卓球バカの優等生系男子高校生は、ダブルスペアの妹から好意を寄せられている

雨蕗空何(あまぶき・くうか)

卓球バカの優等生系男子高校生は、ダブルスペアの妹から好意を寄せられている

 ボクにとって――平波ひらなみ吉平きっぺい、通称ペッパーにとって、人生で一番優先すべきは卓球であり、とりわけ親友と組むダブルスであり、その他のすべての事象は、卓球に関係があるか、ないかでしかないと思っている。

 その点でいえば恋愛というものは、男子高校生として興味がないワケではないものの、卓球と関係があるとは思えないし、卓球よりも優先したい人が現れる可能性なんて、万に一つという程度しかないんじゃないかと思う。

 だから恋愛なんてものは、ボクにとっては縁遠いものだと思っていたけれど。


「ペッパーさーん! 次、お願いしまーす!」


 声の方を見やる。

 卓球台を挟んで向こう、快活な女の子、今年中学に上がった。

 親友の妹、麻亜里マァリという名の女の子だ。


 マァリちゃんはボクと親友に触発されて、今年から卓球を始めたらしい。

 それで強くなりたいからと、ボクに指導をお願いしてきた。

 なぜ兄である親友でなくボクに頼むのかといえば、どうやら彼女はボクに、好意を寄せているらしい。

 別に悪い気はしないが、卓球以外に興味の持てないボクのどこがよかったのか、正直理解ができない。

 ちなみに、ボクは順回転ドライブを得意としていて、親友は逆回転カットを得意としているけれど、どっちを習得したいとマァリちゃんに尋ねて、迷いなく順回転ドライブと答えたときの、あの親友の顔は見ものだった。

 親友のああいう顔を見ることについては、卓球よりもちょっと優先してもいいかもしれない。


 リクエストに応えて、ボクは初球サービスを構える。

 個性的な改造をされたゲーミング卓球台は、七色の光をたたえてピンポン玉が跳ねるのを待つ。

 そもそもこの場所が、潰れたゲーセンを改造した練習場であり、ボクも最初は面食らったものの、変な光景はもう見慣れてしまった。


 投げ上げるトス。打つ。

 回転をたっぷりかけた順回転ドライブで、しっかりラケットを被せないと、ピンポン玉が跳ね上がってアウトになる。


「やっ!」


 マァリちゃんの反応は悪くない。でもラケットの被せ方が甘い。

 返球レシーブは卓球台の外まで飛んで、アウト。


「難しすぎたかな? 少し緩めた方がいい?」


「いえ! 全然平気です!

 何度デートに誘ってもオーケーしてくれないことに比べたら、このくらい屁のカッパです!」


「なんだ、デートを断ってること、多少はへこたれていたのか。

 何度断ってもまた誘ってくるから、よほど能天気か鳥頭かマゾヒストかと思っていた」


「ひどくないですか!?

 ペッパーさん、私の扱いひどくないですか!?」


 ぷりぷり怒る。

 かわいらしいと思わなくもない。

 でもデートは、正直に言えば面倒くさい。


「怒りました! ペッパーさん、今の私は有頂天です!」


「怒髪天?」


「ともかくそういうなんかなので、勝負です!

 次の一球、私の狙ったところに返せたら、私とデートしてください!」


「狙ったところってどこさ」


「狙ったところは狙ったところです!

 どうしましたかペッパーさん? 自信ないんですかー?」


「……ボクが勝負に勝ったときのメリットは?」


「お兄ちゃんとデートする権利をあげます!」


「それ、誰が喜ぶのさ」


「私が喜びます!」


 たまに、この子の趣味嗜好が分からないときがある。

 いや、ボクにホレてる時点で最初からか。


「まあ、マァリちゃんとデートするより、親友ソルトとデートする方がまだ楽しめそうか」


「本当にひどくないですか!?

 ペッパーさん私のこといくらけちょんけちょんにしても大丈夫だと思ってませんか!?

 私もしまいには泣きますよ!?」


 泣かれたら面倒なので、黙って勝負を受けることにする。

 これも年上の余裕というものだろう。多分。


 構える。マァリちゃんも。

 勝負である以上、本気で行かせてもらう。

 マァリちゃんも真剣な目をしている。

 互いに少し、静止して。


 投げ上げるトス。打つ。

 回転力を重視した順回転ドライブ。空気を刈り取るように飛ぶ。

 マァリちゃん、反応できている。決して筋は悪くない。

 でもそこまでだ。技術が追いつかない。

 ラケットを玉に当てるまでで精一杯で、ピンポン玉は高く高く舞い上がり、ボクの頭上を大きく越えて、アウトになった。


「……ボクの勝ち、のようだね?」


 マァリちゃんは、むーっと唸って、それから怒鳴った。


「ペッパーさん! ボール取ってきてください! 早く!」


「悪いけど一球勝負だよ」


「分かってます!」


 やれやれ。ボクはピンポン玉を取りに向かう。

 潰れたゲーセンを改造したこの場所は、古いゲーム機などのスクラップで乱雑だ。

 それらをかき分け、ピンポン玉を探し、見つけ。


「……?」


 ピンポン玉と一緒に、それを拾い上げて、中身を確認して。

 振り返り、卓球台の前に戻り、それを掲げて、マァリちゃんに尋ねた。


「つまり、これが、狙ったところだったと?」


 マァリちゃんは、不敵に笑ってみせた。

 その仕草は、親友に、彼女の兄に似ていた。


 ピンポン玉と一緒に見つけたそれは、かわいらしい封筒に入った、どう見てもラブレターだ。

 中の便箋に書かれたメッセージは、『約束通り、デートしてもらいます♡』。

 つまり、最初からこれを狙っていたワケだ。


 マァリちゃんは、勝ち誇って言った。


「この勝負、私の勝ちですね。

 約束通り、デートしてもらいますからね!」


 それからマァリちゃんは、ラケットで口元を隠して、少し自信なさげに、上目遣いで見てきた。


「ダ、ダメですか?」


 その顔を、ボクはしばらくながめて、ひとつゆっくりとため息をついて、それから言った。


「……日曜日の予定は、空けておくよ。

 でもそうだな、すぐではなくて、再来週くらいがいいか」


 きょとんとするマァリちゃんの目を見すえて、ボクは軽口を言ってのけた。


「ボクはどうやら、キミの扱いがひどいらしいからね。

 きちんと女性の扱い方を勉強して、エスコートできるようにするよ」


 マァリちゃんの顔が、次第次第に花開くように明るくなって、そして歓声を上げた。


 デートは正直、面倒くさい。

 ただ、これだけの仕込みをして、狙い通りに誘導して、手のひらで転がしてみせた、この手腕を見て。

 正直に言う、おもしろい女性だと、思ってしまった。




 ちなみに後から知ったのだが、あのラブレター、練習場のいたるところに仕込んであって、どこに飛んでもうまくいくようにしていたらしい。

 やられた。

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