第16話


朝食の後、俺は自室にこもって暇を持て余していた。


今日もてっきりエレナと修行をするのかと思ったのだが、エレナがたまには休養も必要だろうと言い出したのだ。


おそらく朝食の時にシルヴィアに圧力をかけられたからだろうな。


俺自身は体力的にも精神的にも問題ないのだが……

しかし、シルヴィアが母親として心配する気持ちもわかる。


ここで俺が今日も訓練をしようとエレナに提案すると、エレナは俺とシルヴィアの意向で板挟みになってしまうし、俺は大人しくエレナの休養の案に従っておいた。


そういうわけで今日一日、俺は暇である。


「…何するかなぁ」


すでにこの家の中にある書物は全て読み尽くしてしまった。


日本にいた頃は電子端末一台で何時間でも時間を潰せてしまったのだが、この世界ではそうはいかない。


暇を潰す方法といえば、本を読むことぐらいである。


「仕方ない…もう一回魔導書でも読み直すか」


何もしないのも退屈なので、俺はすでに何度も読み返した魔導書をもう一度読み直そうと棚に手を伸ばす。


その時だった。


「ん?」


コンコン、と部屋がノックされた。


「どうぞ」


俺が入室の許可を出すと、ドアを開けてアイギスが中に入ってきた。


「お父様?」


アイギスが俺の部屋を訪ねるのは珍しい。


俺が不思議に思っていると、アイギスが背後に隠していた数冊の本を俺に差し出してきた。


「ほら、アリウス!プレゼントだ」


「これは…?」


「魔導書だ。光属性の上級魔法のな。前から欲しがってたろ?」


「…!!」


俺は急いでアイギスから本を受け取った。


そしてパラパラと中身を確認する。


それからアイギスをみていった。


「ありがとうございます!!」


ずっと欲しかった魔導書が手に入って俺はものすごく嬉しかった。


アイギスはわかりやすくテンションを上げる俺を誇らしげに見守っている。


「はっはっはっ。お前は最近、魔法の訓練を頑張っているからな!高かったがご褒美だ…!ますます訓練に励めよ!」


「はい!お父様!本当にありがとうございます!」


俺はアイギスに心からのお礼をいった。


光属性の上級魔法の魔導書はずっと俺が欲しかった書物だった。


俺は火属性と水属性に関しては上級魔法まで全て習得したが、光属性は魔導書がないために中級までだった。


だが、今、アイギスのおかげで光属性の上級魔法の魔導書が手に入った。


これで俺は自分が使える三つの属性の魔法を実質全て習得できるようになったのだ。


「よしよし、アリウス。その歳で親に感謝できるのもえらいぞ!!私なんてお前ぐらいの頃は反抗期のやんちゃ坊主だったからな!はっはっはっ!!」


豪快に笑うアイギスに俺は一つ、疑問を口にした。


「ですが、お父様。本は一冊じゃないようですが?」


そう。


アイギスが渡してきた数冊の書物の1番上にあったのが、光属性の上級魔法の魔導書だった。


だとしたら残りは一体なんだ?


