第110話
それから二日後。
関所を突破した馬車は目的地である隣国の停留所に到着した。
「いやぁ…一時はどうなるかと思いましたよ…ははは」
頭をかいて笑う御者に乗車賃を払い、俺たちは馬車から降りた。
そこはたくさんの人々が行き交う大通り。
俺たちは人に揉まれながら街の中心部を目指す。
少し進んだところで、噴水の広場があった。
俺たちは一旦そこで足を止めて、周囲に聞こえないよう小さな声で相談する。
「この辺で予定通り一旦別れた方がよろしくて」
「うん、そうだね」
「りょうかいだ。お互いに気をつけよう。一週間後、またここで落ち合うのを忘れずに」
「もちろんですわ」
「うん…!!アリウスくんも油断しないでね」
「わかってる」
俺たちは互いに頷き合い、別々の方向に向かって歩き出す。
今回の任務に一緒に挑むことになった俺たちだが、常に3人で行動するわけではない。
この国に逃げたスパイは3人。
一人一人を、俺たちがそれぞれで追うのだ。
互いの無事を確認するたびに、一週間毎に別れた場所で落ち合うことはあらかじめ決めていた。
集合場所はこの噴水広場ということになる。
「さて…まずは…」
システィ、ヴィクトリアと別れた俺は周囲を見渡した。
俺は3人のターゲットのうちの一人を探さないといけないわけだが、今回は入団試験の時のようにゼロから探すわけではない。
スパイの行方を追ってこの隣国に入った帝国魔道士団のサポート役が既にいて、俺たちは彼らと接触し、ターゲットの情報を得ることになっている。
「自分から探す必要はない…ともかく怪しまれず自然体でいることだ…だっけか?」
サポートやくを探す必要はないと指令書には書かれてあった。
一体どういうことだろうか。
俺は戸惑いながらも、表にはそれを出さずに、とにかく人混みに紛れて歩き続けた。
「…うおっ!?すまん!?」
「す、すみません!?」
前方から歩いてきた人物にぶつかってしまった。
俺は慌てて謝った。
相手のまだその顔に幼さを残す少女も、ペコリと頭を下げてすぐに背後の人混みに飲まれていった。
俺も流されるように前に向かって歩く。
「…?」
ポケットに、先ほどにはない感触が。
一旦人混みを抜けて路地裏に入り、そこで恐る恐るポケットの中身を確認してみる。
「お…これは…!」
ポケットの中には暗号文の入った紙が入っていた。
あらかじめ覚えておくようにと指令があった暗号文だ。
どうやらあの少女が補佐役だったようだな。
「ええと…ターゲットの一人は、ダンジョン三十階層の安全地帯の街にいる…か」
モンスターの坩堝、ダンジョン。
何層にも連なる地下迷宮には、たまに安全地帯と言われる全くモンスターの出現しない階層が存在する。
その大抵が、普通の階層に比べて狭く、小さいものなのだが、ダンジョンによっては安全地帯が他の階層と同程度の広さを持つことがある。
そのような安全地帯には、多くの場合人の営みがあることが多い。
ダンジョンの安全地帯に住む住人は、それよりさらに下に潜る冒険者に対して装備やポーションを売り、鉱物を買い取ったりして生計を立てるのだ。
そんなダンジョンの安全地帯の街に、ターゲットの一人が逃げ込んだのだという。
他には、『ターゲットはそこでとある集団に帝国から持ち去った情報を売るつもりだ。これを何としてでも阻止するべし』とも書かれてあった。
「はいはい…了解っと…」
指令を完璧に頭に叩き込んだ俺は、証拠が残らないよう暗号文の書かれた紙を燃やしてしまう。
それから路地裏を出て、再び人混みに紛れる。
「そうだな…まずは…あそこだな」
俺は早速任務遂行のための行動を開始したのだった。
「ちょっとそこの少年。いいかな?」
「あ?何だよ…」
中心街の大通りから外れて少し進むと、だんだんと一の脇に立つ家が見窄らしくなってきた。
俺は大通りでは見当たらなかった、その辺に座り込んで退屈そうにしている子供に話しかけて道を尋ねる。
「悪いけど、道を聞きたいんだ。1番近くの冒険者ギルドってどこかな?」
これは念のためだった。
この町での任務が決まった時点で、大方の地図は把握している。
だが、俺を監視している人物がどこかにいないとも限らない。
この街を初めて訪れた人間が、道を完璧に把握しているというのもおかしな話だ。
なので俺は念には念を入れて、冒険者ギルドの場所を現地人に尋ねておくことにした。
あくまでこの街を初めて訪れた旅人を演じるのだ。
「何でそんなこと教えなくちゃいけないんだ?」
俺が道を訪ねた少年は、面倒臭そうにそう返してきた。
その答えをあらかじめ予想していた俺は、ポケットから金を出して少年に握らせた。
「これでどうかな?」
「ついてきなよ。案内してあげる」
態度を百八十度変えた少年が、俺を先導して歩き始めた。
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