第13話


『オガァアアアア!!!』


「…っ!?」


この森に入ってから会敵したモンスターの中で間違いなく1番強いであろうオーガ・キングが、咆哮と共に俺に向かって突進してくる。


オーガ・キングは災厄級でこそないものの、上級モンスターの最上位に君臨する怪物だ。


下手すれば単体で村が一つ滅ぼされる。


それほどの力を有していると、以前に読んだ書物には記載されていた。


そして…それが誇張でなく純然たる事実なのだと……こうして出会ってみて俺は完璧に思い知らされた。


「…どうするっ!?」


選択肢は二つだ。


逃げるか、それとも戦うか。


「速い…!なんて速度だ…っ」


もちろん出来ることなら今すぐに背を向けて逃げたかった。


だが、こちらへ迫ってくるオーガ・キングは、その巨体をものともしないスピードでこちらに接近してきていた。


背を向けた途端に、殺される。


俺にはそんな予感があった。


…だとしたら。


「迎え撃つしかないってことかよ…!くそ!」


迷っている暇はない。


俺は覚悟を決めて、体の中で魔力を熾す。


魔力欠乏一歩手前まで使い切った魔力は、睡眠をとったことによって完全にではないものの大幅に回復していた。


もしかしたらこの魔力全てを使って魔法を放てば……オーガ・キングを仕留められるかもしれない。


俺にはそんな考えがあった。


もちろんそんなことをした場合、森からの脱出は絶望的になる。


だが、しかし、今はそんな先のことを考えている余裕はない。


目の前の危機に全力で対処しなくては。


「ふぁ、ファイア・ウォール!!」


でかい。


十メートルと言う距離まで近づいてきたオーガ・キングと対峙して俺は改めてそう感じた。


すぐさま、炎の壁を前方に構築する。


『オガァアアアア…!』


「…っ!?マジかよ…!」


オーガ・キングは炎の壁を前にしてもその突進をやめなかった。


一切の躊躇なく正面から突っ込んできて易々と炎の壁を突破してくる。


自身の体が燃えることもお構いなしだ。


「…っ!!ウォーター・ウォール!!」


俺は追加で自らの至近距離に水の壁を生成する。


『オガァアアアア!!』


とうとう眼前まで迫ってきたオーガ・キングが、疾走の勢いの乗った右拳を俺に向かって繰り出してくる。


バァン!!


「…っ!」


拳が水の壁を貫通して、俺に迫ってくる。


「…っぶねぇ!!」


俺は咄嗟に身を屈めることでなんとか拳を回避した。


水の壁によって威力を…その速度を弱めてなければ間違いなく今の一撃を食らって死んでいただろう。


「ウォーター・ウォール」 


俺は背後に飛び退いて距離をとったのち、もう一度自身の目の前に水の壁を生成した。


「ウォーター・カッター!」


そして水の壁越しに、かなりの威力の水の斬撃魔法を撃ちまくる。


ビシッ!


バシッ!


