第47話


「着きましたわね」


「なるほど。ここか」


なんとか生徒たちに追いついた俺たちがやってきたのは、昨日に訪れた巨大な訓練施設だった。


「あ…」


チラリと視線を移すと、俺が昨日壊したアダナンタイトの的はまだ修繕の途中だった。


「あれって…」


「噂は本当だったんだな…」


「編入生ってあいつか…」


「あいつがあれをやったのか…」


何人かの生徒がヒソヒソと噂をしながらこちらを見ている。


俺は誤魔化すように明後日の方向を見ながら口笛を吹いた。


「よし…それじゃあ、早速水魔法の訓練を始めようか。先ほどの授業で言ったように魔法の基礎は頭の中のイメージだ。今から私がお手本を見せるから、しっかりと目に焼き付けて自分の中でイメージを固めろ。それが習得の第一歩だ、いいな」


「「「はぁーい」」」


生徒たちの返事に満足そうに頷いた魔法講師が、的に向かって手を構える。


「ウォーター・ボール!!」


魔力の気配。


簡素な詠唱と共に、生み出された水球が的にあたって砕けた。


「「「おぉおおおお!!!」」」


生徒たちからパチパチと拍手が起こる。


「ふん…とまぁ、こんな感じだ。わかったかな?」


講師はちょっと得意げに髭を触りながら、胸を張っている。


「すげぇ…」


「さすが帝国魔術学院の講師だ…」


「短文詠唱を最も簡単に…」


生徒たちはというと、そんな講師に対して憧憬の眼差しを向けている。


「うーん…」


ただ中級魔法を発動しただけだと思うんだが…


まぁ一応中級魔法も初級魔法に比べたら習得が困難だし、これが普通の反応なのだろうか。


「では実際にお前たちもやってみろ。まぁ、今日だけで習得は不可能だろうがな。とにかく鍛錬あるのみだ。始めろ」  


講師の指示で、生徒たちはそれぞれ的に向かって魔法を放ち始める。


だが、ほとんどの生徒は水球を形にすることすら出来ていないようだった。


やはりこの世界の人間は想像力という点で、かなり劣っているようだ。


まぁ娯楽創作物が極端に少ないのでそれも仕方のないことなのだろうが。


「ウォーター・ボール!!……くっ…難しいですわね…」


そして俺の隣でも苦戦している生徒が一人。


「ダメですわ…どうして初級魔法のウォーターになってしまいます」


「難しいのか?」 


顔を顰めているヴィクトリアに俺は声をかける。


「全然ダメですわ…ランセット家の私がこんな醜態を…」


「いや、誰でも最初はそんなものだと思うぞ」


「あら、まるで自分は出来るかのような物言いですことね」


「事実できるからな」


俺は的に向けて魔法を放った。


「ウォーター・ボール」


ビシィ!!と鋭い音が鳴ってアダマンタイトの的がグラグラと傾いた。


「「「おぉおおおお!!!」」」


周囲の生徒たちからどよめきが起こる。


「すげぇ…今の見たか…?」


「すごい勢いだったぞ…」


「あいつもう中級魔法を使えるのか…?」


「せ、先生の魔法よりもすごくなかったか…?」


生徒たちのそんな呟きがあちこちから聞こえてくる。


「うおっほん!!訓練に集中しろ。よそ見はするな」


咳払いと共に講師が生徒たちを注意した。 


チラリとこちらに悔しげな視線も向けてくる。 


…なんかすみません。


別に張り合っているとかそういうことではないので。 


「す、すごいですわ…今の、短文詠唱ですわよね?」


「短文詠唱?なんだそりゃ」


「詠唱の省略のことです。今、ただ魔法名を唱えただけで魔法を発動しましたわよね?」


「えっ…これが普通じゃないのか?」


