第41話


周囲の迷惑を省みないような、怒鳴り声だった。


俺は何事かとそちらの方向を見る。


「すすす、すみません…エンゲル様…」


そこでは、帝国魔術学院の制服を着た女子生徒が、大柄な男子生徒に絡まれて萎縮していた。


「このクヌート家の俺様の命令に従えないのか…!?何様のつもりなんだ!?あぁ?」


「すみません…すみません…」


男子生徒がわけのわからないことを怒鳴り散らし、女子生徒はひたすら謝らされている。


「あーあ…またやってるよ…」


「あの平民の子…乱暴な性格で有名なエンゲル様に絡まれるとか…ついてねーな…」


「行こうぜ…俺たちまで目をつけられかねない。


それを見た周りの生徒は、ヒソヒソと囁き合いながら遠巻きに眺めるだけだ。


一体何が起きているのだろうか。


疑問に思った俺は近くの生徒に聞いてみる。


「なぁ?ちょっといいか?」


「えっ?」


俺に声をかけられた生徒が驚く。


「あれ…何が起きてるんだ?喧嘩か?なんであの生徒は一方的に怒鳴っているんだ?」


「お、お前誰なんだ…?見ない顔だな?学院の生徒か?」


「編入生だ」


「へ、へぇ…」


生徒は俺にちょっと訝しむような視線を向けながらも、何が起こっているのかを教えてくれた。


「あれは俺たちにとっちゃ見慣れた光景でな……エンゲル様が平民の生徒に絡んでいるのさ」


「平民の生徒…?」


「ああ。帝国魔術学校は実力主義でな。貴族の子供たちだけじゃなくて、魔法に秀でた平民の子供とかも受け入れてんだよ。だけど、貴族の中には選民思想を持っている奴らが一定数いて……そういうやつはこの学校に通う平民が気に入らないんだ」


「なるほど」


「中でもエンゲル様は一番の過激派だな。平民の生徒によくああして絡んで学院から追い出そうとしているんだよ。実家のクヌート家が無駄にでかいだけに誰も止められないんだ」


「そういうことか。ありがとう」


俺は現状を簡潔に説明してくれた生徒にお礼を言ってから、改めて少女の方を見た。


「出ていけ!!今すぐこの学院から出ていくんだ…!!」


「ひぐっ…うぇええ…」


平民の少女は貴族相手に言い返すことができないのか、涙目になってしまっている。


「いややりすぎだろ…」


流石に見ていられなくなった俺は、近づいていって二人の間に割って入った。


「おいあんた…そこまですることないんじゃないか?」


「ふぇ…?」


「あ?なんだお前」


俺がエンゲルとやらに声をかけた瞬間、周囲で生徒たちがざわついた。


「あいつ馬鹿か…?」


「おい、エンゲル様に声をかけたぞ…」


「何考えてるんだ!?」


「見ない顔だな…学院の生徒か?」


「制服着てるからそうなんだろ…」


「編入生らしいぞ…?」


周囲から生徒たちのそんな声が聞こえてくる。


「あ、あなたは…?」


突然割って入った俺に、平民の少女が驚いたような表情を浮かべる中、エンゲルがガシッと俺の肩を掴んできた。


「誰だお前…見ない顔だな…邪魔をするんじゃない」


「ちょっとやりすぎじゃないのか?貴族だからって平民に対して何をしてもいいわけじゃないんだぞ」


俺はシルヴィアに、自分よりも立場の下の人間を見下したり、侮辱したりすることは誇り高い貴族として絶対にしてはならないと言われてきた。


こいつはそうは習わなかったのか?


