第14話


一瞬幻覚か何かかと思った。


だが、すぐに現実だと気づく。


ここにいるはずのないエレナが…確かに俺の名前を読んでいた。


「どうやってここが…!?」


俺は咄嗟に方法を尋ねる。


エレナがこんな場所にいるはずがないのだ。


一体どうやってここへ辿り着いたというのだろうか。


「モンスターの死骸を辿ってきました…!」


言われて俺は、ここへくる途中、絶えずモンスターと戦って倒してきたことを思い出す。


なるほど、モンスターの死骸を辿ってきたのか。


だが、そもそも俺が森にいるというのはどうやって突き止めたんだ…?


いや、今はそんなことどうでもいい。


疑問を解決するのは、ひとまずオーガ・キングを倒してからだ。


「もう大丈夫です…!あとは私に任せてください!」


「いやでも…」


「大丈夫です!このぐらい、すぐに倒せます」


まるで一人では十分だと言うようにエレナがオーガ・キングとの距離を詰めていく。


俺は、なんだか戦力外通告をされたようで少しがっかりする。


だが実際、オーガ・キングが俺の手に余るモンスターであるのは事実だった。


つい先程、攻撃をもらって死にかけたわけだしな。


『オガァアアアアアア!!!!』


俺はエレナの戦いを大人しく見守ることにする。


「ライトニング・ソード」


オーガ・キングまで十分接近したエレナは、魔法で光の剣を生成する。


『オガァアアアア!!』


「危ない、エレナ…!何をするつもりなんだ…!」


暴れ回っているオーガ・キングにほとんど無警戒に近づいていくエレナに、俺は警告する。


「何をそんなに暴れているのですか、私はこっちですよ」


『オガァアアア!!』


「遅いです」


だがエレナはそんなことお構いなしで、剣による一撃をオーガ・キングに見舞った。


『オガァアアアアアアアア!?!?』


動き出しは明らかにオーガ・キングの方が早かった。


しかし、先に到達したのはエレナの光の剣だった。


斬ッ!!


