第114話


「ついたぞ。ここがこのダンジョンの三十階層。安全地帯だ」


「おぉ…すげぇ…」


思わずそんな声を漏らした。


モンスターの坩堝、ダンジョン。


その内部に人の営みがあるなど、知識として知ってはいても見るまでは俄に信じがたかった。


「はははっ…いかに帝国魔道士団の団員といえど、ここへ最初にきた時の反応は他の奴らと変わらないんだな」


宣言通り、半日もかからずに俺をここまで案内したアンジェラが、おかしそうに笑いながら言った。


「おい、アンジェラ。頼むからそんなに大声で話さないでくれ。誰かに聞かれたら…」


アンジェラがあまりにも大きな声で帝国魔道士団の名前を出したので、俺は慌ててそう言った。


「おっと、悪い悪い」


アンジェラが自分の頭をポンと小突く。


「誰にもいえない秘密だったな。アリウス。お前が帝国魔道士団の団員だってことは」


「ああ…俺とお前だけの秘密だぞ。頼むから漏らさないでくれよ?」


「わかってるって」


アンジェラがニヤニヤしながら言う。


「帝国魔道士団を敵に回したくなんてないからな。誰にも言わない。まぁ最も、帝国魔道士団の団員にあったなんて話、誰も信じないだろうがな」


「…とにかく、広めないでくれよ」


「オーケー」


手をひらひら振って答えるアンジェラ。


不安だ。


俺は早くもアンジェラに正体を明かしたことを後悔し出していた。


「ま、いいか…とにかく案内助かった。それじゃあ、これでお別れだな」


すでに依頼料は先払いで払ってある。


アンジェラの力を借りることはもうない。


ここから先は、俺一人でターゲットを探す必要がある。


「またな。短い間だが、楽しかった」


アンジェラに別れを告げて、俺は安全地帯の街へ入っていく。


「よってらっしゃい見てらっしゃい!!」


「モンスターの魔石はいらないか?とれたてほやほやだぞ!!」


「この街の名物!!ダンジョン鉱物だ…!!地上で買う半分の値段だよ!!さあ見ていった!!」


安全地帯の街は、俺が思っていたよりもずっと規模がでかく、街を出歩いている人間の数も多かった。


通りを歩いている大半の人間が、鎧や防具を纏った明らかな戦闘色で、道の両脇には露天商がずらりと並び、剣やポーション、薬草などを売っていた。


「さて…どうやってターゲットを探すかだな…」


俺は人々の流れに揉まれながら、この街に忍び込んでいるというターゲットの敵国スパイを探し出す方法を考える。


先にこの国に潜入していたサポート役から得られた情報は、ターゲットが帝国から盗んだ機密情報を得るためにこの街に逃げ込んだと言うことだけだ。


具体的にいつ、この街のどこで情報の売買がおこなわれるかは全くわかっていない。


それを突き止め、ターゲットを確保するのが俺の役目だ。


「どこか冒険者が集まるような酒場でも探すか…」


冒険者が集まる場所に、情報も集まる。


俺は入団テストをクリアした時と同じ要領で、まずは冒険者が集まっていそうな酒場を探すことにした。


「ん…?」


周囲を見渡しながらしばらく歩いていると、ふと背後に俺を観察しているような気配が。


気のせいかと思ったが、しばらくして俺は尾行されていることに気づく。


「冗談だろ…まさか敵国のスパイか…?」


この街に入ってまだ一時間と経っていないのにもう正体がバレたのだろうか。


このまま尾行された状態で歩き回るわけにも行かなない。


俺は近くにあった路地裏へと入って行った。




「あれー?アリウスのやつ、どこ行ったんだ?」


「おいアンジェラ。お前だったのか」


「うげっ!?」


気づかないうちに背後に回られていたことに気づいたアンジェラが素っ頓狂な声を上げる。


路地裏に入ったふりをして物陰に身を隠した俺は、自分を尾行する人物が現れるのを待っていた。


するとまんまと路地裏に入ってきたのは、アンジェラだった。


どうやら別れてから俺を尾行していたらしい。


「どう言うつもりだ?依頼料は払ったろ?」


俺はアンジェラに詰め寄る。


アンジェラは慌てたように言った。


「す、すまん…!!つけたのは謝る…!!別にお前と敵対するつもりとかは断じてないんだ、信じてくれアリウス!!」


「なら、何のために尾行した?」


「深い意味はないんだ…!!ただ、面白そうだと思ったから…」


「面白そう…?」


「そうそう!!」


ガクガクとアンジェラが頷く。


「帝国魔道士団のあんたがこの街で何をするのか、見てやろうと思ったんだよ!!本当にそれだけだ…!!」


「あのなぁ…」


「き、気になるだろ普通!?悪いかよ!?」


アンジェラに悪気はないようだった。


嘘をついているようにも見えない。


本当に純粋に、俺の行動に興味があっただけのようだった。


「一応俺は隠密行動をしていることになっているんだ。付け回されると困るんだが…」


「い、いいじゃねぇかよ…帝国魔道士団の団員に会うなんてもうこの先絶対にねぇよ…!!バレないように付けるから、許してくれよ!!」


「いや、何でついてくるんだ…」


呆れる俺に、アンジェラが少し迷うような素振りを見せた後、ポツポツと語り出す。


「実は…最近冒険者として行き詰まっていてな…アリウス。お前について行けば、何か新しい発見があるんじゃないかって…」





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