「あぁ、それは他の属性の魔道書だ」


「他の属性?」


「お前が使えない土属性と風属性だな」


「はい…?どうして土属性と風属性の魔導書を?」


使えない属性の魔導書を買っても意味はない。  


そう思ったがアイギスはあっけらかんといった。


「だってアリウス。お前は今、対人戦の訓練をしているのだろう?」


「…はい、そうですが」


「だったら、他の属性の知識もあった方がいいじゃないか!魔法使い同士の戦いで、今後役に立つんじゃないか?」


「た、確かに…」


言われてみればそうだった。


俺は自分の浅はかさを恥じる。


対魔法使い戦を極めるのであれば、全ての属性に関する知識が必要だよな。


たとえ自分が使えない属性の魔法の知識であっても。


「そう言うことだ。ありがたく受け取るがいい!!はっはっはっ!」


機嫌良さそうに笑ったアイギスが、部屋を出てい

く。 


「よし…これで今日1日時間を潰せる…」


暇を潰す方法を得た俺は、早速机に向かって、魔導書を読み込み始めるのだった。



その翌日。


俺はエレナと共に、いつもの広場へとやってきていた。


突如休養日となった昨日を挟んで、また今日から訓練再開だ。


「さて、始めましょうか」


エレナはいつものように十メートルほどの距離を置いて向かい合い、早速対人戦の訓練を始めようとする。


「ちょっと待った」


そんなエレナを俺は制止する。


「ん?どうかしたましたか?」


怪訝そうにするエレナの前で、俺は懐から一冊の書物を出した。


昨日アイギスにもらったばかりの、光属性の上級魔法の魔導書だった。


「それは…?」


「光属性の魔導書だ。父にに買ってもらった」


「アイギス様に…?それをどうしてここに?」


「この間いったろ。俺はほとんどの魔法を初見で発動できる。その力を見せるって」


「…っ!」


エレナが大きく目を見開いた。


「まさか…今ここで?」


「ああ。ちょうど使えなかった光属性の上級魔法の魔導書が手に入ったからな」


「ぜ、ぜひ拝見させてください!」


エレナが興奮気味に駆け寄ってくる。


俺は魔導書を開き、ページをめくる。


昨日1日をかけてこの魔導書はしっかりと読み込んである。


どのような魔法があるのか、どのような効果をもたらすのか、あらかじめ調べてインプットしておいた。


ゆえに魔法を発動するために必要な想像力は十分に養われただろう。


今なら、一度も使ったことのない光属性の上級魔法を発動できるはずだ。


今まで通りなら。


「どれでもいい。エレナが一つ魔法を選んでくれ」


あらかじめ仕込んでいたとは思われたくないため、俺はエレナに発動する魔法を選んでもらう。


「では…これで」


エレナが一つの魔法を選んだ。


それは以前にエレナが、森でオーガ・キングを倒す際に発動した魔法だった。


「わかった。やってみる」 


俺はエレナが選んだ魔法の記述をもう一度確認のために読み込み、目を閉じた。


そしてこの魔法を発動した際に得られるだろう効果を、頭の中で想像する。


そして十分イメージが出来上がったと判断した時点で、魔法を詠唱した。


「光の剣を!ライトニング・ソード!!」


魔力を放出しながら詠唱する。 


直後。


「ええええええっ!?」


俺の手に光の剣が現れた。


それは、以前にエレナが出現させたものと寸分違わぬものだった。


エレナが驚きの声をあげる。


「ま、まさか本当に上級魔法を初見で…!?」


「これで信じてもらえたか?」


以前に俺がエレナに初見で大体の魔法を発動できることを告げても、エレナは信じなかった。


当然といえば当然で、長年の修行が必要な魔法を初見で習得するなど普通は不可能だ。


逆の立場なら俺だって信じなかっただろう。


…ゆえに、信じれもらうにはこうして直にみてもらうしかないと思った。


だから、まだ未習得の光の上級魔法の魔導書が手に入ったこのタイミングでエレナにこうして初見での魔法の行使を披露したのだ。


全てはエレナの口の硬さを信用してのことである。


「じ、実際に見るまでは俄には信じがたかったですが…しかし、認める他ないようです…」


エレナが俺の手の中にある光の剣を見て、目を丸くしながらそういった。


「念のため、他の魔法でもやって見せようか?」


「い、いいえ…大丈夫です…今ので十分理解しました…」


「…そうか」


「あ、アリウス…この間は疑ってしまってすみませんでした…」


「気にするな。俺だって逆の立場なら疑ってる」


「…そう、ですよね…ははは…」


エレナが乾いた笑いを漏らす。


瞳は虚で、どこか遠くを見ていた。


「エレナ…?」


「…」


「おーい」


「…」


初見で上級魔法を発動できる人間がいるという事実があまりにも受け入れ難かったのだろうか。


魂が抜けたように呆然しているエレナがその後我に帰るのに、数分の時を要した。




「あぁ…今日も疲れた…」


夕刻。


俺はぐったりとした体を引きずるようにして、屋敷までの道のりを歩いていた。


今日もエレナとの訓練でごっそり魔力と体力を持っていかれた。


この後に魔法の自主練をする気力もすでに残っていなかった。


エレナはすでに先に屋敷に戻って体を休めたり、明日の訓練に向けての調整などをしているはずだ。


「…今日のエレナ…少しおかしかったよな」


訓練を始める前に俺が初見での上級魔法の発動を見せたからだろうか。


今日のエレナはどこか気の抜けた感じというか、いつもの気迫みたいなものを感じなかった。


まぁ、とはいっても訓練ではしっかり叩きのめされたのだが。