「普通じゃありませんわよ。長い訓練が必要になる高等技術ですわ」


「そうなのか…?」


「あなた、本当に何者なんですの?」


ヴィクトリアが珍獣を見るかのような目を俺に向けてくる。


いや、そんな目で見るなよ。


本当に俺はこれが普通だと思っていたんだ。


「はぁ…羨ましいですわ、その才覚が。私も頑張りませんと」


「応援してるぞ」 


「見ていてくださいまし。ダメなところがあったら教えて欲しいですわ」


「おう」


気合を入れ直したらしいヴィクトリアが、ウォーター・ボールに挑戦する。


当然すぐにはうまくいかないが、しかし時間経過にともなって少しずつ形にはなっていっていた。


「なんか掴めそうな気がしてきましたわ」


「頑張れ。その調子だぞ」


「引き続きご教授をお願いしますわ」


「任せろ」


俺のアドバイスを吸収してどんどん魔法を形にしていくヴィクトリア。


「ウォーター・ボール!……またダメでしたわ…」 


だが、後一歩というところでなかなか成功しない。

「やっぱり才能が…」 


「いや、これくらいで落ち込むなよ。もう何日か練習すればいけるだろ」


周りの生徒と見比べても相当上達している方なんだけどな。


どうやらヴィクトリアには大貴族の令嬢としてのプライドがあるらしい。


「今いちイメージが頭の中で固まりませんわ……アリウス。後で何かしらのお礼を差し上げますから、もう一度あなたの魔法を見せてくれません?」


「別に構わないぞ」


繰り返しになるが魔法の基礎はイメージ。


頭の中で明確なイメージを固めるためには、他人の魔法を目で何回も見るのが1番手っ取り早い。


俺は的に向けて再度魔法を放とうとする。


先ほどは威力が強すぎて注目を集めてしまったから、今度はなるべく弱めに…


「…うおっ!?」


不意に横合いから魔法が飛んできた。


「冷たい!?」


誰かが放った水魔法をまともにくらい、俺は身体中水浸しになる。


「誰ですの!?」


ヴィクトリアが起こったように魔法が飛んできた方を睨んだ。


「おい、編入生てめぇ。俺の婚約者に何ちょっかいかけてんだよ?」


「あ…あんたは…」


見ればそこには、昨日、校門付近でシスティに絡んでいた男が立っていた。





「あんたは…確かええと…」


「エンゲルだ…!!クヌート家の俺の名前を忘れるとは、どこまでも生意気なやつだ!!」


瞬時に名前を思い出せなかった俺に、エンゲルがキレ出す。


「クヌート家…?なんだそれは」


聞いたことがあるようなないような…


「五大貴族の我が家を知らないはずがないだろうが!!知らないふりをするな!!無礼だぞ!!」


「いいえ、アリウスは本気で知らないだけすわ。別にあなたを馬鹿にする意思などありませんことよ」


俺がエンゲルの実家を知らなかったことでますます怒り出したエンゲルだったが、そこに口を挟んできたのがヴィクトリアだ。


「エンゲル…あなたどういうつもりですの?授業中に、他人に向かって魔法を放つなんて」


「お前に絡むどこぞの馬の骨を排除しようと思ってな」


「馬の骨ではありませんわ。彼はエラトール家のアリウスですわ」


「あぁ、そうだったそうだった。名もほとんど聞かないような弱小貴族だったな、お前は」


ふんと見下すように鼻を鳴らすエンゲル。


いちいち他人を小馬鹿にしたような態度をとるやつだ。


「大方、ランセット家のヴィクトリアに取り入って成り上がってやろうという魂胆だろうが、残念だったな。ヴィクトリアは俺の婚約者だ。お前などが近づいていい相手ではない」


