第42話


「やべぇ、生徒会長だ…!」


「逃げろ…!!」


その女子生徒が乱入してきた途端に、見物していた生徒たちは蜘蛛の子を散らすようにして逃げていってしまった。


「おい、エンゲル…お前、また問題を起こしたのか?」


「ち、違う…!!俺は…!!」


女に詰め寄られ、あれだけ横柄だったエンゲルがタジタジになる。


「言い訳はいらん…!!いいからお前たち二人もさっさと校舎に迎え!!!」


「ちっ」


「は、はい…!!」


エンゲルは舌打ちを、そして平民の女子生徒は慌てたように返事をして、校門から校舎へと向かっていった。


途中、少女の方は一度だけこちらを振り返って口パクで「あ・り・が・と・う」と言ってきた。


俺が軽く手を上げてそれに応えていると、乱入してきた女が近づいてきた。


腕に、何かの腕章のようなものをつけている。


「お前がアリウスだな?」


「へ…?」


いきなり名前を呼ばれて驚く。


「む?編入生のアリウスではないのか?」


「あ、あぁ…俺がアリウスです。今日からこの学院に通うことになった…」


「やはりそうか。ではこっちへこい」


そういうと女は、俺の手を引いてどんどん歩いていく。


「ちょ、ちょっと待ってください…!いきなりなんですか!?」


引きずられるようにして歩く俺がそう尋ねると、女は振り返らずに応えた。


「私は生徒会長のセシルだ。今日1日のお前の引率を任された」


「生徒会長…?」


「生徒の意見をまとめ上げる特別に設けられた委員のことだ。そのうちわかる」


「は、はい」


これ以上の質問を許さないような口調に、俺は口を閉ざす。


「今からお前をこの学院を取り仕切る理事長に合わせる。その後は、入学のための試験だ」


「理事長!?試験…!?」


色々疑問が渋滞している。


なぜいきなり魔術学院のトップに合わなければならないのか。


そして試験や学費を免除する約束ではなかったのか。


混乱する俺は生徒会長のセシルに質問しようとするが、結局セシルは俺を引っ張って早足に歩くだけで応えてくれなかった。



「ここが理事長室だ」


生徒会長のセシルに引っ張られて魔術学院の中に連れてこられた俺は、魔術学院の内装をじっくりと観察する余裕も与えられないまま長い廊下を歩かされた。


俺を無言で引っ張って歩いたセシルは、一つの重厚に閉ざされた扉の前で足を止めた。


どうやらここが理事長室らしい。


「入るぞ」


「えっ」


俺の心の準備をする暇など当然のように与えられず、セシルはコンコンと扉をノックしたのちに扉を押した。


重そうな扉は案外簡単に開いた。


「来い」


「うおっ!?」


再びセシルに引っ張られて俺は中に入っていく。


そこはたくさんの書類に埋め尽くされた煩雑な空間だった。


奥に立派なソファが据えられていて、そこに髭を地面まで垂らした禿頭の老人が座っていた。


セシルに連れられた俺の姿を認めると、柔和な笑みを浮かべる。


「来たか」


「理事長。連れてきました」


「ご苦労」


理事長と思われる老人とセシルが互いに頷き合った後、老人の方が俺の方を見た。


「初めまして。君の話は王子から聞いたよ。その歳にして付与魔法を使えるんだって?」


「は、はい…一応…ええと…エラトール家のアリウスといいます」


俺は貴族の作法に則って老人に挨拶をした。


「ああ、ああ、ここではそんな堅苦しい挨拶はよしてくれ。私はこの学院の理事長のムンクという。よろしく頼むよ」


「は、はい…」


差し出された手を俺は握る。


ゴツゴツとしてひんやりとした手だった。


「ようこそ、帝国魔術学院へ。アリウス・エラトールよ。三年間、学院で大いに学んでくれ」


「が、頑張ります」


「よろしい。では、セシル。あとは頼んだよ」


ムンクがセシルに目配せをする。


「こっちだ。来い」


セシルが手招きをする。


どうやら理事長との顔合わせはこれで終わりらしい。


案外あっさりしたものだった。


「これからどこへ?」


失礼しますと断って理事長室を後にしてから、俺はセシルときた廊下を並んで戻る。


「今からお前には試験を受けてもらう」


「試験?免除されるのでは…?」


「試験といっても一般の生徒が受けるそれではない。編入生などそうは入ってこないからな。最低限の魔力確認とか、その程度のことだ」


「わ、わかりました」


セシルに聞くと、試験は非常に簡易的なもので、一時間もあれば済むらしい。


俺はほっと安堵しつつ、セシルについていく。


まるで迷路のように入り組んだ学院内部の廊下をセシルの先導で歩き、何やら用途のわからない道具がたくさん置かれた倉庫のような場所にやってきた。


非常に埃っぽい。


「ごほごほ…えぇ、どこにあったか…?」


セシルは咳き込みながら、埃っぽい倉庫の中を、何かを探して歩き回る。


「あぁ、あったあった。少し古いものだが…これでいいか」


「それは…」


「魔力鑑定水晶だ」


セシルが取り出したのは見覚えのある紫色の水晶。


魔力測定用の水晶だった。


「今からお前の魔力を図る。まぁ、お前に魔法発動に足る魔力が無い、なんてことはないと思うが一応手続き上のものだ。面倒だが付き合ってもらう」


「いえ、構わないですよ」


試験と聞いて少し身構えていたが、この程度のことなら全然構わない。


俺は魔力測定水晶に手を翳した。


直後…


パリン…!!


「…っ!?」


「あ…」


魔力測定水晶が砕けて割れた。


セシルが驚いて飛び退き、俺はしまったと頭を抱える。


魔力を測定したのがあまりに久しぶりで失念していた。


どういうわけか俺の体内魔力は普通の魔法使いの何倍もあるため、普通の魔力水晶では測りきれずに壊れてしまうのだ。


「そ、測定不能の魔力量…」


若干震えた声でセシルがつぶやいた。


「あの…すみません…学院の備品を…」


俺は学院の魔道具を壊してしまったことを謝る。


「い、いや…いいんだ…少し驚いたぞ…魔力水晶が割れるところなんて初めて見たからな」


「本当にすみません」


「気にするな」


そういったセシルは、今度は倉庫内から別の水晶を探し出してきた。


赤、青、黄、緑、茶の全部で5色の水晶だ。


どうやら今度は適属性を調べるつもりらしい。


「次は属性だ。お前の適性のある属性を調べさせてもらうぞ」


「わかりました」


俺はすぐさま5色の水晶に順番に手を翳していく。


最初に火属性の水晶を光らせ、その次に水属性の水晶を光らせた。


「ほぉ…なるほど。お前はダブルなのか…魔力水晶を破壊する魔力量に加えてダブルとはなかなか才覚に溢れて」


「いえ、違います」


いいながら俺は、光属性の水晶も光らせる。


「なぁっ!?」


驚いたセシルが水晶を取り落とした。


パリン!!


「あ…」


地面に落ちた水晶が粉々に砕ける。


魔力測定水晶に加えて適属性鑑定用の水晶まで…


大丈夫なのかと俺が心配している中、セシルがわなわなと震えながら聞いてきた。


「おおお、お前…と、トリプルなのか!?」


「そうですけど…聞いてなかったんですか!?」


「聞いているものか!!!」


よほどの驚きだったのか、セシルが大声を上げた。


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