第109話


それから二週間後。


俺はシスティ、ヴィクトリアと共に隣国に向かう馬車に乗っていた。


帝国魔道士団から下った任務のためだった。


「さて…もう一度任務内容の確認をしておきましょうか」


狭い馬車の中。


初任務の緊張を紛らわせるために3人で雑談に興じる中、そろそろ停車駅が近づいてきたからか、ヴィクトリアがそんなことを言い出した。


「そうだね」


「わかった」


システィが表情を引き締め、俺も聞く体勢になる。


「大枠から申しますと……私たちに与えられた任務は、逃げ出した3人のスパイの行方を追うことですわ」


「ああ」


「うん」


俺もシスティもヴィクトリアに頷きを返す。


つい三日前に俺たちの元に届いた指令書。


そこには俺たちに課せられた初任務の内容が事細かに記されてあった。


その内容は、隣国に逃げた3人のスパイを終えというものだ。


ずっとマークしていた帝国内の他国のスパイ。


そのうちの3人が、ある重要な機密情報を握って帝国を出国した。


彼らが握っている情報は、俺たちには知らされていない。


それだけ帝国にとって重要で、たとえ帝国魔道士団の団員であっても軽々しく伝えてはならない情報だということなのだろう。


俺たちの任務は、その3人の行方を追い、おそらく誰かに売り渡されるであろう情報を守ることにある。


帝国がこれまでに掴んだ情報によれば、その3人はとある組織にその機密情報を売ろうとしているということだった。


「…まぁ、このようなところですわ。二人とも、しっかりと覚えまして?」


「私は大丈夫。アリウスくんは?」


「俺も問題ない」


俺は他の二人と頷き合って、今回の任務の内容がしっかりと頭に入っていることを確認する。


「それならいいですわ…それにしても、初任務にしては随分と責任重大だと思いません?」


「そ、そうだよね……スパイが握っている機密情報は帝国にとってものすごく重要なんでしょ?」


「確かに新人に任せるような任務じゃないよな。でもそれだけ実力を買われているってことじゃないのか?」


俺たちに任された今回の任務は、決して簡単なものではない。


むしろベテランに任せたほうがいいのではないかというくらいに、重く失敗の許されない重要な任務だ。


それを任されたということは、それだけ俺たちの実力が帝国魔道士団に認められているということだろう。


だが浮かれている場合ではない。


失敗すれば、俺たちは大いに評価を落とすだろうし、最悪帝国魔道士団を追い出されることだってあり得るかもしれない。


「けれど…初任務が単独ではなく3人での共同作戦でよかったですわ」


「それはそうだよね…!私、この3人でなら何でもできる気がする…!」


「まぁ、そうだな。その辺は配慮してくれたんだろうな」


ただ、一つ有難いことがあるとすれば、それは任務が3人での共同作戦だということだろうか。


3人が別々の任務になって仕舞えば、俺が二人をまもることができない。


もしこの任務を3人で成功させ、実績として残せれば、これからも3人のチームで行動することが出来るようになるかもしれない。


何にせよ、この初任務は俺たちにとって非常に重要だ。


「た、大変だっ…!!大変だぁああ!!!」


任務内容の確認が終わり、一息ついていたその時だった。


馬車が急停車し、御者の焦るような声が聞こえてきた。


「何でしょうか?」


「どうしたのかな?」


システィとヴィクトリアが首を傾げる。


「ちょっと様子を見てくる」


俺は二人にそう言って馬車の外に出た。


「どうしたんだ?なぜ急に馬車を止めた?」


外に出ると、御者が怯えた表情で尻餅をついていた。


その視線の先は、馬車の進行方向に向けられている。


『グォオオオオオオオオオ!!!』


「ひ、ひぃ!?」


「なるほど…モンスターか」


怯える御者の視線の先には、体長十メートルに届こうかという上級モンスターのトロールがいた。


巨大な棍棒を振り回し、こちらに向かって突進してくる。


「う、馬を馬車から切り離してすぐ逃げないと…!あ、あんたたちも手伝ってくれ…っ」


御者が震え声でそう言って、腰の短剣を引き抜き、馬を馬車から切り離そうとする。


「待て待て。何をしている?」


「何って!!あんたにはあれが見えないのか!?今すぐに馬車を捨てて逃げるんだ!!手伝ってくれ!!」


「その必要はない。あれくらいすぐに始末する」

「はぁ…?」


御者がポカンとする中、俺はトロールに向かって進んでいく。


平原に比べてかなり危険な森の中の道を進むんだ。

モンスターに遭遇することなどあらかじめ織り込み済みだった。



「どうでしたの?」


「大丈夫だった?何があったの?」


数分後。


馬車の中に戻ってきた俺に、システィとヴィクトリアが不思議そうに訪ねてきた。


「モンスターだ。進路の先に現れたんだ。戦わざるを得なかった」


「そうでしたの」


「モンスター?どんな?」


「ただのトロールだ」


「それは邪魔ですわね」


「ゴブリン程度だったら止まらずに済んだかもしれないね」


二人とも、上級モンスターのトロールの名前が出ても少しも驚かなかった。


俺にとってのみならず、二人にとってももはや上級モンスター一匹ぐらいは取るに足らない雑魚でしかないのだ。


「お、動き出したな」


俺が乗り込んですぐ、再び馬車が動き出した。


ごとっと僅かに上下したのは、多分俺がバラバラにしたトロールの死体を踏んだからだろう。






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