第4話


トリプル。


それは三つの属性に適性のある魔法使いの総称だ。


その数というのは、歴史上に数名いるかどうかというくらいに少なく希少である。


そんな希少である意味伝説的な存在に……


「俺が…嘘だろ…?」


まさか自分がなるとは思わなかった。


シーンとした静寂が教会内に舞い降りていた。


だが直後、ようやく現実を認識した人々が一斉に驚きの声をあげる。


「「「えぇえええええええ!?!?」」」


ビリビリと空気が震えるほどの叫びだった。


俺は思わず耳を塞いでしまう。


「嘘だろ!?まさかトリプル!?」


「歴史上にも数名しか確認されていない伝説の存在だぞ!?」


「何かの間違いじゃないのか!?」


「すごい、さすがアリウス様だ…!」


「アリウス様!アリウス様!」


領民たちは驚愕し、困惑し、そして俺を称賛する。


「お父様…お母様…」


俺はどうしていいかわからず、背後を振り返った。


「む、息子よ…まさかお前が…」


「あ、アリウスちゃん…すごい…凄すぎるわ…」


二人とも驚きを通り越して、どこか呆れるような目を俺に向けていた。


あまりの出来事に喜ぶに喜べないといった感じなのだろうか。


「あの…すみません、神父様…また、こんな騒ぎになっちゃって…」


先ほど全ての属性を調べ終わるまでが儀式だと言われたのに、またしても騒ぎになって儀式どころではなくなってしまった。


俺はそのことを神父様に詫びる。


だが、今度ばかりは神父も俺のことを咎めたりはしなかった。


神父自身が、目を開き、口をあんぐり開けて俺を凝視していた。


「と、トリプル…、まさかあの伝説的な存在に…生きているうちに出会えるとは…」


「え、神父様…?」


「あぁ、尊い…!あなた様はなんと尊いのだ…」


「ちょ…!?」


俺は驚いた。


神父様が俺の服に縋って何やら祈り始めたからだ。


俺は落ち着いた柔和な神父の豹変ぶりにどう声をかけていいかわからず、戸惑ってしまう。


結局その日は、それ以上儀式が続くことはなかった。




「まさかうちの息子がトリプルだったとはな…!わっはっはっ!!」


「うふふ…さすが私とアイギスの子だわ。どうやらアリウスちゃんは伝説的な魔法の素養を持って生まれてしまったようね」


あれから一時間後。


騒ぎが収まった境界を、俺たちはようやく後にしていた。


結局その後、俺の洗礼の儀式が続けられることはなかった。


俺に、風属性と土属性の適性があるかは最後まで確認されなかったのだ。


だが、まぁ確認したところでさすがに適性は出ないだろうから同じことだ。


四つ以上の属性に適性がある存在なんて歴史上に一人も存在しないのだから。


「アリウス!本当によくやったぞ…!まさか我が子がトリプルだなんてな…!私は誇らしいぞ、アリウス!」


「ありがとうございます」


「わっはっはっ」


機嫌よく笑うアイギス。


最初は驚いて言葉も失っていたアイギスだが、今では自分の息子である俺がトリプルであることを完全に受け入れてすっかり上機嫌になっていた。


親としては、自分の子供に才能があることは嬉しいことなのだろう。


「よかったですねぇ、アリウスちゃん。これでアリウスちゃんが憧れていた魔法使いになれますよ。それもただの魔法使いじゃありません。何せ三つの属性の魔法が使えるんですから」


