第15話


「さて、始めましょうか」


俺がエレナに助けられ、森を脱出して屋敷へと帰還したその翌日。


俺は二日前にエレナと訪れた広場へときていた。


互いに十メートルほどの距離をあけて、エレナと向かい合っている。


「ほ、本当にやるのか…?」


真剣な顔つきのエレナ。


正直まだ覚悟が決まっていない俺は、未だ上段の可能性を疑って確認をする。


「もちろんです。色々考えた結果、アリウス。私と直接戦うことがあなたを効率的に成長させる最もいい方法です」


「…っ」


エレナの言葉にごくりと唾を飲む。


…そう。


俺は今、エレナと戦うためにこの場に来ている。


先日、俺はエレナに火属性と水属性の上級魔法を全て使えることを明かした。


森で多くのモンスターを倒したのをエレナに見られており、隠し通すのは不可能だと考えたためだ。


『正直に話してくれてありがとうございます。また訓練メニューをアップグレードする必要がありそうですね』


俺の真の実力を知ったエレナは、今まで考えていた訓練の方法をまた変える必要があると言って部屋にこもってしまった。


そして翌日、部屋から出てきたと思ったら、いきなり朝食後の俺をここまで連れてきたのだ。


そして私と戦えと突然言い出したのだ。


どうやらそれがエレナの考えた、俺を鍛えるための最善の方法らしい。


当然俺は、反発した。


エレナは元帝国魔道士団所属の魔法使いだ。


戦えるわけない。


昨日のオーク・キングとの戦闘でもわかったように、力の差は歴然だ。


とてもいい訓練になるとは思えない。


俺はそう考えたのだが、エレナは違うようだった。 


「色々考えたって…も、モンスターと戦うじゃダメなのか…?」


「はい。それではいけません」


「どうしてだ?」


「森で簡単に見つかるようなモンスターじゃ、あなたの相手にならないからです」


「…そ、そんなことは」


「あります」


エレナの有無を言わさない雰囲気に、俺は口を閉ざす。


確かに……昨日のことのおかげで、俺の中から完全にモンスターに対する恐怖心は払拭された。


俺はモンスターとの戦いで本来の実力を発揮できるようになり…その結果、中級モンスターや、オーガ・キングなどの最上位の一部を除いて、上級モンスターすらも倒せてしまうようになった。