鋭い音と主にオーガ・キングの太い足が切断される。


バランスを崩したオーガ・キングの巨体が音を立てて地面に倒れた。


「まだです」


そこからは一方的だった。


エレナが剣を一振りするたびに、オーガ・キングの四肢が一本ずつ切断されていく。


もはや戦いというよりも蹂躙だった。


これが元帝国魔道士団所属の魔法使いか…


あまりにも圧倒的すぎる…


俺は加勢しようとしていた自分の愚かしさを恥じながら、エレナの蹂躙げきを眺めていた。


「こんなものですね」


ようやくエレナが光の剣を収めた。


すでにオーガ・キングは絶命していた。


四肢を切断され、ダルマ状態になっただけでなく、オーガ・キングはその胴体もいくつかに分断され、内臓を地面にぶちまけていた。


「す、すげ…」


戦いを終えたエレナがこちらに歩み寄ってくる。


俺はただただ呆然と、オーガ・キングの惨殺死体を眺めることしかできなかった。



「大丈夫ですか、アリウス。怪我はありませんか?」


「お、おう…」


オーガ・キングを蹂躙し、光の剣を霧散させたエレナが俺の目の前にやってくる。


安否を確認する言葉に俺が頷くと、突然エレナが接近してきて俺を抱きしめた。


「よかったです…無事で…心配しました」


「エレナ!?」


柔らかい感触が俺の顔面に押し当てられる。


ふわりと漂う甘い香りが鼻口をくすぐった。


俺はジタバタと暴れるが、エレナは逃してくれない。


数秒後、俺は完全に逃れるのを諦めて、されるがままになる。


エレナはたっぷり一分ぐらい俺を抱きしめたあと、ようやく解放してくれた。


「…っ」


自分でも頬が赤くなっているのがわかる。


俺はエレナの顔を直視できずに、あさっての方向を見る。


「エクストラ・ヒール」


不意にエレナが俺に治癒魔法を使った。


体のあちこちに出来た擦り傷が、即座に癒されていく。


「エレナ…?」


「大きな怪我はなさそうですが…念のためです」


「そ、そうか…ありがとう」


「いえ…アリウス。よくぞ無事でいてくれました。


一体どのぐらい森の中に潜っていたのですか?」


「ええと…昨日の深夜からだから…十時間以上か?」


「そ、そんなに…!?無事なあなたを前にして尋ねるのもアレですが……だ、大丈夫だったのです

か!?一体どのような方法で生き延びて…」


「ええと…色々あってな…」


俺はここまでの経緯を省略して重要なことだけエレナに話した。


エレナは終始真剣は表情で俺の逃走劇を聞いていた。


「と、まぁ、そういうわけだ。自分でも生きてるのが奇跡に思える。寝ている時とか、よく襲われなかったなぁ、と」


「…ほ、本当にすみません、アリウス」


「え…?」


話を聞き終わったエレナが突然ペコリと頭を下げた。


「ど、どうしたんだよエレナ!?」


動揺する俺に、エレナが申し訳なさそうにいう。


「私があなたを無理やりモンスターと戦わせたから……無理を言ってブラック・ウルフと対峙させたから…こんなことに…」


「いやいやいや、なんでそうなる!?」


この件に関して、エレナに一切の責任はない。


むしろ悪いのは、誰にも行き先を告げずに勝手に屋敷を飛び出して森の中に入った俺の方だ。


エレナが謝ることなど何一つない。


「エレナは何も悪くないだろ…!むしろ俺を探し出してくれて助けてくれたんだ…!本当に感謝している…!」


「私を…許してくれるのですか?」


「許しを請うのは俺のほうだろ…?」


俺はエレナの覚悟に応えられなかった。


そんな自分が情けなくて森の中に入り、そして帰れなくなった。


そしてオーガ・キングと対峙し、窮地に陥ったところをエレナに助けられてしまった。


これだけの迷惑をかけて謝るのはむしろ俺のほうだ。


「すまん、エレナ…勝手に飛び出してしまって…」


「いえ…それはいいのです。アリウスが無事であることが1番重要なんですから」


「う…」


エレナほどの美人に大真面目でそう言われ、俺はちょっと照れくさくなる。


「わ、わかったから…とりあえず早く帰ろうぜ…」


「そう、ですね。アイギス様とシルヴィア様も心配していました。早く無事を知らせましょう」


誤魔化すように帰還を促すと、エレナも頷いて同意した。


「あ、そうです、アリウス」


「ん?なんだ…?」


森の中をエレナについて歩きていると、エレナが思い出したように切り出した。


「屋敷に帰ったらとても重要な話があります」


「…なんだ?」


改まった言い方に俺が首を傾げていると、エレナがにっこりと笑いながら言った。


「どうして中級魔法までしか使えないなんて嘘を言ったのか、しっかりと説明してもらいますよ」


「あ…」


俺はやらかしたと思ったが、すでに後の祭りだった。



「どこに行ってたのアリウスちゃん!!心配したでしょ!!」


「ごめんなさい」


「もうっ…いきなりいなくなっちゃうなんて、何考えてるの…!」


「すみません」


「みんなで探したのよ!?どうして誰にも行き先を告げなかったの…!」


「申し訳ありません」


エレナと共に帰宅した俺は、母親のシルヴィアにたっぷりと絞られた。


アイギスは俺の姿を見ると「息子よぉおお!!」と叫んで抱きついてきた。


俺に頬擦りして泣きじゃくり、ともかく無事ならそれでいいと何度も繰り返した。


だが、シルヴィアはそれだけでは許してくれなかった。


自室に俺を連れ込んで閉じ込め、三時間もお説教を聞かされた。


そこでどこに行って何をしていたのかを洗いざらいしゃべらされた。


俺がモンスターと戦うために森に入ったことを話すと、シルヴィアは俺を平手打ちした。


パァン!


