第49話


「頑張れ。もっとこう、魔力を込めて」


「ま、魔力を込める…?ええと…こうかな…ヒール!!」


システィが俺の腕の切り傷に手を翳して回復魔法を使う。


だが、今度も威力が足りなかったのか、傷は完全には塞がらない。


「だ、だめだぁ…」


「諦めるな。練習あるのみだぞ」


「う、うん…!」


しょげるシスティを俺は励ます。


システィは頷いて、練習を再開させる。


システィの回復魔法は、回数を経るごとに確実に上達はしていた。


だがまだ傷を治し切るのには足りない。


「うーん…」


俺は周囲をぐるりと見渡す。


「ヒール…!だめかぁ…」


「ヒール!!…うーん…出来ない…」


生徒たちは必死に魔法の練習に打ち込んでいるが、まだ習得しているものはそう多くないようだった。


そこまで難しい魔法ではないと思うんだが…


やはり魔術学院のレベルというのは、俺が当初思っていたよりも高くないのか…?


「あっ…アリウスくん!出来たかも!!」


「お?本当か?」


よそ見をしていた俺はシスティにそう言われて自分の腕の傷口に視線を通す。


見れば、腕につけた切り傷が完全に消えて、治療されていた。


「おぉ…!成功だな!!おめでとう!」


「えへへ…ありがとう…アリウスくんのおかげだよ」


システィが照れたように頬をかいて笑ったその時だった。


「うわぁあああああ!?俺の指が!?お前何してくれるんだよ!?」


「すすす、すまんっ!!!」


悲鳴のような声が響き渡ったのだった。




「どうしたんだ?」


「な、何かあったのかな?」


突然聞こえてきた大声にシスティと俺は顔を見合わせる。


「なんだ?」


「どうしたんだ?」


生徒たちは魔法の訓練を止めて、声のした方へと歩き出す。


「俺たちも見にいってみるか?」


「う、うん…」


もはや魔法の訓練という空気ではない。


俺たちも声の下方に集まっていく生徒たちに加わり、野次馬の一員となる。


「ひっ!?」


システィが引き攣った声を出した。


「うわ…」


俺もそちらへと視線を向けて顔を顰める。


「おおお、俺の指がぁああああ…」


「すまんっ!?わざとじゃないんだっ…」


ぐるりと取り囲む生徒たちの中心にいたのは、血だらけになった二人の生徒だ。


地面にはナイフと……それから切り落とされた指が落ちている。


どうやら誤って指を切り落としてしまったようだ。


「ははは、早く治療してくれぇえええ…痛い痛い痛いよぉおおお…!!」


なくなった人差し指を抑えて男子生徒が泣き叫ぶ。


「退いてくれっ…何事ですじゃ!」


そこへ騒ぎを聞きつけてすぐに老人講師が飛んできた。 


「先生っ…俺が間違ってこいつの指を…!」


指のなくなった生徒のペアと思われる生徒が、老人講師に向かって状況を説明する。


「わかった!!すぐに治療するですじゃ!」


老人講師が、しゃがんで、泣き叫ぶ生徒に手をかざし、魔法を使う。


「ヒール!!」


淡い光が生徒を包み込む。


これで一件落着かと生徒たちは胸を撫で下ろす。


だが…


「あれ…?」


「治ってなくね…?」


不思議なことに老人講師が回復魔法を使ったというのに、生徒の指が治っていないのだ。


「痛いっ、早く治してくれ先生っ…」


「あ、あれ…?おかしいですじゃ…」


老人講師が額から汗を流す。


「せ、先生…!何やってるんですか!?」


「早く治してあげてくださいっ!!」


見かねた生徒たちが老人講師に頼み込む。


「も、もう一度やってみるですじゃ」


老人講師が焦ったように再度回復魔法を使う。


「ひ、ヒール!!」


淡い光が負傷した生徒を包み込んだ。


だが、今度の光は先ほどのよりも弱かった。


そして生徒の傷は少しも治っていない。


「何してるんですか先生!?」


「ふざけている場合じゃないですよ!?」


生徒たちが老人講師に詰め寄るが、どうも講師の様子がおかしい。


「きゅう…」


「「「「先生!?」」」」


老人講師はなんと、白目をむいて倒れ込んでしまった。


「な、なんで先生が!?」


「どうしたんですか先生!?」


生徒たちが老人講師を揺り起こそうとする。


だが、老人講師は完全に意識を手放してしまっていた。


「な、何が起きて…!?」


「おそらく魔力欠乏症だな」


俺は気絶した老人講師を見て、そう判断した。


「魔力欠乏症?」


聞き返してくるシスティに俺は説明する。


「体内魔力がそこをつきかけたときに現れる症状だ。意識がなくなって、最悪死にいたる」


「ええっ!?死に…!?先生が死んじゃうってこと…!?」


あわあわと焦り出すシスティ。


俺は気絶した老人講師を観察する。


これはあくまでの俺の予想だが……多分、歳のせいだろうな。


体内魔力は歳ととると、極端に減衰することがあるという。


おそらくこの老人講師は、全盛期と比べて体内魔力がかなり減衰していたのだろう。


だから切断された指を治療するための魔力を捻出出来ずに気絶してしまった。


おそらく連続で授業を行なってそもそも魔力が減っている状態だった、という要因なども重なってのことだろう。


「やれやれ…仕方がないな…」


こうなってくるとただ傍観しているわけにもいかない。


「退いてくれ」


俺は騒いでいる生徒たちをかき分けて、まずは指を負傷している生徒に近づいていく。


「俺の指がぁああああ…どうしてくれるんだよぉおおおお!!!誰か直してくれぇえええ…!!」


「男だろう。みっともないな。それくらいであまり騒ぐなよ」


言いながら俺は回復魔法を男に施した。


強い光が男の手を包み込み、切断された指が生え変わる。


「おぉおお!?お、俺の指が!?」


癒えた指を見て、男が驚きの声をあげる。


「う、嘘…」


「治ったの!?」


「どうやって…!?」


周りの生徒が俺と傷の完治した生徒を交互に見る。 

「あ、あんたはひょっとして…」


「もしかして編入生の…?」


何人かの生徒が俺に気づき始める中、今度は俺は倒れている老人講師の方へ向かった。


「退いてくれ」


周りにいる生徒を半ば無理やりどかせて、こちらにも回復魔法を施す。


「エクストラ・ヒール」


最上級の回復魔法を惜しむことなく魔力を込めて使った。


「うむぅ…」


気絶している老人講師の血色がたちまち良くなる。


「よし」


これで魔力もある程度は回復しただろうし、死ぬことはなくなっただろう。


…ったく。


俺がいなかったら最悪死んでいた可能性もあるぞ。

俺がほっと息をついていると…


「うおおおお!!まじでありがとう!!お前は命の恩人だぁああ!!」


「うおおっ!?」


指が完治した生徒が、俺に飛びついてきた。


「うおおおおお!!もう終わりかと思ったよぉおおおおおお!!マジでありがとなぁあああ!!」


「おいやめろ汚いぞ」


指を直しただけだというのに、大袈裟だな。


「はぁ…」


その後、俺は数分渡って、治療した男子生徒から涙や鼻水を服に擦り付けられることとなったのだった。










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