第113話
「ふぅ…」
額の汗を拭う。
俺の魔法を喰らったモンスターの群れは、一匹残らず炎に焼かれて死に絶えた。
プスプス、と何かが弾けるような音があちこちから聞こえ、ダンジョンの通路を焼け焦げたモンスターの死体の匂いが満たす。
「いやいやいや!?マグナスお前っ!?何だよ今の!?」
そんな中、とてもこのままじゃ済ませられないと言った口調で、アンジェラが迫ってくる。
「お前何をした!?今のは魔剣か!?魔剣持ちなのか!?」
「魔剣じゃない。今のは俺の魔法だ」
今更隠すことも出来ないので、俺はアンジェラの問い詰めに嘘偽りなく答える。
「魔法!?上級魔法か!?何でお前がそんなのを使えるんだよ!?」
「実は俺、帝国魔術学院の卒業生なんだ」
帝国魔術学院は、帝国内のみならず大陸の最高峰と言われている魔法学校だ。
当然、冒険者という戦闘職についているアンジェラもその存在は知っているはずだ。
「て、帝国魔術学院って…あの帝国魔術学院か!?」
「あのって…それ以外にないだろ?」
「…っ!」
アンジェラが目を見開いて、二、三歩後ずさる。
「な、なるほど…それなら納得だぜ…あんな威力の魔法…あたし見たの初めてだぞ」
「褒めているのだとしたらありがとう」
「ほめてるっつーか、驚きすぎて信じられないというか、半ば呆れるレベルというか…」
アンジェラは口をぱくぱくとさせてそんなことを言った。
現実を受け入れるのに、まだ時間が足りないと言った感じだった。
「ま、まだ聞きたいことがあるんだが…」
やがてアンジェラはおずおずと口を開いた。
いくつか俺に対して問いただしたいことがあるらしい。
「何だ?」
「あ、あんたみたいな実力者が…何であたしのような案内役を雇ったんだよ…?」
「それは俺がここのダンジョンに入るのが初めてで案内人が必要だったからな。俺一人だと、道に迷って三十階層の安全地帯まで辿り着けないかもしれないだろ?」
「それはそうかもしれないが…だったら冒険者を雇う必要ないだろ?純粋な道案内役を雇って、マグナス。あんたが戦闘を担当すればもっと安く済んだんじゃないか?」
「…」
ごもっともな意見だった。
だがこっちには帝国魔道士団の一員とバレてはいけないために実力を隠さなければならないという理由がある。
俺はどう誤魔化すべきか、迷う。
「べ、別に答えたくないならいいぜ…実を言うとよ、マグナス。あんたになんか事情があるんじゃないかってのは、なんとなく察してたんだ」
俺が迷っていると、アンジェラがちょっと悲しそうにそういった。
「依頼人に余計な詮索はするべきじゃないよな。あたしの仕事はあんたを安全地帯まで送り届けることだ。モンスターの群れをぶっ倒しちまってちょっとびっくりしたけどよ…依頼はさいごまで完遂するぜ?」
「…アンジェラ…俺は」
「無理に語らなくたっていいって。さあ、行こうぜ」
衝撃から立ち直ったらしいアンジェラが、モンスターの焼死体を踏み越えてその先に進んでいく。
俺はその寂しげな背中をしばらく見つめて、ある決心をした。
「え…それはマジか…?」
「マジだぞ。信じなくても別に構わないけどな」
もしこの事実が知られたら俺は、ディンたちにこっぴどく叱られるかもしれない。
もしかしたら任務を降りなければならないだけでなく、帝国魔道士団を去らなくてはならなかったかもしれない。
だが寂しげなアンジェラを見て良心が痛んだ俺は、アンジェラに自らの正体を明かしてしまった。
「実は俺…帝国魔道士団の団員なんだ」
「え…」
俺の正体を聞いたアンジェラは、ポカンとして数秒間の間固まった。
「いやいや…確かにマグナス。あんたは強いけどよ…流石にそれは嘘だろ?あたしを揶揄ってるんだぞ?」
アンジェラが震え声で言った。
信じられないのも無理はないのかもしれない。
「どう思うのかは勝手だけど、事実だ。マグナスってのも偽名で、本当の俺の名前はアリウスって言うんだ」
「アリウス…」
「俺はとある任務でこのダンジョンの三十階層の安全地帯に逃げ込んだ敵国スパイを追っている。そいつが帝国の機密情報を近々、ある組織に売り渡すのを阻止するためだ。そのために、安全地帯までダン
ジョンの中を案内してくれる案内人が必要だった」
「…っ」
アンジェラがごくりと唾を飲んだ。
「俺の秘密は以上だ。騙してて悪かった。信じるか信じないかはそっち次第だ」
「ま、マグナス…じゃなかった、アリウス」
「何だ?」
「あ、あたし……安全地帯まで案内したら、始末されたりしないよな?」
冗談でなく大真面目で、震え声で聞いてくるアンジェラに俺は笑いそうになりながらいった。
「そんなことするわけないだろ。ただ…このことは誰にも言わないでくれよ?俺はアンジェラを信用して素性を明かしたんだから」
「言わない!!あたし誰にも言わないって誓うよ…!!」
アンジェラが心配になるぐらいの勢いでガクガクと頷いた。
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