もう森の浅い部分に出現する初級から中級のモンスター程度では訓練にならないかも知れない。 


その言い分は十分に理解できる。


…だからって。


いきなりエレナと戦えなんて極端すぎる。


「アリウス。あなたはすでに一流と呼ばれる魔法使いのレベルに達しています。惰性で訓練をしてもその先には進めませんよ」


「…だが」


「安心してください。手加減はします。痛い思いはさせません…なるべく(ぼそっ)」


「お、おい今、なるべくって…」


「大丈夫です。仮に怪我を負わせてしまうことになっても、すぐに治します。私の治癒魔法の威力はご存じのはずです」


「…」


いや、確かにご存じだけれども。


切り落とされた腕が瞬時に癒されるところを見たけれども…


だからって


「そしてアリウス。私は手加減をしますがあなたは本気でかかってきてください。本気で私を倒すつもりで魔法を撃ってください」


「いやいや…そう言うわけには…」


モンスターと戦うのとは訳が違うんだ。


対人戦で本気を出したら……俺は殺人犯になってしまう。


そんなのはごめんだ。


「大丈夫です。今のアリウスくらいに殺されるようじゃ、帝国魔道士団の魔法使いは務まりませんので」


「…」


「ふふ…少しイラッとしましたね?」


「…してない」


「そうですか。では、これは私からの挑戦です。アリウス。少しでも私を追い詰めてみてください。出来るものなら」


俺を鼓舞するためだろう。


わざと煽るようにそういうエレナ。


「っああああ!もうっ!わかったよ!やりゃいいんだろ!!」


乗せられているとわかっていて、俺はあえてその挑発を買う。


俺にも、ちょっとしたプライドみたいなのはある。

ここまで煽てられて流石に何もしないわけにはいかない。


…もちろん魔法を使い始めてまだ数年の俺が元帝国魔道士団のエレナに敵う道理はないが、やるだけやってやる。


うまくすればエレナを追い詰めることができるかも知れない。


「決まりですね…。それじゃあ、早速始めましょう」


「お、おう…!」


俺とエレナは向かい合って互いに体の中で魔力を熾す。


俺はごくりと唾を飲んだ。


相手は俺より遥かに経験も技術も上のベテラン。


油断したら一瞬で駆られる。


そう心に言い聞かせ、俺は目の前の戦いに集中する。


「開始の合図はそちらからでいいですよ」


「なら…始めっ!!」


俺はすぐさま開始の合図を出すと、そのまま体内で熾した魔力を魔法として形にする。


「ファイア・アロー!」


炎の矢を生成し、エレナに向かって飛ばす。


「甘いですね。軌道が見え見えです」


「なっ!?」


俺は目を見開いた。


エレナが特に魔法を使うことなく俺の魔法を見切って交わしたからだ。


「どうしたんですか?なんの捻りもなく魔法を打つだけなら、このように魔法を使わずとも交わしきれますよ」


「…っ」


早速実力差を見せつけられ、出鼻をくじかれたが、俺は諦めずに次の魔法を放つ。


「ファイア・アロー!!」


俺は再度、火属性の魔法を使って炎の矢をエレナにはなった。


だが、今回はただ正面に撃つだけではない。


たくさんの魔力を込めて五発を一気に生成し、それを横一列にして放ったのだ。


こうすることによって先ほどのように簡単にはかわせなくなる。


これで魔法で防ぐ以外に方法はないはずだ。


そう考えた俺の予測はあっさりと打ち砕かれる。


「まだまだです」


エレナが地を蹴り宙を舞った。


くるりと体を二回転させ、地面に着地する。


「嘘だろ…!?三メートルは飛んだぞ…!?」


俺はエレナの跳躍力に目を見開く。



「魔法を使ったのか!?」


「いいえ、違いますよ」


エレナが俺の言葉を否定する。


「魔法はまだ一切使用していません。腐っても元帝国魔道士団所属ですからね。このくらいできて当然です。なんらかの理由で魔法を使えない場合の訓練のバッチリですよ」


「…っ」


余裕の笑みを浮かべるエレナ。


ば、化け物め…


こんなのどうやって勝てって言うんだよ!?


「ほら、よそ見している暇はありません。ライトニング・カッター」


「痛いっ!?」


ピリッとした痛みが腕に走った。


みれば、エレナの魔法により、俺の服の袖が僅かにきれていた。


腕から、つーと若干の血が流れる。


「ふふ…アリウス。実戦なら腕が一本なくなっていましたよ」


「…っ」


想像してゾワっと鳥肌がたった。


これが帝国最高峰の魔法使いか…


俺なんてやろうと思えば造作もなく殺せるってことか…


「く、くそおっ!!」


圧倒的な力の差を見せつけられ、ほとんどなくなりかけていた戦意を、俺は声を上げることで無理やり奮い立たせ、エレナに連続で魔法を放つ。


「そうです。本気で来てください」 


全力で魔法を打ちまくる俺に、エレナが不敵な笑みを浮かべるのだった。



それから十分後。


そこには全ての魔力を使い果たし、地面に倒れ込んでいる俺の姿があった。


「はぁ…はぁ…くそ…化け物め…」


「なかなか骨がありますね、アリウス。流石です。

夜の森を一人で生き延びただけあります」


「…ほ、褒めてる…のか…それ…はぁ…はぁ…」


「もちろんです」


「…はぁ…はぁ…」


俺は洗い息を吐きながら、上体を起こす。


そして自分の体のあちこちにできた傷をみてため息を吐いた。


十分間、俺は帝国最高峰の魔法使いのエレナと戦った。


そして、なすすべもなくあしらわれた。


全ての魔力を使って上級魔法を含めたあらゆる魔法を使ったが、一つもエレナを捉えることはなかった。


レベルがはっきりと違う。


俺はそのことを、たった一度の模擬戦で痛いほど思い知ることになった。


「ほら、立ち上がれますか?回復魔法が必要ですか?」


「…いい。大丈夫だ」


俺はエレナの手を借りて立ち上がって、回復魔法の方は断った。


服が破れかぶれになり、切り傷だらけの俺とは対照的に、エレナは全くの無傷。


擦り傷ひとつ負ってなかった。


エレナに言われた通り、俺は手加減なしの全力で魔法を放ち、エレナを狙った。


だが、一発も届かなかった。


逆に俺は、エレナの魔法をひとつも躱すことができなかった。


エレナがわざと外したために、このような小さな傷で済んでいるが、これが本当の戦いだったのなら、俺は十回は死んでいることだろう。


「さすがだな…エレナ。俺の負けだ。歯が立たなかった」


俺は素直に負けを認め、エレナを称賛する。


エレナがにっこりと笑いかけてくる。


「ありがとうございます。でもアリウスならすぐに私を越しますよ」


「…いやいや、それは無理だろ」   


俺とエレナの差は絶望できだ。


魔力量に使える属性の数。


基本的な能力はこちらが上なのに、技術や経験、そして戦いの勘の部分で圧倒的に負けていた。


現状、何年修行してもエレナのレベルに達する自分が思い浮かべられない。


エレナに、『歴史に名を残す魔法使いになる』などと言われて少し浮かれていたが、やっぱり無理なんじゃないかと思い始めていた。


「無理じゃありませんよ。アリウス。あなたはただ単に戦い方を知らないだけです。これから毎日こうして私と戦って、対人戦を極めてもらいます。対人戦はモンスターとの戦いと違って駆け引きの技術が重要になってきます。私が帝国魔道士団に入ってから習ったことをあなたにそのまま叩き込みます。覚悟はいいですか?」


