第119話


「マジであたしを使いやがって…ったく、あいつ…あたしのことを使い捨ての駒だとでも思ってるのか…?」


あちこちに設置された魔石灯の光によって照らし出された安全地帯の街。


中心街の一角には、冒険者たちが泊まるための宿が密集している区画がある。


そのほぼ端っこに位置するとある二階建ての宿の二階の廊下を、アンジェラが抜き足差し足で慎重に進んでいた。


足音を立てずに、気配を殺して一歩ずつ歩みを進める。


目指すは奥から二番目の扉の部屋。


情報屋ロッペル曰く、そこにターゲットのドグマがいるらしい。


「ドグマを捕まえたら…絶対にあいつにあたしを誉めさせてやる…頭も撫でてもらう…そうでないと気が済まないぞ…」


ロッペルを拷問し、ドグマの居場所を突き止めたアリウスは、アンジェラを伴いすぐにドグマの潜伏しているという宿へとやってきた。


そしてアンジェラに、作戦に協力しろと半ば命令口調で言ってきたのだ。


「中に忍び込んで、ドグマを捕まえてくれ」


「あたしがか!?」


「そうだ。ドグマは帝国では表向き事務職だった。戦闘能力がないことは確認済みだ。お前でも事足りるだろ」


「そ、それならあんたが行けばいいんじゃ…」


「嫌なのか?はぁ…使えないな…」


「…っ…わかったって!!やるよ…!!」


無理言って任務中のアリウスについてきている手前、アンジェラは立場が弱かった。


ヤケクソになってアリウスの命令通り、部屋を借りる客を装って宿に侵入。


ドグマの潜んでいる二階の部屋へと向かって静かに接近していっていた。


「…っ」


無事にドグマを拘束し終えたら、絶対にアリウスに自分の活躍と同行を認めさせてやる。


そう心にちかい、アンジェラはドアの前に立った。


「…(ターゲットは…ドグマには戦闘力がないんだよな?)」


アリウスには、自分が今から捕まえようとしている男には戦闘能力がないと聞かされている。


それはアリウス自信が調べた情報ではなく、帝国魔道士団からあらかじめ知らされた情報らしい。


「…(帝国魔道士団の情報なら…信じても問題なさそうだな…)」


相手が非力だと決めてかかって突入して実は戦う術を持っていた、と言うことになれば反撃されて大惨事になりかねないが、帝国魔道士団の情報なら信じて問題ないだろう。


そう判断し、アンジェラは突入の覚悟を決める。


「ん…?」


扉の前に立って耳を澄ませると、部屋の中で動きがあった。


どのような方法でかはわからないが異変に気づいた部屋の中の人間が、無警戒にも扉の前に近づいてくる。


アンジェラと部屋の中の人物が、扉を挟んで向かい合うことになった。


「…(耳を澄ませて気配を探っているな…)」


アンジェラは、相手が音無には気配を探ることのできないものだと判断した。


このぶんだとアリウスの言っていた通り、戦闘能力はないのだろう。


「…(やるか)」


アンジェラは小さく頷いて、足に力を込め、次の瞬間思いっきり扉に体当たりをした。


「おりゃ!!」


バァアン!!


「ぐおぉおおお!?」


凄まじい音と主に扉が破られた。


部屋の中で扉の前にいた人物が、壊れた扉と共に地面に転がった。


「お前がドグマか?」


壊れた扉から堂々と部屋の中に入ったアンジェラは、倒れている男に問いかける。


「だ、誰なんだお前は!?いきなりなんだよ!?」


「お前は帝国から逃げ出したスパイのドグマだろ!?そうだよな!?」


アンジェラは反応を見るために、地面に尻餅をついている男を怒鳴りつけた。


「…っ」


男の目が見開かれる。


「ビンゴか…」


アンジェラは目の前の男が、アリウスのターゲットであるドグマであると確信した。


「…っ!!くそっ!!なぜバレた!?」


恨み言のように吐き捨てながらドグマは素早く起き上がった。


「へへへ…逃げ場はねぇぜ…」


アンジェラはドグマを追い詰めるようにゆっくりと近づいていく。


「あんたに戦闘能力がないことはわかってるんだ。

大人しく投降しな…あいにくとこっちは冒険者だ。それもベテランのな。非戦闘員が勝てる可能性は万に一つもないぜ」


ドグマの重心は右へ左へとグラグラと動いていた。


一応アンジェラに対して構えのようなものは取っているものの、ほとんど素人のそれだ。


アンジェラはドグマに確実に反撃の術がないとわかり、ほとんど無警戒のままに近づいていく。


次の瞬間だった。


「これでも喰らえ!!」


「…っ!?」


ドグマが床に何かを叩きつけた。


咄嗟にアンジェラは後ろに飛び去って距離を取るが、それが仇となった。


「見えねぇ!!煙玉か!!」


ドグマが床に投げたのは煙玉だった。


室内が白い煙で覆われ、全く見通しが効かなくなる。


「こんなことをしても、逃げ場はどこにもないぞ…!!」


アンジェラは壊れた扉を塞ぐようにして立つが、次の瞬間パリィンと何かが割れる音がした。


「冗談だろ!?」


アンジェラは煙をかき分けて窓際へ近づく。


「…っ!!やられた…!!」


ガレスの窓が叩き割られていた。


どうやらドグマは窓を破って二階から飛び降り、脱出したらしい。


「くそ…油断した…!!」


アンジェラは咄嗟に自分も二階から飛び降りようする。


その時だった。


「ぐっ!!畜生…!!離せっ!!」


「無駄だ。ドグマ。暴れるのはやめろ」


地上からそんな声が聞こえてきた。


「まさか…アリウス…!?」


風に流されて煙が晴れた。


「油断した…まさかもう一人いたとは…!!」


「残念だったな。お前にけしかけたのは囮だ。本命はこっち」


そこではドグマを拘束し、地面に押さえつけているアリウスがいた。


「アリウス!!つ、捕まえたのか!?」


「ああ。この通りだ。ご苦労だったなアンジェラ。お前が誘き出してくれたおかげで捕まえられた」


「…っ」


アンジェラは自分がまんまとアリウスに利用されたことを悟った。

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