「え…?」


乾いた音がなり、俺はしばらくして自分が打たれたことに気づく。


シルヴィアは俺を打った後、わっと泣いて縋り付いてきた。


「どうしてっ…一人でそんなっ…危険なことしたのよ…っ…もう…無事で本当によかったわ…っ」


打たれたのに不思議と不快な感じはしなかった。


シルヴィアが本気で俺を心配していたのがわかったからだ。


というか今更ながらものすごくシルヴィアたちに悪い気がしてきた。


俺を抱きしめて泣きじゃくるシルヴィアを見ているうちに、なんだか俺ももらい泣きをしてしまった。


「うぐっ…ごめんなさい、お母様っ…もう二度とこんなことしません…っ」


「ええ、もちろんよ…約束だからね?アリウスちゃん」

「はい…」


俺は二度と両親に余計な心配をかけないと誓った。


そうして三時間後、俺を叱り、無事を安堵し、泣きじゃくったシルヴィアはようやく俺を解放してくれた。


俺がシルヴィアの部屋から出ると、そこで待っていたのはエレナだった。


今度は俺はエレナの部屋へと行き、二人で色々と話し合うことになった。


「シルヴィア様…相当取り乱していらっしゃいました…大丈夫でしたか?」


「ああ…うん」


確かにあんなに取り乱したシルヴィアを見たのは初めてだった。


だが、最後の方はだいぶ落ち着いてきていたし多分大丈夫だろう。


「もう一度謝らせてください…私のせいでこんなことになってすみませんでした」


俺がシルヴィアを泣かせてしまったことを後悔し、落ち込んでいると、またしてもエレナがそんなふうに謝ってきた。


「だから…エレナは何も悪くないだろ?」


「いえ…そんなことありません…後でシルヴィア様やアイギス様にも謝っておきますので」


「いや…それはやめておいた方がいい」 


「…?どうしてですか?」


「俺が森に入った理由……シルヴィアに習った魔法を試したくなったから、って言っておいたから」


そのほうが俺は色々と都合がいいと判断した。


もし本当のことを話せば、シルヴィアにも迷惑がかかってしまうかも知れないからだ。


トラウマのこともわざわざ話して心配させたくない。


上級魔法を使えることを両親に明かすのもまだ早いと思っているし、色々考えた結果、俺は森に入った理由を、ただ単にシルヴィアに習った覚えたての魔法がモンスターに通用するか試したかったから、ということにしておいた。


そうでないと、色々根掘り葉掘り聞かれると思ったのだ。


「まさか…私を庇って?」


「…違う。俺の都合だ」


俺は明確に首を振った。


「そう、ですか…」


エレナが俯いた。


しばしの沈黙が二人の間に舞い降りる。


「ええと…アリウス。聞きたいことがあるのですが…」


静寂を破ったのはエレナの方だった。


「ああ…なんだ?」


あらかじめ覚悟を決めていた俺は、顔を上げてエレナを見る。


エレナもこちらを見て、真剣な顔つきで切り込んでくる。


「どうして上級魔法を使えることを秘密にしていたのですか?」


やはりそのことか。


隠そうとしても、バレるものだな。


…まぁ、遅かれ早かれこうなるような気がしていたし、いいか。


まだ出会って数日だが、エレナは信用できる。


俺は自分の本当の魔法の実力を、エレナに完全に明かすことにした。


「ごめん、エレナ。俺嘘をついていた」


俺は最初にまずエレナに謝罪した。


自分の実力を隠してエレナを騙したわけだからな。


「いえ…咎めているわけではありません。ただ、何かしらの事情があるのなら…話してはくれないでしょうか?」


「わかった。全部正直に話す」


俺は最初にそう宣言し、それから自分が本当は火属性と水属性の上級魔法までのほぼ全てを使えることをエレナに話した。


エレナは目を見開いて信じられないと言った顔つきになる。


「ほ、本当なのですか…?すでに火属性と水属性の上級魔法を全て…?」


「ああ、信じられないかも知れないが、事実だ」


「い、いえ…信じます…森でモンスターの死体を見ましたから…」


「…そうか」


「ええと…しかし、だとするとアリウス。あなたは洗礼の儀からわずか数年の間に、数百もの魔法を習得したことになります…こんな話聞いたことがありません…一体どのようにして…?」


