第12話
「アリウス…一体どこへ…」
朝起きるとアリウスが消えていました。
一体どこへ行ったのでしょう。
屋敷のどこを探しても見当たらないそうです。
アイギス様やシルヴィア様が言うには過去にこんなことはなかったとのこと。
当然ながら、使用人含め屋敷の住人総出で探すことになりました。
私もアリウスの捜索に協力を申し出て、今現在、森の方角へと向かっていました。
何か胸騒ぎがします。
アリウスは森の中にいる。
なんとなく自分の培ってきた勘がそう告げていました。
一応根拠もあります。
シルヴィア様たちに聞いたところ、アリウスが誰にも告げずに行方をくらますことはこれまで一度たりともなかったそうです。
またここは辺境の立地ゆえ、さらわれた可能性は極端に薄い。
だとしたら、アリウスが自ら屋敷を出て行ったことになり、その原因は、おそらく私にあるのではないでしょうか。
思い出されるのは、昨日、アリウスが私に見せた非常に悔しげな表情。
ブラック・ウルフに立ち向かうことができずに逃げてしまった自分を恥じるようなそんな表情は、今でもはっきりと思い出せるほどに印象的でした。
「もしかしたら……昨日の失態を取り戻すために一人で森に…」
アリウスは、ブラック・ウルフから逃げてしまった自分の失態を取り戻すために…また、モンスターへの恐怖を払拭するために夜間に屋敷を抜け出して、一人で森の中に入った。
その可能性は十分にあり得るのではないでしょうか。
「今日ほど自分の勘が外れて欲しいと願ったことがかつてあったでしょうか…」
出来ることなら杞憂であってほしい。
もし本当に私のこの予測が当たっていたのだとしたら、アリウスは……命を落としていることだってあり得ます。
夜の森は非常に危険です。
モンスターの動きが活発になるし、視界が極端に狭まるからです。
「お願いですから…生きていてくださいよ、アリウス」
トリプルなんて才覚が失われるのはあまりのも惜しいです。
しかももしアリウスが森に入って死んでしまったとしたらそれは私の責任になります。
なぜならアリウスを森へと駆り出し、不必要にプレッシャーを与えたのは他ならない私なのですから。
アリウスの成長を考えてモンスターとの実戦経験を積ませるという訓練方法をとったことは後悔していません。
ですがそれが原因でアリウスが死んでしまったら、それは私がアリウスを殺したのと同義です。
もしアリウスが森の中に一人で入って迷ってしまっているのだとしたら、なんとしてでも私の手で探し出さなければ。
「アリウス…あなたが今どこにいるのかわかりませんが…最悪の可能性は潰しておかなくてはなりません」
私はアリウスが森の中に一人で入り、迷っている、もしくは死亡しているという最悪の可能性を潰すために、森へと向かう足を早めるのでした。
「あ…明るくなってきた…」
あれからどれぐらいの時間が経っただろうか。
「体がだるい…魔力が…足りなくなってきたのか…?」
俺はいまだに森の中を彷徨っていた。
体がだるい。
全身を倦怠感のようなものが支配している。
おそらく体内魔力の欠乏によるものだ。
魔力はエネルギーの源であり、使いすぎると体に異常をきたす。
最悪の場合死んでしまうこともあるらしい。
「ここまでか…?」
俺は洗礼の儀式の時に魔力測定の魔道具を破壊するほどの魔力を認められているが、しかし、そんな俺でも流石に限界が近づいているようだった。
現在に至るまで、どれだけのモンスターと戦ったかはわからない。
中には一撃で仕留められない上級モンスターも何匹も混ざっていた。
もはやモンスターに対する恐怖心は無くなっていた。
いや、無くなったと言うより完全に麻痺していた。
まさか1日でこれほどのモンスターと戦うことになるとは思いもよらなかった。
「あぁ…くそ…出口はどこだ…?」
どちらの方向へ進めがいいのかもわからないままに、モンスターと戦い森を彷徨うこと数時間。
ついに朝日が上り、周囲が明るくなり始めた。
それにより、モンスターに襲われる頻度も減ったような気がする。
視界もだいぶ開けてきたため、距離の離れた位置からモンスターの襲撃を察知することも出来るようになった。
だが…
「もう…歩けねぇ…」
ついに体力が限界に達し、俺はその場に座り込んだ。
何もせずとも自然と瞼が落ちてくる。
体力も魔力も精神力も、とっくに限界を通り越していた。
一時間でもいいから休息を取らないと、もう一歩も動き出せそうにない。
「…一か八か…賭けてみるか…」
このまま魔法の発動できない状態で森の中を彷徨うよりも、俺は無防備なところを一方的に襲われる危険を冒してでも休息を取るべきだと判断した。
俺は地面に寝転がり、自分の体に落ち葉をかぶせた。
意味があるかはわからないが、気休め程度のカモフラージュにはなるだろう。
「もう無理…限界…」
全身に落ち葉をかぶせ終わったところで、ついに限界が訪れた。
俺は瞼を落とし、眠りに入る。