「やれやれ…最近成長してきていると思ったが、まだまだだな…」


エレナから魔法戦における駆け引きの技術などを吸収した俺は、日に一発か二発の魔法をエレナに命中させることが出来るようになっていた。


だが、またしても壁にぶつかっていた。


その先に進めないのだ。


出来ることなら1日の命中回数を増やしていきたいのだが、なかなか成長の兆しが見られない。


もしかしたら焦る気持ちが冷静な判断を邪魔して、成長を阻害しているのかもしれない。


「…落ち着け…焦らず、ゆっくり強くなればいいさ」


初心に戻って、俺は明日からは攻撃を当てることばかりを考えずに、エレナから技を吸収することに集中して訓練に臨むことにした。


このままいつまでも燻っているわけにはいかない。


心機一転して、一度初心に帰る必要があるだろう。 


「はぁ…腹減ったなぁ…」


そんなことを考えていると、ぐぅうと腹の虫がなった。


夕食まではまだ少々時間がある。


俺は屋敷に到着すると、自室から魔導書を持ち出して、読み始めた。


すでにアイギスからもらった光の上級魔法の魔導書は全て読み終わったため、今読んでいるのは俺の使えない土属性と風属性の魔導書だ。


「いつかこの二属性の魔法使いと戦うことがあるかもしれないからな」


知識は大いに越したことがない。


今後、土属性、風属性の魔法の使い手と一戦を交えることがあるかもしれないし、自分の使えない属性の魔導書を読むことが全くの無駄であるということはないだろう。


俺は屋敷の庭に据えられた長椅子に座って、涼しげな風に当たりながら、まずは土属性の魔導書をパラパラとめくった。


「へぇえ…土属性の魔法はこんなことが出来るのか…」


土属性の魔法の主な使い方は、『何かを作り出す』ということだった。


初級魔法では、土を石にしたり、石を鉄にしたり。


中級魔法ではゴーレムと呼ばれる使い魔を生成したり。


そして上級魔法ともなると、少量の土から、鉄よりも硬い剣などの武器を作成することができるようになるらしい。


「これいいな…適性が出るならこっちだたかもな」


俺は自分に土属性の適性がないことを残念に思った。


土属性に適性があれば、中級魔法や上級魔法を使って、土から即座に武器を作ったり、使い魔を作ったりなど色々楽しいことが出来たかもしれないのに。


「クリエイト・ゴーレム…土でできた使い魔を作る魔法かぁ…単純な命令ならその体が保つ限り、何時間でも働いてくれる…か。すごいな。こいつ一体いれば、農作業とか捗るんじゃないか…?」


土属性の魔法を見ていく中で、目についたのはクリエイト・ゴーレムという使い魔を作る魔法だった。 

少量の土を使って、頑丈な僕を生み出し、自分の仕事をさせたりなどすることができる魔法らしい。


ゴーレムの耐久度はその魔法使いの腕次第で、単純な命令なら休むことなく永遠にこなしてくれるそうな。


これが一体でもいればさぞ便利だろうなぁ、なんて考えながら、俺は地面の土を一掴み手に取った。


「出でよ使い魔!クリエイト・ゴーレム!…なんちって」 


『ウゴゴゴゴオオオオオオ!!!!』


「はぁああああああ!?」


俺が冗談で詠唱をした途端、俺の目の前に土でできた化け物が現れた。

 

『ウゴッ!!ウゴゴゴゴ!!』


「うわっ!?なんだこいつ!?」


俺は驚いて飛び退いた。


ずんぐりむっくりとしたフォルムの土の化物は、低い鳴き声を上げた後、まるで俺のしもべかのように目の前で跪いた。


『ウゴッ…!』


「…っ」


まさか、じょ、冗談だろ…?


発動した…?


土属性の魔法が…?


『ウゴゴッ!』


「め、命令を待っているのか…」


土の化物…ゴーレムは、俺が何か命令を与えてくれるのを待っているようだった。


俺は自分が土属性の魔法を発動できたことがいまだに信じられなかったが、恐る恐るゴーレムに向かって命令する。


「ま、回れ右!」


『ウゴゴ!』


ゴーレムが嬉しげに鳴いて回れ右をした。


「もう一回回れ右!」


『ウゴゴ!』


「回れ右!」


『ウゴゴ!』


「ま、回れ右!」


『ウゴゴゴ!!』


「…っ」


ゴーレムは計四回の回れ右を経て、再び正面から俺に向かい合った。


俺は信じられない思いで、自分よりも身長が高いゴーレムを見上げる。


と、その時だった。


「アリウスー?なんか大きな音がしたけど、どうかしたの?」


屋敷の方からシルヴィアの声が聞こえてきた。


俺は一瞬思考停止した後、すぐに色々まずいことに気づく。


「ご、ゴーレム!その辺に身を隠せ!母さんに見つかるな!」


『ウゴゴ!!』


ゴーレムは俺の命令通り、すぐに近くに物影を見つけてしゃがんで身を隠した。


一瞬遅れてシルヴィアが庭に姿を表す。 


「アリウス…?どうかした?」


「ななな、なんでもないよお母様!!ただ魔法の本を読んでいただけだ!!」


「そう…?なんか低い鳴き声が聞こえた気がしたんだけど…?」


「き、気のせいだよ!!!」 


「そうかしら。ならいいんだけど」


シルヴィアはなぜか納得いかない表情で周囲を見渡していたが、何も見つからなかったので「ま、いいわ」といって家の中に戻って行った。


「アリウス〜?もう時期夕食ができるから、そろそろ入ってらっしゃい」


「はぁい」


そう言い残したシルヴィアは、ガチャリとドアを閉めて屋敷の中に帰っていった。


「ふ、ふぅ…」


間一髪だった。


俺は安堵の息を吐く。


『ウゴ…?』


物陰からゴーレムが少し顔を出して、不思議そうにこちらを見ていた。








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