第9話
「倒せた…!俺に…モンスターが…!」
「ええ。そうです。あなたが倒したのです、アリウス」
「出来るんだ…俺にも…!」
「もちろんです。いずれはどのようなモンスターであっても倒せる魔法使いになってもらいます」
倒せた。
俺にも、モンスターが。
もちろん、俺一人の力じゃない。
今のはすぐそばにエレナがいて、防御を一任できたからこそ、俺はただ攻撃することだけに集中できた。
一人ではどうなっていたかわからない。
だが、確かに俺の魔法による攻撃が、目の前のモンスターを……中級モンスターのオークを倒したのは事実だった。
俺の中に感じたこともないような達成感が広がる。
それと同時に自分の中で、モンスターに対する恐怖心が薄れていくのを感じた。
「素晴らしいですアリウス。いきなり中級モンスターを倒すとは…狙いも素晴らしかった。やはりあなたは確実に将来歴史に名を残す逸材になる」
「い、いやぁ…そんな…」
エレナにベタ褒めされ、俺は頭をかいた。
「いえ、大袈裟ではなく私は真剣にそうなると思っています。その年齢で中級モンスターを倒せる魔法使いなど、ほんの一部です。私でも初めて中級を倒したのは十五の時でした」
「そう…ですか…」
そう言われてどんどん自信がみなぎってくる。
かつて帝国魔導師団だったエレナの幼い時よりも、俺の方が上ということか。
これはやれるんじゃないか…?
俺にも強い魔法使いになることが。
エレナのいうように歴史に名を残す、なんてのは大袈裟だとしても…
このまま成長を続ければ、本当に帝国の魔法使いの最高峰、帝国魔道士団所属の魔法使い以上の存在になれるかもしれない。
「さあ、アリウス。どんどん行きましょう。今の感覚を忘れないうちに、次の戦いです。今度は私のサポートなしで直してもらいますよ」
「おう!任せろ!!」
「頼もしいですね」
今なら大袈裟でなくどんなモンスターも倒せそうだった。
エレナと頷き合った俺は、次のターゲットを探して森の中を進んでく。
「うゎああああああ!?エレナっ、助けてく
れ!!」
「落ち着いてください、アリウス。あなたにならできます…!」
「無理だぁああ!!!やっぱり俺には無理だったんだぁああ!!」
そしてその数分後。
俺は初めてオークを倒して得た自信が、ただの虚勢に過ぎなかったことを知る。
「大丈夫です!攻撃は全て私が受け止めます…!アリウス!あなたは先ほどと同様攻撃に集中していればいい…!」
『ガルルルルゥウウウ!!!』
「ひぃいいいいい!?」
そこにはかつてのトラウマ……恐怖の象徴ブラック・ウルフに追いかけ回され、悲鳴を上げながら逃げ惑う情けない俺の姿があった。
オークを倒した時に恐怖を払拭したと思ったが、結局それは一時的なものに過ぎなかった。
オークを倒した数分後、突如として目の前に現れたブラック・ウルフに対峙した俺は、かつてのトラウマを思い起こしてしまい、気づけば戦うことを忘れてエレナに助けを求めていた。
「エレナっ!!助けてくれ!!やっぱり俺には無理だぁ…!」
「なぜですかアリウス!!先ほど中級モンスターのオークを倒せたではありませんか…!!このモンスターの名前はブラック・ウルフ…!ランクは中級です…!強さはさほど変わりません!」
「こ、こいつだけは無理なんだっ…頼む…!!こいつだけは…!」
「…っ!?」
俺が肩を抱いて震えているとエレナは俺から尋常じゃない気配を感じ取ったのか、突如として優しげな声で言った。
「…わかりました。無理をさせて悪かったですね。こいつは…私が倒します」
そう言ってブラック・ウルフの方へと向かっていった。
「あ…」
今ので確実にガッカリされた。
俺が自らの弱さを後悔した時には、もうブラック・ウルフはエレナの魔法によって死体に変えられていた。
ずぅうんと音を立てて、ブラック・ウルフの巨体が地面に倒れる。
「大丈夫ですか、アリウス」
「…はぁ」
俺はガクッと膝をついた。
ドッと敗北感が俺を襲う。
情けない。
エレナの前で恐怖に支配され、逃げ惑ってしまった。
自分の腕を切り飛ばすほどの覚悟を見せてくれたエレナの思いに…俺は答えられなかった。
俺は意気地無しだ。
「落ち込まないでください、アリウス。オーク一匹を倒せただけでも、凄いことです。モンスターが怖いのなら…少しずつ恐怖を克服していきましょう」