「あ…?てめぇ…何様の分際でクヌート家の俺に説教してやがんだ…?」


エンゲルの額に青筋が入る。


相当怒っているようだ。


ずいぶん沸点が低い。


「俺はエラトール家のアリウスだ。今日からこの学院に通うことになった」


「エラトール家…だと…?」


エンゲルの表情が、他人を見下す時のそれになる。


「あぁ…あの辺境を収める弱小貴族か…ははっ。大したことないな」


「…」


こいつとは分かり合えそうにないな。


俺は一瞬でそう判断した。


「邪魔だぞ弱小貴族。俺はクヌート家の御曹司だ。

お前とは格が違う。そこを退け」


「断る。こんなことを見過ごすわけにはいかない」


俺がそういうと、エンゲルが唇を噛んだ。


「あぁ、そうかよ…だったら…力ずくで立場をわからせてやる…!!!」


魔力の気配を感じた。


バッと後方に飛び去って俺から距離を取ったエンゲルが魔法の詠唱を始める。


「口で言ってわからないグズどもには躾が必要だよな!?二人もろとも吹き飛びやがれ…!!赤き炎よ!!」


エンゲルの手の中に炎の弾が現れる。


ごく普通の、火属性中級魔法、ファイア・ボールの詠唱だ。


「きゃあああ!!!」


「魔法だ!?」


「巻き込まれるぞ!!離れろ…!!」


生徒たちが悲鳴を上げて逃げ出した。


「ん?どうしたんだ?」


俺は首を傾げる。


ただのファイア・ボールじゃないか。


なにをそんなに騒いでいるんだ?


「くはは!!天才的な俺様はすでに中級魔法を習得しているんだ…!!選ばれたものの力!!とくとその目に焼き付けろ…!ファイア・ボール!!」


エンゲルが俺に向かって火球を放ってくる。


「逃げてくださいっ…!!」


背後で平民の少女が悲鳴のような声をあげる。


「ウォーター・シールド」


俺は少女や周りの生徒たちがなぜ騒いでいるのか理解できないながらも、とりあえず水の盾でファイア・ボールを打ち消した。


ジュッ。


「…」


大して魔力が込められていたわけでも、威力が洗練されていたわけでもないファイア・ボールは、俺が作った水の盾に簡単に吸収されて消えていった。


「なぁっ!?」


エンゲルが目を見開く。


「ききき、貴様…!!今何をした…!?」


「え…いや…ただ防御の魔法を使っただけだが…?」


「あ、ありえない…俺の魔法を打ち消しただ

と…!?学院の最上級生か!?」


「いや、今日が初日の編入生だが?」


「…っ!?」


エンゲルが口をぽかんと開けてワナワナと震える。


いや、あのぐらいのファイア・ボール、誰でも打ち消せると思うんだが。


何をそんなに驚いているんだろうか。


「おい見たか、あいつ…」


「エンゲル様のファイア・ボールを打ち消したぞ…?」


「中級の防護魔法だと…!?初めて見たぞ!?」


「詠唱は完全にエンゲル様の方が早かったのに…魔法を打たれた後に一瞬で防御魔法を構築したのか…」


「とんでもない実力だ…!」


逃げようとしていた生徒たちが、興味をそそられたのか再び戻ってきて俺たちを見物し始める。


何やら生徒たちは、俺がエンゲルのファイア・ボールを防いだことに驚いているらしい。


大丈夫かこの学院のレベル…


本当に帝国最高峰なんだよな?


心配になってきたぞ…


「イカサマだ…!何か卑怯な手段を使ったに違いない!!このクズが…!!」


「いや卑怯な手段ってなんだよ」


自分の魔法が打ち消されたのが気に食わなかったのか、エンゲルが喚き立てる。


「ええい、小賢しい…!!何度も小細工が通用すると思うなよ…!!ファイア・ボール!!ファイア・ボール!!ファイア・ボールぅうううう!!」


怒り狂ったエンゲルが、ファイア・ボールを連打してくる。


「ウォーター・シールド」


俺は先ほどと同じように水の盾を少し広範囲に展開する。


何発も放たれたファイア・ボールは、俺と少女を完全に覆うようにして展開された水の盾に全て吸い込まれて消えていった。


「なぁああ!?」


エンゲルが仰天して口を開ける。


「嘘だ!?こんなのありえない!!俺様のファイア・ボールが…!!」


「「「うおおおおお!!!」」」


「「「すげぇえええ!!!」」」


エンゲルが現実を受け入れたくないというように首を振る中、周りの生徒たちは大盛り上がりだ。


「あいつすごいぞ…!!」


「あの数の中級魔法を全部打ち消しやがった…!!」


「すごすぎる…!!一体何者なんだ!?」


「有名冒険者か何かじゃないのか!?」


口々にそんなことを言って俺に憧憬の眼差しを向けてくる。


「うーん…このくらい誰にでもできると思うんだけどなぁ…」


それこそ、魔法習いたてのイリスにでもあの程度のファイア・ボールなら防げそうだった。


俺が生徒たちの大げさすぎる反応に首を傾げる中、向こうから一人の女子生徒が歩いてきた。


そして騒ぎのど真ん中にやってきて、大声で怒鳴った。


「お前たち何をしている!?もうすぐ始業時刻だぞ…!!騒ぎを起こすな…!!」




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