「はい、お母様」


「うふふ」


アイギスだけでなくシルヴィアも機嫌よくコロコロ笑っている。


こっちは俺に才能があって嬉しかった、というよりは、俺に魔法の素養があって、俺自身がガッカリしなかったことを喜んでいるんだろう。


「よし!無事に洗礼の儀も終えたことだし、アリウス…!帰ったら宴だ…!お前に魔法の素養が…とんでもない才能があったことを盛大に祝うぞ…!」


「いや、それは…」


「賛成よ!こんなにめでたい日はないわ…!アリウスちゃん!お祝いしましょう!!」


「母様まで!?」


いつもなら暴走するアイギスを嗜めるのがシルヴィアの役目なのだが、この日ばかりはシルヴィアもアイギスに同調した。


その結果、その晩は家でちょっとした宴が開催され、俺は両親や使用人たちにもてはやされ、どんちゃん騒ぎに朝まで付き合わされる羽目になったのだった。




それから3年が経過した。


「あら、アリウス。また魔法の本を読んでいるの?」


ポカポカと暖かい昼下がり。


俺は屋敷の庭で魔法の教科書である魔導書を読み耽っていた。


「そうです。お母様」


「偉いわねぇアリウス。本当に魔法が好きなのね」


「はい、お母様」


「そんなアリウスちゃんに、プレゼント。ほら、新しい魔導書よ」


「!?」


そう言ってシルヴィアが分厚い本を俺に手渡してくる。


表紙には『光魔法中級』と書かれていた。


各属性の魔法は、初級、中級、上級の三段階に分かれている。


その中でもこの本は、光属性の中級魔法をまとめている本らしかった。


「ありがとうございます!お母様!!」


「うふふ。どういたしまして。好きなだけ魔法の勉強をしなさい。そのためのお金は惜しまないわ」


「はい!感謝します!」


俺は演技などではなく心の底からの感謝を口にした。


この世界では魔導書は非常に貴重だ。


庶民などでは到底手の出る値段ではない。


そんな貴重で高価な魔導書を、俺の両親は、何冊も俺に買い与えてくれた。


おかげで俺は、知的好奇心の赴くままに魔法のことを学び、日々着実にたくさんの魔法を習得していっていた。


この両親には本当に感謝しかない。


「それじゃあ、お母さんはイリスの面倒を見てきますからね」


「はい、お母様」


「アリウスちゃん。あんまり勉強熱心なのはいいけど、頑張りすぎはよくないわ。適度に休憩を取ってね」


「はい、お母様」


俺が頷くと、シルヴィアは安心したように笑って屋敷に入っていった。


俺はすぐさま新しい光属性の魔導書の包みを破って、それを読む作業に移行する。


…あ、言い忘れていた。


今シルヴィアが口にした『イリス』というのは、俺の妹の名前だ。


俺の洗礼の儀式から3年が経過し、俺は現在八歳となっていた。


そしてアイギスとシルヴィアの間に、一人の女の子が生まれた。


イリスと名付けられた妹は、現在生まれて半年。


シルヴィアと使用人たちが毎日愛おしげに世話をしている。


周囲の人間が、俺でなくイリスにかかりきりになっている状況というのは正直俺に取ってありがたかった。


なぜなら人の目を気にせずに魔法の勉強が出来るからな。


「ええと…なになに…光の中級基本魔法は、ライト・ボール、ヒール、ライト・セイバーの三つである、と…」


俺は早速光属性中級魔法の本を読み進めていく。


先ほども言ったように、全ての属性魔法は、初級、中級、上級魔法の三つに分類され、1番会得が難しいのがもちろん上級魔法だ。


教科書の説明では、一般的に一つの上級魔法を会得するのに少なくとも一年の修行を要するらしい。


中級魔法はそれほどじゃないが、しかし、詠唱を覚えれば誰でもすぐに使えるようになる初級魔法と比べて、やはり習得が難しいのに変わりはない。


集中して一つの魔法を練習しても確実に数ヶ月はかかるようだった。


「魔法に必要なのは魔法の素養、そして想像力か…この辺の説明は他の魔導書と同じだな」


三つの属性に適性のあるトリプルである俺は、今まで両親に火、水、光属性の魔導書を多数購入してもらっている。


どの魔導書にも書かれていることだが、魔法で1番大事なのが想像力だ。


魔法とは、体内の魔力を自分の思った通りの形に変えること。