「いや、別に成り上がろうとか思ってないが……ん?婚約者?」


俺はヴィクトリアを見る。


ヴィクトリアが苦虫を噛み潰したような顔になる。


「勘違いしないでくださいまし。親が勝手に決めたことです。私はあなたのような男と結婚する気などありません」


「ははは。相変わらず照れ屋だな、ヴィクトリア」


「…っ」


ヴィクトリアは本気で嫌がっているようだが、エンゲルは気づいていないようだった。


「そういうわけだ、エラトール家の坊主。俺のヴィクトリアに近づくんじゃねぇ」  


「いや、俺はただ魔法を教えていただけで」


「口答えするんじゃねぇ!!ウォーター・ボール!!」


「うおっと」


突然魔法を放ってくるエンゲル。


俺は少し移動することで難なくかわす。


「何するんだよ」


「大貴族の俺に口答えするな。俺はヴィクトリアに近づくなと言ったんだ!!」 


「俺が誰とどうしようと、俺の勝手だろ?」 


先ほど不意打ちで魔法を当てられたこともある。


正直少し苛立っていた俺は引き下がらずにエンゲルを見返してやった。


「この…っ…貴様は鼻につくやつだ…っ」


エンゲルのこめかみがひくつき始めた。  


相変わらずの沸点の低さだ。


「死ねっ!!」


「だから危ねぇだろ」


またしても魔法を放ってくる。


俺は軽々避ける。


意識していれば、警戒していればこの程度の攻撃を無様に喰らうこともない。


「このっ…無礼者がっ!!」


エンゲルは昨日同様躍起になって俺に魔法を放ってくるが、あまりにも速度が遅いため簡単に避けられる。


「くそっ!!なぜ当たらないっ!?ちょこまかと鬱陶しいやつだ!!」


狙いは雑になり、エンゲルは数に頼るようになる。 


「お、お前たち…やめないか…」


魔法講師が止めに入ろうとするが、大貴族のエンゲルの怒りを買うのを恐れてか、なかなか間に入ってこようとはしない。


「ヤベェよ…」


「エンゲルがマジになってるぜ…」


「エンゲル様も中級魔法が使えるんだ…」


「あれ、本気で放ってないか…?当たったら結構危ないぞ…!?」


また生徒たちも、流れ弾を恐れて距離をとり始める。


「やめなさいエンゲル!!」


「うるせぇ!!うおおおおおおおお!!!」


ヴィクトリアが悲鳴のような声をあげるが、エンゲルは聞く耳を持たない。


狂ったようにに魔法を放っている。 


「やれやれ…」


エンゲルの攻撃を避けながらため息を吐いた俺は、隙を見て魔法を放った。


「ウォーター・ボール」


「ぐふぅ!?」


手加減して放ったウォーター・ボールがエンゲルの腹に命中。


エンゲルは悶絶し、膝をつく。


「お前は少し頭を冷やせ」 


エンゲルの頭上に水球を生成し、落下させる。


バシャ!!


「ぎょえっ!?』


エンゲルがびしょ濡れになり、奇妙な悲鳴をあげる。


これで少しは頭が冷えただろうか。


「き、貴様ぁああああああ!!!」


「まだダメか…フリーズ」


まだ頭が冷えないようなので、俺は全身水浸しのエンゲルに氷結の魔法を使う。 


「ひぃいいいい!?さ、寒ぃぃいいい!?」


エンゲルの体が一瞬にして凍りつき、白くなる。


もちろん死なないように調整はしてある。


「冷たいっ!?寒い寒い寒いよぉおおお!!」


情けない悲鳴をあげて、エンゲルがガクガクと震える。


「ふぁふぁふぁ、ファイアー!!」


流石にやりすぎただろうか。


俺が少し反省する中、エンゲルが火属性魔法で自らの体を温め出した。


今更だがこいつ、ダブルだったんだな…


「くすくす…」


「な、なんか面白い…」


「雪山の遭難者みたいだぞ…」


「あ、あれが大貴族…?カケラほどの威厳もねぇ…ぶふっ」


ガクガクと震え、鼻水を垂らしながら体を温めるエンゲルにあちこちから笑いが漏れた。


「あははははっ、おかしいですわっ!!」 


ちなみに腹を抱えて1番大きな笑い声をあげていたのは、エンゲルの婚約者らしいヴィクトリアだった。






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