第48話


「お、覚えておけよっ!!」


授業が終わるのと同時、エンゲルがそう言い残して逃げるようにさっていった。


「とんでもないやつだな、編入生…」


「学年一の使い手のエンゲルがまるで子供扱いだったな…」


「こりゃあ、アダマンタイトの的を壊したって噂も現実味を帯びてきたな…」


他の生徒も、ヒソヒソとそんな噂話をしながら俺に一瞥を送り、それぞれ訓練場を去っていった。


「ふふっ…どうやら完全にエンゲルを含め、生徒たちに恐れられてしまったみたいですわね」


他人事なのをいいことに、ヴィクトリアはそう言っておかしそうに笑っている。


「はぁ…」


俺はため息を吐きながら、出口に向かって歩き出す。


反撃せざるを得なかった状況とはいえ、それなりの実力者として恐れられていたエンゲルをあそこまでやり込めたのは少し悪手だっただろうか?


最初の授業では、ラプトン講師に目をつけられ、今度はエンゲルという厄介な相手まで敵に回してしまった。


…なんだろう。


初日にしてすでに学院生活に不安が出てきた。


俺はちゃんとこの学院を卒業できるのだろうか。


このペースで敵を作っていたら、半年と持たない気がするのだが…


「けれど残念ですわ…結局中級魔法を習得することが出来ませんでした…」


並んで歩いているヴィクトリアは、そう言って肩を落としている。


「この上達速度なら後数日で習得できると思うけどな」


「そうかしら?」


「ああ。保証するよ」


実際ヴィクトリアの魔法の上達速度は他の生徒と比べて群を抜いていた。


今日だけでは中級魔法は形にならなかったが、後何日か訓練を重ねれば確実に使えるようになるだろう。


「次に授業が重なったときは…またお願いしますわよ?」 


「おう」


こいつといるとまたエンゲルに絡まれる可能性もあるのだが……しかし、せっかくの縁は大切にしないとな。


俺が次に授業が同じになったときはヴィクトリアに魔法を教えることを約束すると、ヴィクトリアは嬉しげに笑ったのだった。




水属性の授業を終えてヴィクトリアと別れた俺は、次に光属性の授業へとやってきていた。


俺は火、水、光の三つの属性を扱える(ということになっている)魔法使いだ。


だから三つの属性の授業を受けなければならず、他の生徒よりも受けられる授業の幅が多い。


学院の仕組みとしては、一年を通して属性を問わず決まった量の単位を取ればいいということになっているので、一つの属性の授業にたくさん出て極めることもできるのだが、俺はあえてたくさんの授業を受けてみることにした。


というのも、ざっと教材を眺めてみた感じ俺がこの帝国魔術学院で学べることはあまり多くないように思う。


教科書に書かれていることは簡単だし、生徒たちの魔法の実力もそこまで高くないようだった。


であれば、俺がこの学院ですべきことは、一つの属性を極めることよりも、より幅広い知識を取り入れることだろう。


そのためにも、俺はいろんな属性の授業に顔を出してみるつもりだった。


…本当は風属性と土属性の授業にも出たいのだが、それをやると俺が四つ以上の属性を使えることがバレてしまうからな。


流石にそれは試すことが出来ない。


そういうわけで、ヴィクトリアと別れた俺は、光属性の授業が行われる教室へとやってきた。


「あ…」


室内に入ってすぐ、近くの席に座っていた女子生徒と目が合う。


システィだ。


「よ!」


「…っ」


俺が手を上げたが、システィは気まずそうにサッと目を逸らした。


「ぐ…」


なかなか心に応えるものがある。


トリプルだと明かした途端にシスティとの距離が開いてしまった。


…なんとかして打ち解けられないものなのか。


俺はちょっと沈んだ気分で手近な空いている席に座った。


というかシスティもダブルだったんだな。


「それじゃあ、授業を始めるじゃ。席に着くのじゃ」 


今度の講師は頭の禿げ上がった老人だった。


生徒たちが席についたのを確認して、ゆったりと教科書を読み上げていく。


「…」


俺は講師の解説を話半分に聞き流しながら、教科書を読み込んでいく。


その大半が、俺が無意識レベルでクリアしていることを小難しく文章化したもので目新しい発見はなかったのだが、たまに知らなかった知識も記載されていてなかなか面白い。


気がつけば俺は授業そっちのけで夢中になって教科書を読み込んでいた。


「…それじゃあ、後半は訓練場で実際に魔法の訓練ですじゃ。ワシについてくるのですじゃ」


「ん?」


ふと生徒たちが席を立ってゾロゾロと移動を始める。


どうやら先ほどの授業同様、後半は訓練場で実践形式の訓練を行うらしい。


この学院の授業形式は基本的にこんな感じなのか?