項垂れる俺に、エレナが優しく声をかけてくる。
「違うんだエレナ…俺は単にモンスターが怖いんじゃない…こいつは…こいつだけはダメなんだよ…」
「え…?それはどういうことですか…?」
「ブラック・ウルフは…俺にとって…その…」
「何か嫌な思い出があるのですか?私でよければ聞かせてください。力になれることがあるかもしれない」
そう言ったエレナの優しさに甘えるように、俺はポツリポツリとトラウマを抱えることになった経緯を言い訳のようにして語り出すのだった。
「ふぅ…疲れました…」
こんにちは…いえ、こんばんは、ですね。
エレナです。
貴族じゃないので家名のない、ただのエレナです。
エラトール家の屋敷に来て三日目。
時刻は日が暮れて夜。
すでに一家の皆様は寝静まっており、私は一人、お風呂を使わせていただいています。
温かい水で体を洗い流しながら、私は昼間起こった出来事に思いを馳せます。
『俺は昔…母様と散歩していた時に、ブラック・ウルフに襲われて…』
思い出されるのは、森の中で聞いたアリウスのトラウマについてです。
今日私はモンスターと戦うためにアリウスと領内にある森へと赴きました。
アリウスはすでにいくつかの中級魔法すら扱えるほどの逸材です。
加えて三つの属性を扱えるトリプルと呼ばれる、歴史でも数名しか存在しないとんでもない才覚です。
そんなアリウスに、今更座学や基礎的な訓練は必要ないと判断しました。
アリウスに必要なのは実践。
実際にモンスターと戦ってもらい、戦いの中で魔法を学んでいただくのが、アリウスに1番ふさわしい訓練方法だと一晩悩み抜いた結果思い至りました。
ゆえに私はアリウスと森に赴き、彼をモンスターを戦わせようとしました。
ですが、アリウスはひどく抵抗しました。
何やらモンスターと戦うことを恐れているようでした。
確かにアリウスは八歳で、いくら中級魔法を扱えると言ってもまだ子供です。
モンスターに対する恐怖心があるのは当然のことでそれ自体は不思議ではありませんでした。
ですが魔法使いは時として恐怖を乗り越えた際に実力を増します。
私はアリウスにこの恐怖を乗り越えて欲しかった。
その一心で、少々強引だとは思いつつも、自分の腕を切り落とし、瞬時に回復してみせ、万が一のことがあっても大丈夫だということをアリウスに示しました。
これでアリウスが少しでも鼓舞されてくれればそれでいいと思っていました。
『…っ…痛い、ですね…』
身体の一部をこれほど大幅に欠損したのは久しぶりのことでした。
ですがこれくらいは容易いことです。
昨日アリウスがトリプルだと知って少々動揺し、その後かなり弱々しいところも見せてしまいましたから、私としてはこれくらいやって少しでも信用を回復したかった狙いもあります。
ともかくその効果もあってかアリウスは森の中へ入ることを了承してくれました。
『来ますね。あの方向から一匹。気配からして中級でしょう』
『え…?』
森の中に入って最初に出会ったモンスターはオークでした。
オークは中級モンスターですが、中級モンスターの中では比較的弱い部類です。
私はアリウスの初めての相手にはちょうどいいと思いました。
『さあ、アリウス。出番ですよ』
『い、いきなり…!?』
私は引き腰のアリウスに戦うように促します。
『む、無理だ…!』
『頑張ってくださいアリウス!オークは中級モンスターの中でも弱い部類です…!あなたが昨日見せてくれた中級魔法で十分に倒せます!』
『そ、そう言われてもな…!』
アリウスは本気でオークを怖がっている様子でした。
私はいきなり中級モンスターは荷が重かったかと思いましたが、しかし、オークはアリウスが現在使える魔法で十分倒せるモンスターです。
最初に中級を倒せばそれがアリウスの自信にもなるでしょう。
そう思い、多少心は痛みましたが、恐怖するアリウスを半ば無理やりにオークに立ち向かわせます。
『ブモォオオオオ…!』
『うわっ!?』
そうこうしているうちに、オークがアリウスに向かって突進攻撃を仕掛けます。
アリウスは頭を抱えて蹲ってしまい、その場から動きません。
それならば私の出番です。
「ホーリー・シールド!」
バァン!!
