第98話
「はぁ…疲れた…」
ヴィクトリア、システィの二人と踊った俺は人休憩のためにテラスへとやってきていた。
慣れないダンスを、周囲に見られながら踊るのは精神をすり減らした。
俺はグラスを傾けながら、ほっと一息つく。
「…綺麗だな」
喉を潤しながら、眼下の景色に見入る。
今日の会場は、帝都の高台に立っている大昔の古城を改装した場所であり、眼下には帝都の夜景を拝むことができる。
この世界には電気はないが、その代わりに魔石灯と呼ばれる、魔力を使って明るくする照明が普及しており、その光が帝都中を明るくライトアップしていた。
「…あ、アリウスくん…やっと見つけた」
どこか幻想的な光景に俺が言葉を忘れてぼんやりとしていると、背後から声をかけられた。
「ん…?あぁ…サーシャか」
振り返ると、そこに立っていたのは比較的仲のいい女子生徒、サーシャだった。
青の綺麗なドレスに身を包み、モジモジとしながら俺を上目遣いに見つめている。
「探したよ…アリウスくん…その…似合ってるね…その服。すごくかっこいい…」
「そうか?ありがとう。サーシャも綺麗だぞ」
「あ、ありがとう…」
サーシャが照れ臭そうに頬を掻いた。
「あ、アリウスくん…今ちょっと時間あるかな?」
「おう…大丈夫だぞ。ちょうど休憩していたところなんだ」
「えっとね…どうしても今、伝えておきたいことがあって…」
「…?」
サーシャがこちらに歩み寄ってきた。
そして柵に手をかけて夜の帝都を見下ろす。
「き、綺麗だね…」
「そうだな」
「あ、アリウスくんはさ……これからどうするの?」
「どうって…?」
「進路とか…」
「俺か?俺は…」
俺はサーシャに自分の進路を伝える。
「そっか…前に言っていた時から気は変わってないんだね」
それを聞いたサーシャはちょっとがっかりしたように表情を暗くする。
「サーシャはどうするんだ?」
「私は……帝都でお城の警備員の仕事をするかな。もう、働く場所も決まってるんだ」
「そうなのか!!おめでとう」
城の警備となれば当然、魔法使いでなければ務まらない。
そして帝都の魔法職は総じて給料が高い。
どうやらサーシャはいい就職口を見つけたようだな。
「ありがとう…それでね、アリウスくん。話っていうのは…」
「おう」
俺が頷くと、サーシャは深呼吸を一つして、意を結したように言った。
「私、アリウスくんのことが好き」
「……え」
一瞬何を言われたのかわからなかった。
二、三秒して、その意味を理解し、俺は思いっきり焦る。
「えっ…え…?」
「ずっと前から好きでした。アリウスくんに話しかけて気づいてもらおうと思ったんだけど…アリウスくん全然気づいてくれなくて…こ、告白しようって思ったんだけど…アリウスくんにはあの二人がいるから…」
「…っ」
あの二人、というのはシスティとヴィクトリアのことを指すのだろう。
「結局アリウスくんと付き合ったり出来なかったけど、でも最後だからこの気持ちは伝えようって…そ、それだけです」
「えっと…」
俺はなんと言えばいいのかわからなくなった。
これは返事をするべきなのだろうか。
それとも、ただ単に俺に気持ちを伝えたかっただけで俺の返事はいらないのだろうか…
いや、俺のことを好きって言ってくれたんだ。
その気持ちには正面から向き合わないと…
「さ、サーシャ…その気持ちはすごく嬉しい。光栄に思う…でも俺は…」
「待って!!何も言わないで!!」
「…っ!?」
俺が返事を口にしかけたところで、サーシャが遮った。
「大丈夫…へ、返事はいらない…わかってるつもり
だから…」
「…」
「アリウスくんが私のことそういう目で見てないって、ずっと前から気づいてたよ…だからこれは本当に私の自己満。気持ちを伝えずにはいられなかったから…」
「サーシャ…俺は…」
「聞いてくれてありがとう。なんだかスッキリした」
「…」
「これからアリウスくんとは違う道を歩むことになるけど…そ、その…私のこと、忘れないでね?」
「も、もちろんだ!忘れたりなんかしない…!」
「えへへ…ありがとう。私もアリウスくんのこと忘れないから…」
「…っ」
俺はなんて言葉をかけてやるべきか、迷う。
だが、適当な言葉が思い浮かばずに口をぱくぱくとさせてしまう。
くそ…こういう時に気の利いた一言でも思い浮かべば…
「あ、そうだ…アリウスくん。最後だから、一つだけ願いを聞いてくれない?」
「ね、願い…?」
「うん…だめかな?」
「い、いいぞ…なんでもこい…!」
「じゃあ…しゃがんで…」
「…こうか?」
言われた通りに俺はしゃがむ。
その直後だ。
「えいっ!」
「んむっ!?」
突然サーシャが俺にキスをしてきた。
柔らかい感触が唇に押し当てられる。
頭が真っ白になった俺は、何も出来ずされるがままだ。
サーシャは五秒間ぐらいそうした後に、さっと離れてそのまま向こうへ歩いて行った。
「それじゃあね」
最後にそんな一言を残して。
「あ…」
俺は遠ざかる背中に手を伸ばすが、結局混乱してサーシャを呼び止めることは出来なかった。
「…」
まだ感触が残っている自分の唇に触れて、しばらくぼんやりとしてしまう。
そんな時だ。
「アリウス?今のはどういうことですの?」
「アリウスくん。今のは何かな?説明してくれない?」
「ひっ!?」
くらい声が俺の名前を呼んだ。
ギリギリと首を動かしてそちらをみると、全身から殺気を放つヴィクトリアとシスティの姿があった。
「少し目を離した好きに他の女に手を出すなんて、アリウス、あなたはそんなに手癖が悪い男でしたの?」
「アリウスくん…実は結構軽い感じの人だったんだね……ちょっとショックかな…」
「違う!!今のはその…!!」
俺は青い顔で二人に状況を説明するのだった。
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