鋭い音が辺りに響き渡り、オーガ・キングの体のあちこちに傷が入る。


『オグゥウウウ…』


オーガ・キングは少し厄介そうに表情を顰める。


だが、どの傷も致命傷になる程深くはなかった。


そこそこの魔力を込めて放った魔法だったのだが、この程度で仕留めるのは不可能らしい。


『オガァアアアア!!』


「…っ」


再度のオーガ・キングの突進。


「どうすればっ…!?」


俺は迫り来る巨体を前にして、次の一手を模索するのだった。



そのあまりに信じられない光景に、私は足を止めて、その場で固まってしまいます。


アリウスが。


いまだ十歳にも満たない駆け出しの魔法使いのはずのアリウスが。


上級モンスターの最上位のオーガ・キングと戦って渡り合っています。


私は一瞬自分の目を疑いました。


錯覚をみているのではと、目を擦りました。


しかし、それは幻覚や白昼夢の類ではありませんでした。


アリウスは確かにオーガ・キングと渡り合っていました。


『オガァアアアア!!!』


咆哮と同時のオーガ・キングの突進。


「ウォーター・ウォール」


まともに食らえば一発で即死のその攻撃を、アリウスは自らの目の前に水の壁を生成することで阻みます。


「ウォーター・カッター!」


そしてすかさず、壁越しに殺傷能力の高い魔法を放ちます。


オーガ・キングの頑丈な肉体に無数の傷が刻まれます。


『オガァアアアア!!!』


オーガ・キングは攻撃を受けたことでさらに怒り狂い、アリウスに突進します。


「ファイア・ボール!」


アリウスが火属性の中級魔法であるファイア・ボールをオーガ・キングに向かって三発立て続けに放ちました。


ファイア・ボールはオーガ・キングの顔面に命中して弾けますが、当然有効打にはなりません。


何をするつもりなのかと私がアリウスを見守る中、アリウスは、走ってオーガ・キングの背後に回り込みました。


どうやら、三発放ったファイア・ボールを頭部に集中して命中させたのは、オーガ・キングの目眩しが目的だったようです。


「すごい…」


私は助けに入ることも忘れてアリウスの戦いに見入ってしまいました。


アリウスの戦闘は、単に力押しというだけでなくあらゆる趣向が凝らされていて、一流の魔法使い同士の戦いにも匹敵します。


「フレイム・ソード!!」


オーガ・キングの背後に回り込んだアリウスが、生成した炎の剣で、オーガ・キングの胴体を狙います。


ザクッ!


『オガァアアアア!?!?』


オーガ・キングの凄まじい悲鳴が轟きます。


アリウスの繰り出した炎の剣が、オーガ・キングの脇腹を貫通して、その体内器官を内側から燃やします。


「うおわぁっ!?」


オーガ・キングが痛み故かがむしゃらに暴れ回り、振り回された巨腕がアリウスの体を捕らえました。


「がはっ!?」


体重さが歴然のため、アリウスは吹き飛ばされ、近くの大木の幹に激突します。


『オガァアアアア!!』


オーガ・キングは苦悶に表情を歪めたアリウスに追撃をしようとはせず、まるで何も見えていないように近くに木々に手当たり次第に攻撃をし始めました。


先程の攻撃がよほど効いているようです。


ですが、それでも致命傷には至っていない。


「ヒール…!」


一方でアリウスはすぐに自分の体に回復魔法を施して、立ち上がります。


一回での回復魔法では傷が完治しなかったのか、何度も「ヒール、ヒール」と回復魔法を発動させていました。


中級の治癒魔法では、一発で傷を癒すことが困難なのでしょう。


「はっ!!私は何を…!?」


アリウスの苦しげな表情をみているうちに、私は自分の役目を思い出しました。


ついアリウスの戦いに見入ってしましましたが、アリウスを助けなければ。


そろそろ魔力も限界に近いはず。


「アリウス…!大丈夫ですか!?」


「エレナ…!?」


私はアリウスに声をかけます。


アリウスが私の存在を認めて驚きの声をあげます。


「どうやってここが…!?」


「モンスターの死骸を辿ってきました…!もう大丈夫です…!あとは私に任せてください!」


「いやでも…」


「大丈夫です!このぐらい、すぐに倒せます」


私はそう言ってオーガ・キングとの距離を詰めていきます。


『オガァアアアアアア!!!!』


オーガ・キングはアリウスに傷を負わされたことが相当気に障ったのか、一心不乱に周囲の木々を殴りつけています。


「ライトニング・ソード」


私は自らの光魔法で、光り輝く剣を生成します。


魔力を練り上げて作ったこの剣は、光の速度と、鉄以上の硬さ、切れ味を有しています。


『オガァアアアア!!』


「危ない、エレナ…!何をするつもりなんだ…!」


暴れ回るオーガ・キングとの距離を無造作に縮める私に、アリウスが悲鳴のような声をあげます。


ですが、問題ありません。


この程度、すぐに倒せなくてはアリウスに魔法を教える資格すらありませんから。


「何をそんなに暴れているのですか、私はこっちですよ」


『オガァアアア!!』


近くに歩み寄ってきた私の存在をオーガ・キングが認識し、振りかぶった腕で私を狙う。


「遅いです」


私の振るった光の剣は、動き出しこそオーガ・キングの一撃に負けていたものの、圧倒的な速度でその差を塗りつぶし、先にオーガ・キングの足へと到達します。


斬ッ!!