『ブモォッ!?』
私は即座に光属性の盾魔法を使い、オークの突進攻撃を防ぎます。
『エレナ!?』
驚いてこちらを見るアリウスに、私は安心させるようにいいます。
『言ったでしょう。あなたは絶対に守ると』
私はさらにアリウスを安心させたくて言葉を重ねます。
『アリウス。守りは任せてください。あなたは攻撃のことだけ考えていればいい』
『…っ!』
『さあ。あのオークに攻撃を。動きが鈍いため、確実にあなたの中級魔法は命中するでしょう』
『…っ』
アリウスが一瞬、葛藤するような表情を見せます。
ですが、次の瞬間には、覚悟を決めたように前に向き直り、オークに対峙しました。
『や、やってやる…!見てろ…!』
自信を鼓舞するようにそういったアリウスは、怯んでいるオークに右手を向けて詠唱します。
『炎の矢よ!敵を穿て…!ファイア・アロー!!』
ヒュッ!!
昨日、私の前で披露してもらった火属性中級魔法のファイア・アロー。
おぉ…これは…と。
私は心の中で驚きました。
アリウスは昨日いくつかの中級魔法を見せてくれましたが、ファイア・アローはその中でも特に攻撃力に特化した魔法だったからです。
防御を私が担当しているこの状況で、その魔法のチョイスは完璧といって差し支えありませんでした。
ザクッ!!
『ブモォオオオオオ!?』
風を切り裂き飛んでいった炎の矢が、オークの脳天を串刺しにします。
『…よしっ!』
手応えを感じたのか、アリウスがぐっと拳を握ります。
致命傷を受けたオークが倒れ伏すのに、そう時間はかかりませんでした。
『し、死んだのか…?』
アリウスが倒れたオークの死体を指差して尋ねてきます。
私は大きく頷きながら言いました。
『はい。絶命です。やりましたね、アリウス。あなたが倒したんです』
『…っ』
『おめでとうございます』
『…っ!』
私はアリウスを目一杯称賛しました。
これをアリウスの成功体験として覚えさせ、次の一歩に繋げてほしかったからです。
『倒せた…!俺に…モンスターが…!』
『ええ。そうです。あなたが倒したのです、アリウス』
アリウスは初めてオークを倒し、そして自信をつけたみたいでした。
私はそんなアリウスの様子を見てこれなら大丈夫そうだと思いました。
アリウスに森に入る時のような恐怖の感情が感じられなかったからです。
けれど、私の予想はあっさりと裏切られました。
『やっぱり無理だぁあああああ!!』
それから数分後。
次の遭遇したモンスターは、中級モンスターの中ではかなり強いブラック・ウルフでした。
体長は八メートルほど。
普通のブラック・ウルフよりもやや大きな個体でした。
少しアリウスには荷が重い相手かもしれませんが、しかし、今回も防御は私が担当するので問題はないだろうと思いました。
しかし、アリウスはなぜかブラック・ウルフと対峙した途端に先ほどのような自信を即座に失い、私に助けを求めてきました。
『エレナっ!!助けてくれ!!やっぱり俺には無理だぁ…!』
『なぜですかアリウス!!先ほど中級モンスターのオークを倒せたではありませんか…!!このモンスターの名前はブラック・ウルフ…!ランクは中級です…!強さはさほど変わりません!』
『こ、こいつだけは無理なんだっ…頼む…!!こいつだけは…!』
アリウスの恐怖の仕方は尋常じゃありませんでした。
これはただ単に巨大なモンスターを恐怖しているだけではなくて、何かがある。
そう判断した私はこれ以上アリウスに戦闘を強いるのは酷だと判断し、ブラック・ウルフを始末しました。
そしてアリウスの異常なまでも恐怖の原因を探ろうとしました。
『落ち込まないでください、アリウス。オーク一匹を倒せただけでも、凄いことです。モンスターが怖いのなら…少しずつ恐怖を克服していきましょう』
項垂れるアリウスに、まずは優しく語りかけます。
『違うんだエレナ…俺は単にモンスターが怖いんじゃない…こいつは…こいつだけはダメなんだよ…』