「ん…」
それからどのぐらい時間が経っただろうか。
俺は瞼を開いた。
「は…!」
意識がはっきりしてくるにつれて自分が森の中にいたことを思い出し、慌てて飛び起きる。
周りにモンスターの姿はなかった。
下半身には、落ち葉がかけられたままだった。
「…助かった、のか…?」
どうやら俺は賭けに勝ったようだった。
寝ている間に、モンスターに襲われることは奇跡的になかったらしい。
「もしかしてあなたのおかげですか…天使様…」
俺は思わず空を見上げてしまう。
もしかしたら俺をお気に入りだと言ったあの天使の少女が助けてくれたのではないかと考えたからだった。
「だとしたらありがとうございます」
一応そうお礼を言ってから、俺は立ち上がる。
「どのぐらい寝てたんだ…?ずいぶん疲れは取れたな。魔力も回復してる」
体感で三時間ぐらいは寝ていたように思う。
完全とは行かないまでも、体力はだいぶ回復し、魔力も魔法を問題なく発動できるレベルまで戻っていた。
これなら、再び森の出口を目指して歩き出せそうだった。
「よし…行くか…!」
俺は気合いを入れて歩き出す。
日が昇ってモンスターの動きも鈍っている。
視界もだいぶ明るくなったため、かなり遠くまで見渡すことが可能だ。
また日が暮れるまでになんとしてでも森から脱出して屋敷に戻らなくては。
両親や使用人たち、そしてエレナも心配しているはずだ。
「せっかくトラウマも無くなったんだし…ここで死ぬわけには行かないよな…」
自らを鼓舞するようにそう呟いて俺が歩き出そうとした、その時だった。
ズシン、ズシン、と。
聞いたこともないような大きな足音が背後から聞こえてきた。
「アリウス!!どこですか!!アリウス!!」
森の入り口にたどり着いた私は、周囲をぐるりと見渡します。
とりあえず黙示できる範囲にアリウスの姿がないことを確認すると、大声でアリウスの名前を呼んでみます。
シーン…
ですがなんの反応もありません。
初級のモンスターが数匹、集まってきただけでした。
「邪魔です。退いてください」
私は魔法一撃で、三匹の初級を屠ると、さらに森の奥深くへと進んでいきます。
「あ…!」
私は思わず声を上げます。
前方に、モンスターの死骸を見つけたからです。
「これは…オーガ、ですね」
そこに倒れていたのは、中級モンスターのオーガでした。
中級の中ではかなり強力なモンスターです。
「これは…火魔法で倒されたのでしょうか…」
オーガの皮膚は焼け焦げており、明らかに魔法で倒された後がありました。
…どうやら私の勘は当たってしまっていたようです。
これを倒したのは十中八九アリウスでしょう。
と言うことはアリウスは森の中にいる。
「もっと奥へと進んだのでしょうか…探してみましょう」
私はオーガの死体を踏み越えてさらにその先へと進んでいく。
「これは…」
進んでいくにつれて、ポツポツとモンスターの死骸があちこちに見えるようになります。
どれも魔法で倒されたような跡があり、死骸は奥にいくにつれて、数を増しているようでした。
「無数の足跡…まさかモンスターに追われて森の奥に…?」
地面には無数の足跡がありました。
足跡は、森の奥へと向かってつづいているようでした。
周囲に散らばっている魔法で倒されたモンスターの死骸。
奥へとつづく足跡。
ここから導き出される答えは一つです。
「おそらく…アリウスがオーガを倒したことで、周りにいたモンスターのヘイトを一斉に買ってしまった…そして、群れに追われるままにアリウスはどんどん奥へと進んでいってしまった…そして帰り道を見失い、戻れなくなってしまった…」
現状ではこの予測が1番可能性がありそうです。
だとしたら…アリウスは森の奥に迷い込み、より強いモンスターに襲われている可能性もあります。
「早く助けなくては…!」
いても経ってもいられなくなり、私は走って森の奥へと入って行きました。
ズシン、ズシンと、重い足音が響き渡る。
周囲に空気がビリビリと震え、地面がわずかに振動する。
「なんだよこれ…?」
俺は自分の声が震えていることを自覚する。
何か…巨大な何かがこちらに向かって近づいてきていた。
今すぐにここを離れてほうがいい。
そう本能がつげている。
「もしモンスターだとしたら…逃げよう…勝ち目がない…」
まだ足音の正体は目にしていないが……俺は本能的に、足音の主が俺より強いことを察知する。
上級モンスターに遭遇した時も、こんな緊張感は感じなかった。
「まさか…災厄級…?」
モンスターの最上位、災厄級。
もしかしたらこの足音の主は、一匹で村を、小都市を滅ぼすと言われている災厄級である可能性が高い。
もしそうなら、いくら上級魔法を使える俺でも一人では倒せないだろう。
なぜなら災厄級は、上級魔法を使える熟練の魔法使いたちが最低十人以上束になって攻撃してやっと倒せるレベルの強さなどだ。
俺が一人で戦って倒せる道理はない。