『オガァアアアアアアアア!?!?』


右足を切断されたオーガ・キングが悲鳴をあげます。


そのままバランスを崩し、地面に音を立てて倒れました。


当然腕による攻撃は私には届きませんでした。


「まだです」


私は地に這いつくばったオーガ・キングの四肢を剣を振って切り落としていきます。


オーガ・キングの太い腕が、足が、一本ずつ落ちるたびに、オーガ・キングの動きは鈍くなっていました。


「まだ死にませんか」


それでもオーガ・キングは完全には絶命しなかったため、私はさらに残った胴体に対しても攻撃を加えます。


胴体が、三分割される頃には、生命力の強いオーガ・キングも流石に絶命し、完全に動きを止めていました。


「こんなものですね」


私は光の剣の魔力を解除して霧散させ、それからアリウスに向き直りました。


「す、すげ…」


アリウスが私とバラバラになったオーガ・キングを交互に見て唖然としていました。



『オガァアアアア!!』


オーガ・キングが咆哮と共に突進してくる。


中途半端な攻撃魔法ではオーガ・キングに致命的な一撃を与えることは出きない。


もし頑丈なオーガ・キングを仕留められるとしたら……もっと接近して至近距離で最高火力の魔法を叩き込む必要がある。


『オガァアアアア…!』


突進してくるオーガ・キングの動きがひどく鈍く見える。


俺は切羽詰まった状況で、自分でも驚くほど冷静に現状を分析し、攻撃の一手を模索していた。


『ファイア・ボール!』


そして、最終的に思いついた作戦通りにまずはオーガ・キングに向けて火属性の中級魔法、ファイア・ボールを放った。


『オガアアア!?!?』


俺は二発、三発と立て続けにファイア・ボールを放つ。


狙い違わず、炎の球は全てオーガ・キングの頭部に命中した。


オーガ・キングの足が止まる。


頭部がメラメラと燃えて、オーガ・キングが炎を消そうと頭を振る。


「よし…!そして次は…!」


今の魔法はオーガ・キングにダメージを与えるために打ったのではない。


あくまで足を止め、視界を奪うためだ。


そしてその狙い通り、オーガ・キングはその足を止めて、一瞬俺から注意を逸らした。


その隙をついて、俺はオーガ・キングの背後に回り込む。


そして、自分の中にある魔力の大部分を使い、火属性の上級魔法を発動した。


「フレイム・ソード!」


灼熱の剣が空中に生成された。


俺はいまだに俺の存在に気づいていないオーガ・キングの背後から、その胴体に目がけて、灼熱の剣を思いっきり突き出した。


ザクッ!


『オガァアアアア!?!?』


確かな手応えを感じた。


ねらいは僅かに逸れたが、俺のフレイム・ソードはオーガ・キングの脇腹を完全に貫通していた。


「うぉおおおおお!!!」


俺はさらに剣に魔力を送り、炎の勢いを増加させる。


そうすることによって、オーガ・キングに内部からダメージを入れることができる。


『オガァアアアア!!!!』


「うおっ!?」


オーガ・キングが悲鳴をあげて、その巨体をがむしゃらに動かした。


ブゥンと唸りを上げて迫ってきた太い腕に俺は捉えられ、体が中に浮いた。


「がはっ!?」


そして近くの大木の幹に背中から叩きつけられる。


「ぐぅう…」


体に激痛が走る。


幸いだったのは、オーガ・キングが追撃してこなかったことか。


俺はなんとか気合いで立ち上がり、自分自身に回復魔法を施した。


一度では足りなかったので何度も重ねがけをした。


するとようやく怪我が癒えて痛みが引いてきた。


「よし…これなら…」


まだ戦える。


俺が怒り狂い、暴れているオーガ・キングにさらに攻撃を加えようとしたその時だった。


「アリウス!大丈夫ですか!?」


「…っ!?」


声が響いた。


聞き覚えのある声だ。


俺は咄嗟に声の聞こえた方向を見る。


「エレナ!?」


そこにあったのはエレナの姿だった。

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