「…お、おう」


「返事が小さいです。生半可な気持ちでは訓練を完遂できませんよ」


「の、望むところだ!!よろしくお願いします!」


「いい返事です」


自分を鼓舞するように声を張る俺に、エレナがにっこりと笑った。



それから毎日、俺はエレナと闘い、対人戦の訓練をした。


最初の一週間の間、俺はエレナに一発も攻撃を当てられず、ただあしらわれるだけだった。


だが、エレナとの模擬戦を始めてから十日が経過したある日、俺は初めてエレナに攻撃を当てることができた。


それはエレナの腕をすこし掠める程度の命中だったのだが、俺にとっては大きな一歩だった。


はるか雲の上の存在のエレナが、もしかしたら俺でも手を伸ばせば届くのではないかと言うところまで近づいてきた瞬間だった。


それから俺はますますエレナとの模擬戦に打ち込むようになり、訓練が終わってからも、必死にエレナを倒す方法を自分なりに考えた。


エレナが常に俺に言っているのは、対人戦で重要なのは単純な火力ではなく駆け引きであると言うことだった。


モンスターとの戦いにおいては、駆け引きよりも火力が重視される。


それは大抵のモンスターが、人間の半分の知能も持たないためだ。


だが、対人戦では、むしろ火力よりも駆け引きや騙し合いに強いことが要求される。


相手の次の動きを読む力。


視線誘導の方法。 


魔力の出し方。


実力を秘匿した闘い方。


最小限の動きでの魔法の躱し方、等々。


それらの重要な技術を、俺は帝国最高峰の魔法使いとの戦いによって目に焼き付け、実際に体験し、そして模倣することによって少しずつ飲み込んで自分のものにしていった。


そんな日々が一ヶ月続いたある日。


「ウォーター・カッター!!」


斬ッ!


「…っ!」


俺のはなった切断の水魔法が、エレナの脇腹を捉えた。


魔力の効率的な出し方などを学んだおかげで以前よりも格段に早く、威力も上がっている俺の魔法によって、エレナの服が切り裂かれ、肉が切れてポタポタと血が垂れた。


「よ、よし…!やったぁ…!」


俺は初めてまともにエレナに攻撃を当てられたことに歓喜する。


だが、直後、エレナの苦悶の表情が目に入った。


「あっ…す、すまん…!今回復魔法を…!!」


俺は急いでエレナに回復魔法を施そうとする。


「大丈夫、ですっ…自分で直します…」


だが、エレナは痛みを堪えながら立ち上がり傷を自分で治療した。


エレナの強力な魔法により瞬時に傷が癒える。


「だ、大丈夫か…?本当にごめん…」 


俺が謝る中、エレナがふっと笑った。


俺のところまで歩み寄ってきて、ポンと頭に手を乗せる。


「何を謝ることがあるのですか、アリウス」


「…?」


「成長しましたね。してやられました」


「…っ!!」


そう言われて初めて、俺はようやく自分の確かな成長を実感したのだった。




「エレナ先生。息子はどうですか?魔法は上達していますか?」


ある日の朝食の席にて。


家族四人にエレナを加えた五人で朝食を取っていると、突然アイギスがエレナにそう尋ねた。


アイギスやシルヴィアはこれまで一切魔法の授業に関する口出しをエレナにしなかった。


元帝国魔道士団のエレナを信頼しているのか、ほぼ全てを任せきりにしていた。


それが今、突然アイギスが俺の魔法の上達具合についてエレナに尋ねた。


おそらく、エレナを雇って一ヶ月が経過したので、なんらかの成果を期待したのだろう。


「ものすごい速度で上達しています。息子さんは天才ですよ、アイギス様」


「おぉ…!やはりそうですか…!わっはっはっ!さすが私の息子だ!!帝国魔道士団の魔法使いにここまで言わせるとは!」


エレナの一言で途端に上機嫌になるアイギス。


そんなアイギスをみて、エレナはニコニコと笑っている。


「うふふ。エレナさん、アリウスをよろしくお願いしますね?」


「はい」


「でも、あんまり無理をさせてはいけませよ?」 


「…え、えぇ…心得ております」


一瞬、シルヴィアの表情に影が差す。


鋭い殺気のようなものが放たれて、俺はごくりと唾を飲んだ。  


エレナも少し動揺している。


母さんは俺やまだ小さいイリスのこととなると、少し性格が変わるからな。


もしかしたらエレナが俺にスパルタ授業をしていないか、心配しているのかも知れない。


「大丈夫ですよ、お母様。エレナは、俺に良くしてくれています」


俺はこのままではエレナが少し気の毒だと思い、助け舟を出す。


「あら、そうですか。うふふ、ごめんなさいね、エレナ先生」


俺の言葉を聞いてシルヴィアが少し安堵したようにエレナに謝罪した。


「いえ…母として子を思うのは当然のことです…私も、無理ない範囲でアリウスを鍛えられるよう心がけます」


再びいつもの笑顔に戻ったシルヴィアに、エレナがほっと胸を撫で下ろす。


そんな感じで、エラトール家のいつもの朝は過ぎていった。

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