『え…?それはどういうことですか…?』
『ブラック・ウルフは…俺にとって…その…』
『何か嫌な思い出があるのですか?私でよければ聞かせてください。力になれることがあるかもしれない』
アリウスはその後ポツリポツリと、ブラック・ウルフを特に恐怖した理由を話してくれました。
それによると、アリウスはあるトラウマを抱えているらしく、まだ洗礼の儀式も終わっていないような年齢の頃、ブラック・ウルフに襲われたことがあったようです。
その時は、一緒にいた母親のシルヴィア様がブラック・ウルフを始末したようなのですが、その時にブラック・ウルフに対して感じた本気の恐怖が、今もまだアリウスの脳裏にこびりついて離れないようでした。
『なるほど…そういうことでしたか』
アリウスの話は、先ほど見せた異常なまでの恐怖に十分納得のおいくものでした。
『話してくれてありがとうございます。幼い頃のトラウマが原因だったのですね』
『すまない、エレナ…俺、エレナの期待に応えられなかった…』
『落ち込まないでください、アリウス。期待に応えられないなんてそんなことありません。むしろ悪いのは私です。そんなことも知らずに、無理やりモンスターとあなたを戦わせるようなことをさせてしまった。謝らせてください。すみません』
『そんな…エレナが謝ることなんて何も…』
『ともかく、今日は屋敷へ戻りましょう。恐怖を克服する方法については、明日から二人でゆっくりと考えていけばいいです』
『すまない…エレナ…』
そうして私はアリウスと共に屋敷へ戻りました。
屋敷に着くと、アリウスは自分の部屋に篭ってしまいました。
私は今はそっとしておくべきだと、あえて声をかけるようなことはしませんでした。
「さて…どうしますかね…?」
体を洗い終わった私は、湯船に浸かり、天井を見ながら明日からのことを考えます。
アリウスのトラウマが判明した以上、当面の課題はそのトラウマをどうやって克服していくかということになりそうです。
ブラック・ウルフは見た目こそ巨大で凶暴に見えますが、実は弱点が多く、そこまで強いモンスターでもありません。
そのことをまずはアリウスに理解させ、そしてその手でブラック・ウルフを倒させる。
そうすれば、アリウスの中でブラック・ウルフは恐怖の象徴から『自分でも倒せる弱いモンスター』という認識に変わり、トラウマは完全に克服されるでしょう。
「これは厄介な作業になりそうです」
しかし、それを実際にアリウスに実行させるのは非常に困難なことです。
単純にもう一度ブラック・ウルフとアリウスを相対させても、同じ結果になるのは目に見えていますから。
「何かしらのきっかけがあれば…はぁ、難しいですね…魔法の教師というのは」
私は他人に魔法を教えるという経験をしたことが未だかつてありません。
ゆえにどうしても手探り状態になってしまいます。
「ですが…諦めませんよ」
けれど、絶対にアリウスの教師であることを諦めるわけには行きません。
なぜならアリウスはトリプル。
歴史でも数名しか存在しなかった魔法の逸材なのです。
アリウスが歴史に名を残すような伝説的な魔法使いになるかどうか。
それはひとえに私の手腕にかかっていると言っても過言ではない。
「こんな光栄なことはありません…」
歴史に名を残すかもしれない人物に魔法を教えられる。
こんな機会もう巡ってくることはないでしょう。
いま私がすべきことは、全身全霊を賭してアリウスを鍛え上げる。
そして上級モンスターを…いえ、災厄級すら屠るような立派な魔法使いに育て上げる。
そのことがいずれは帝国の…いえ、魔法界全体の発展にもつながることでしょう。
「今日もあまり眠れそうにありませんね…」
そのために、目下私の課題は、いかにしてアリウスにトラウマを克服させるのか、その方法を考えることでしょう。
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