったってのが正確ですかね。俺も、あの事件がなければ知らなかったかもしれないです」

 これだけ情報を出したらどうだと、辰馬は二人の顔を見るが、先ほどと大して差はなかった。どうやら本当に知らないらしい。

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