「それがだな…特に何か特殊な訓練方法とかがあるわけじゃなくて…俺はただ単に魔導書の通りに魔法を発動しているだけなんだ」


「…は?」


ポカンとするエレナ。


まぁ、そういう反応になるよな。


習得には長年の訓練が必要な上級魔法を、魔導書を見ただけで発動するやつなんて、どう考えてもおかしい。


…いや、他ならぬ俺自身のことなんだけど。


「自分で言うのもアレだけど…俺、人より想像力が優れているみたいで…魔導書を読むとその魔法のイメージが鮮明に頭の中に湧き上がってくるん…」


魔法の要は想像力。


俺は前世の記憶を引き継いているから、いろんな映像作品の記憶が残っている。


その記憶から引き出される想像力のおかげで、俺はほぼ初見で魔法を発動することができる。


その事実を、前世の記憶があると言う部分をうまく誤魔化しながら俺はエレナに話した。


正直に話すと言っても、流石に前世の話や、白い世界で出会った天使の少女の話まで明かすつもりはなかった。


「…し、信じられません…ですが、それが事実なのだとしたら…アリウス。あなたは間違いなく歴史上類を見ない天才ということになります」


「…っ」


歴史上類を見ない天才、か。


大真面目にそう言われるとなんかむず痒いな。


「エレナ。俺は嘘は言ってないぞ?本当に俺は初見で大体の魔法を発動できるんだよ」


「う、疑ってはいませんよ…?アリウスの言葉ですから…」


嘘だな。


俺はエレナの動揺した表情からそう思った。


エレナは極力俺の話を信用しようとしている。


だが、今回に関してはその内容があまりに突拍子もないため、流石に俺の話を鵜呑みにはしていないようだ。


まだ俺がなんか、俺しか知らない特殊な訓練方法などを隠しているのではないかと、そう疑っているのがなんとなくわかった。


「わかるよエレナ。こんなこといきなり言われて信用しろって方が無理だ。けど、これは事実なんだ……もしどうしても信じられないのなら…後日、見せてやるよ」


実際に目で確認すれば、エレナも信じるしかなくなるだろう。


「あ、アリウスを疑うわけではないですが……ぜ、ぜひ拝見したいと思っています…」


「おう。そのうちな」


「…よろしくお願いします」


「それで…聞きたいことはそれだけか?」


「い、いえ…まだあります」


「なんだ?」


「実力を隠している理由についてです。アイギス様やシルヴィア様は見たところアリウスの真の実力を知らないようですが…?」


「どうしてそう思う?」


「知っていれば、魔法の教師など雇わないと考えるからです」


「…まぁ、そうか」


上級魔法まで扱える魔法使いは世間一般で言えばすでに一流だ。


そんな一流に、魔法の家庭教師をつけようだなんて親はそうそういない。


俺の場合は教師としてやってきたのが、元帝国魔道士団のエレナだったからよかったものの、下手したら俺よりも実力の低い魔法使いが来てもおかしくはなかったからな。


「教えてくれますか?実の親にすら実力を秘匿する理由を」


「逆に考えても見てくれ、エレナ。十歳にも満たない子供が、二つの属性の上級魔法を使いこなしていたらどう思う?」


「…不気味ですね」


「だろ?」


俺はエレナに同意を求めた上で、さらに畳み掛ける。


「なんていうか…俺は両親と普通の親子の関係でいたいんだよ。すでにトリプルってだけでも相当異常なのに…その上上級魔法まで使いこなしたら……どう思われるかわからない」


「…そ、そうですね」


「二人を信用していないわけじゃないけど…俺はいまの家族の関係性を大事にしたいんだ」


「…なるほど。よくわかりました。確かにアリウスの立場に立ってみれば、当然のことかも知れませんね」


エレナが納得したように頷いた。


…まぁそれだけが理由じゃないんだけどな。


嘘はついていないから許してくれ。


「他に何かあるか?」


「いえ、これで疑問はだいたいなくなりました…それにしてもアリウス」


「…?」


「あなたと話しているといつも思うのですが…本当に八歳なのですか…?本当は十五歳だと言われても信じますよ?」


どきりとした。


「そ、それは大人びているってことか…?あ、ありがとう…」


俺は明後日の方向を見ながら誤魔化した。


「ふふっ…でも、モンスターが怖くて逃げ出すところなんかは年相応ですよ」


「う、うるさいっ」


エレナが楽しげにくすくすと笑った。














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