「行くか」


ひとまず俺は生徒たちについて行き、再び訓練場へとやってきた。


「それではまず最初にペアを組むですじゃ。練習は二人人組で行ってもらうのですじゃ」


講師のそんな指示で、訓練場にやってきた生徒たちは二人一組を作り始める。


「組もうぜ!」


「おう!」


「組もうよ!」


「うん!」


生徒たちは、自らの友人などと早めにペアを決めてしまう。


困ったのは昨日編入してきたばかりの俺だ。


友人なんていないから、たちまちあまりものになりかける。


近くにいた生徒に声をかけようと試みるが、皆次々にペアを決めて行ってしまう。


「あ…」


俺は辺りを見渡して、俺と同じくあたふたとしている生徒を一人発見した。


「うぅ…どうしよう…」


困り顔のその女子生徒に嬉々として近づいていく。


「組まないか、システィ」


「あ…」


システィが俺の顔を見てさっと目を逸らす。


「なぁ…俺はお前と仲良くなりたい。トリプルとか貴族とか関係ない。俺とペアになってくれないか?」


俺はこの機を逃す手はないとシスティに本心を打ち明ける。


「…っ」


システィの瞳が揺らいだ。


恐る恐ると言った感じでこちらに手が差し出される。


「よ、よろしく…アリウスくん」


「おう」


俺とシスティはペアになった。




「ほっほっ。ペアは出来上がったようじゃの。それじゃあ、まずはわしがお手本を見せるですじゃ」


生徒たちがそれぞれペアを組んだのを確認してから、老人講師が魔法の実演を始めた。


「今日訓練するのは光属性の治癒魔法、ヒールですじゃ。ヒールは怪我などを癒す魔法ですじゃ。極めれば、大怪我も一瞬にして治せるのですじゃ」


そう言った老人の講師が懐から一本のナイフを取り出した。


「よく見ているのですじゃ」


老人講師がナイフを使って自らの腕にわずかな切り込みを入れる。 


生徒たちから短い悲鳴が上がる。


「大丈夫なのですじゃ。今からこの傷を治癒魔法で癒すのですじゃ」


そう言った老人講師が、光属性の治癒魔法を使った。


「ヒール」


「「「「おおおおお…」」」」


淡い光が起こり、傷が瞬時にいえる。


生徒たちからは驚きの声が漏れた。


「こんなもんですじゃ」


老人が完全に癒えた自分の腕を生徒たちに見せる。


パチパチと拍手が沸き起こった。 


「それでは今からナイフを配るから実際にやってみるですじゃ。小さな傷を作って実際に治すのですじゃ。深く傷を入れてしまった生徒はすぐに報告するですじゃ。その場合はワシが治すですじゃ。では始め」


ナイフが一組につき一振りずつ配られて、魔法の訓練が始まった。


「ど、どうする…?自分の体に傷を入れるんだって…」


少し怖気付いた様子でシスティが配られたナイフを見ながら言った。


ここは男である俺の出番だろう。


「任せろ。まず俺がやる」


そう言って俺は自分の腕にナイフを刃を当てて、引いた。


「きゃっ!?」


システィが短い悲鳴をあげる。


力が入りすぎてしまったのか、かなりの深い傷になってしまった。


血がどくどくと流れ出す。


「せ、先生をっ」


システィが慌て出すが、


「大丈夫だ」


と俺は宥めて即座に治癒魔法を使う。


「ヒール」


「ええっ!?」


即座に傷が癒えて、血が止まった。


システィが目を見開く。


「す、すごい…!一瞬で!?」


「次はシスティの番だな」


そう言った俺は、自分の腕にナイフで切り込みを入れる。


「あ、アリウスくん…!?」


「ほら、早く魔法を使わないと…どんどん血が流れていくぞ」


「あわわっ…え、えとえと…癒しの光をもたらしたまえ〜…」


システィが治癒魔法の詠唱を始める。


「ヒール!!」


焦っていたのかかなり重要な部分を噛んでいたのだが、それでも最後まで詠唱しきり、魔法を発動する。


「もう少しだな」


「ごごご、ごめんなさいっ!!」


魔法は正常に起動したが、しかし、まだ威力が弱かったようだ。


俺の傷は完全には塞がらず、血は流れたままだ。


「い、一旦治療を…」


システィが焦り出すが、俺は大丈夫だと言い聞かせてそのまま続行する。


「ほら、もう一回だ」


「は、はいぃ…」


そんな感じで光属性の授業は進んでいった。








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