第99話


「緊張しますわね…」


「そうだな」


「う、うん…」


帝国魔術学院卒業から一ヶ月がたったある日。


俺とシスティ、ヴィクトリアの三人は、黒を基調とした地味な色の衣服に身を包んで帝都の街を歩いていた。


三日前に届いた黒い手紙。


そこには、なるべく目立たない服装で帝国ホテルの一室に来いという指示が書かれてあった。


同じような手紙は、俺の元だけでなく『卒業後の進路が同じ』であるシスティとヴィクトリアの元にも届いていた。


三人に指定されたホテルの部屋番号は同じだった。


ゆえに俺たち三人は今、共に帝都の中心地にある帝国ホテルへと向かっている。


「今日は何があるのかな…?一次審査みたいなもの?」


「さて、どうなのでしょう…あの組織がどのように運営されているのかは極秘事項ですわ。おそらく所属の団員以外は誰も知らないのでは?」


「まぁなんとかなるだろう。ともかく行ってみよう」


「あなたは少し楽観的すぎますわ、アリウス」


「そ、そうだよアリウスくん…何があるのかまだわからないのに…いきなり入団試験だとか言って襲われたらどうしよう…」


「さすがにそんなことはないと信じたいが…」


三人でそんな会話をしているうちに、俺たちは帝国ホテルに到着した。


何があるかわからないため、時間にはかなり余裕を持たせている。


俺たちはホテル内に足を踏み入れ、受付へと向かった。


「509号室を借りたい」


受付でそういうと、受付嬢が恭しく礼をした。


「アリウス様、システィ様、ヴィクトリア様の御三方ですね。お待ちしておりました」


「「「…!」」」


俺たちは互いに顔を見合わせる。


どうやらすでに受付に話が通っていたようだ。


「ご案内します。どうぞこちらへ」


受付嬢がそのまま受付から出てきて俺たちを先導し出す。


「な、なんかすごいね…スパイ小説のワンシーンみたい…」


「かの組織は帝国の諜報部門も兼ねていますから、あながち間違ってはいないですわ…」


「ちょっとワクワクするな」


システィとヴィクトリアが不安げな反応を見せるなか、俺は一人ワクワクしていた。


まるで前世界のスパイ映画の展開のようだ。


俺たちは受付嬢について行き、魔導リフトに乗る。


「「「…」」」


スーッと音もなくリフトが上がっていく。


受付嬢は一言も喋らない。


リフト内に気まずい沈黙が流れる中、やがてリフトが停止した。


「こちらになります」


「え…いや、ここは…」


「こちらになります」


俺が一瞬足を止めたのは、リフトの止まったのがあらかじめ告げられていた部屋がある階ではなかったからだった。


「おかしいですわ」


「と、とりあえずついて行ってみよう」


有無を言わさずにそう言って歩き出す受付嬢に、俺たち三人は戸惑いながらもついていく。


「「「…」」」


静かな廊下を受付嬢について歩く。


やがて嬢はある部屋の前で足を止めた。


「ここです」


「「「…」」」


そこは事前に伝えられていた509号室ではなく、312号室だった。


「では私はこれで」


部屋の前まで俺たちを案内した受付嬢は、役目を終えたとばかりに去っていった。


「「「…」」」


俺たちは無言で顔を見合わせる。


「ど、どうします…?」


「は、入ってみる…?」


「それしかないだろ。開けるぞ」


俺たちは互いに頷き合って、ドアノブに手をかけた。


その際に、俺はドア越しに気配を探ってみる。


「…(全部で5人…特に殺気は感じない…危険はなさそうだな…ただ気掛かりなのがドアの目の前に一人、待ち構えて怒気を放っている気配が一つあることだが…まぁ大丈夫だろう)」


即座に命の危険はなさそうだと判断し、俺はドアノブを開けた。


「うおりゃ!!」


「うおっ!?」


ドアを開けるといきなり扉の前で待ち構えていた人物が、殴りかかってきた。


咄嗟に俺は半身を逸らして避け得る。


「くそ…外したか…」


「いきなり何するんですか…って、あんたは…!」


「よう…アリウス・エラトール…君に負けたディンだよ」


そこに苦々しげな表情で立っていたのは、ついこの間卒業試験で俺に負けた帝国魔道士団所属の魔法使い、ディンだった。

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