「逃げよう…手遅れになる前に…」
森の出口がどこかはわからないが、とりあえず俺はこの足音から離れることが急務だと判断し、足音が近づいてくる反対方向に向かって走り出そうとする。
その時だった。
シーン…
「ん…?」
突如として規則正しく響いていた足音が消えた。
俺は首を傾げて背後を見る。
「あ…」
そして目が合ってしまった。
足音の正体と。
『オグゥウウウウウウ…』
これだけの距離が開いていても、低い鳴き声が空気を震わせてこちらまで届いてきた。
爛々とひかる赤い瞳が俺を捕らえている。
「…っ…マジかよ…」
そいつの全像を捉えた時、俺はとりあえず最悪の事態は免れたと思った。
…だが、同時に窮地に立たされていることに変わりはないことを認識し、絶望もした。
「オーガ・キング…」
俺はそのモンスターの名前をよんだ。
『オグゥウウウウ…』
昨夜、この森に足を踏み入れて最初に遭遇したモンスター、オーガ。
それを数倍にデカくしたような怪物がそこにいた。
『オガァアアアア!!!』
「…っ!?」
オーガの上位種。
オーガ・キングが、咆哮と共にこちらへと向かって疾駆してきた。
「アリウス!聞こえていたら返事をしてください…!アリウス…!」
私は地面のモンスターの足跡を辿ってどんどん森の奥へと進んでいきます。
途中、間違ってブラック・ウルフの巣に迷い込んでしまったのですが、中級如きにあまり構っている暇はなかったので、さっさと壊滅させて、さらに奥へと進んでいきました。
「よかった…まだ大丈夫みたいですね…」
モンスターの死体が見つかるたびに、私はほっと胸を撫で下ろします。
それはまだアリウスが死んでいないという証だからです。
それにしても…
「い、一体どれほどのモンスターを倒したと言うのですか…アリウス…」
森の中には、異常なまでの数のモンスターの死体が転がっていました。
これ全てをアリウス一人がやったと考えると、それは凄まじいことです。
中には上級モンスターの死体も混ざっていました。
上級魔法を使えないアリウスが上級モンスターを倒すには、中級魔法を何発も打ち込む必要があるはずです。
当然、乱発すればその分だけ魔力は削られます。
とっくに魔力が途切れてもおかしくない頃合いなのですが、モンスターたちの足跡はまだまだ続いていて、死体もそこらじゅうに転がっています。
「アリウス…まさか多属性に適性があるだけでなく魔力量すらも…桁違い…?」
可能性はそれしかありません。
アリウスは三つの属性を扱えるトリプルというだけでなく、体内の魔力量すら普通の魔法使いを遥かに凌駕しているのでしょう。
一体どれほどの才覚なのでしょうか。
「これはますます……失われるには惜しい才能です…」
なんとしてでもアリウスを救い出さなければ…
私は使命感に駆られるように、奥へ奥へと進んでいきます。
次第にモンスターたちの足跡は少なくなってきました。
また、死骸の数もめっきり減ってきました。
「まさか…アリウス…」
考えたくはありませんが、これは……アリウスが命を落としてしまったことの証左なのでしょうか…
死体がないのは…モンスターに捕食されたか、巣に運ばれたか…?
それともまだどこかに隠れるなりして、生き延びているのでしょうか?
「アリウス!返事をしてください…!アリウ
ス…!」
焦ってはいけない。
こう言う時こそ冷静でいなくてはならない。
そうわかっていても、私は必死に大声を上げてアリウスの名前を叫びます。
その時でした。
ォオオオオオン!!!
「…っ!?」
遠くで何かが爆発するような轟音が鳴り響きました。
それと同時に、大きな魔力の波動……なんらかの強力な魔法が発動した気配を感じました。
「まさか…!」
まだアリウスが生きていた…!
生きて…そして、今現在、魔法を使ってモンスターと戦っている…!
「今行きます…!」
気づけば私は全力で音の下方向に向かって疾走していました。
ガァン!
ボォン!
衝撃音は断続的に響いてきます。
はて、中級魔法でここまでの衝撃音が響き渡るものでしょうか。
そう疑問に思いながらも、私はとにかく、アリウスを助けるために走ります。
そして…
「アリウス…!」
前方に、ずっと探していた人物の姿を発見します。
アリウスです!
やはり生きていたのです…!
「さすがですよアリウス…!よく持ち堪えました…!」
私は一晩モンスターの跋扈する森の中で生き延びた自らの幼き生徒を称賛しながら、急いでアリウスに接近を試みます。
アリウスは『何か』と戦っているようでした。
私はすぐに加勢するために、走って距離を詰めます。
そして…アリウスと対峙しているモンスターを見て、目を見開きます。
「オーガ・キング…!?」
アリウスが戦っていたのは、上級モンスターの最上格、オーガの上位種のオーガ・キングでした。
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