自分の頭の中で思い描くイメージと、実際の魔法の効果。


これが完全に一致した時、初めて魔法の行使が可能となるのだ。


通常、人はこの作業に多くの時間を費やす。


自分の体内魔力を感じ取り、頭の中にイメージし、魔法として出力する作業は非常に困難とされているのだ。


だが俺の場合は…


「ええと、こうか?光あれ、ライト・ボール」


光属性の最も基本の魔法であるライト・ボールを発動させる。


すると本来数ヶ月の訓練が必要な中級魔法が一瞬にして発動した。


「ほい、一丁上がりと」


光の球が、俺の頭上に浮かび上がる。


もはやこの光景は俺にとって当たり前となったため、驚くこともない。


「なんでこんな簡単なことがみんな出来ないんだろうな?」


俺は空中で光り輝くライト・ボールを眺めながらそう呟いた。


魔導書を読み込んでいき、魔法の会得には長い訓練が必要だと知った時、すぐに魔法が使えるようになると思い込んでいた俺は正直ガッカリしたが、しかし、実際に試してみると、大して苦労もせずに俺は魔法を使うことが出来た。


詠唱さえ唱えれば発動できる初級魔法のことではなく、長い訓練が必要な中級以上の魔法を、ほとんど初見で発動できるのだ。


俺は最初、この力をあの白い世界で出会った天使の少女の仕業だと思った。


彼女は俺のことを気に入ったと言っていた。


だから、俺だけ魔法の訓練期間を極端に短縮できるなんらかの細工を施したのだろうと思っていた。


だが、最近ではそれは違うと思い始めていた。


「おそらく…前世の記憶をひきついでいるからだよな」


どの魔導書にも書かれてあることなのだが、魔法発動に1番重要なのが想像力だ。


俺はおそらくこの想像力の部分が、この世界の住人と比べて極端に優れている。


なぜなら、前の世界には映画やアニメ、漫画をはじめとした綺麗な絵柄の娯楽作品がごまんとあった。


それらに常日頃触れてきた俺は、まだ映像などという技術がないこの世界の住人に比べて圧倒的に想像力という面で豊かなのだ。


例えば、炎と聞いてこの世界の住人が思い浮かべるのはせいぜい暖炉の炎ぐらいだろう。


だが、俺は違う。


炎と聞くと、家が燃える映像、車やビルが爆発炎上する映像、実際に見たことのある近所の火事、コンロやライターの炎など、無数に思い浮かべることができる。


この想像力が、魔法発動までの訓練期間を極端に短くしているものと思われた。


俺には魔法の名前と効果を読んだだけで、ある程度何が起こるのかをあらかじめ頭の中で想像できる。


だから、初見でも中級魔法を扱うことができるのだ。


「よし…それじゃあ、さっさと他の魔法も使えるかどうか確認しておくか…」


俺は光属性中級魔法を次々、発動させて使えるかどうかを確認していく。


そして夕方までにはほとんどの魔法を初見で発動できることを確認し終えた。


あとは魔法の名前自体を頭の中に叩き込めば、光属性中級魔法はマスターしたことになる。


「呆気ないな…この分なら光の上級魔法もすぐだろ。魔導書を頼んでみるか」


俺はすでに火属性、そして水属性の魔法は上級魔法まで全て、使えるようになっていた。


だがそのことは両親には明かしていない。


正直に話せば大騒ぎになるとわかっているからだ。


一つを習得するだけで長い期間を要する火属性と水属性の上級魔法を歳が十にも見たない俺が全て使えることが明るみに出れば確実に大騒ぎになる。


ただ単に称賛されるだけならまだいいが、この世界は貴族同士の領地争いが普通に起こる世界だ。


もしかしたら俺が領主となる前に早めに始末しようとして暗殺隊などが隣の領地から送られてくるかもしれない。


それらのことを考えて、俺はこの力はしばらく誰にも明かさないことにしようと決めた。


両親すらも、俺はまだ火、水、光の三つの属性の初級魔法と、いくつかの中級魔法を使えるだけだと思い込んでいる。


「アリウスちゃん!ご飯ですよ〜」


「はぁい!」


俺が光の中級魔法の魔導書を閉じたタイミングで、家の中から母親に名前を呼ばれた。


香ばしい匂いが開けられた窓から漂ってくる。


夕食が出来上がったようだ。


「今行きます、お母様!」


俺はそう返事をして、意気揚々と家の中に戻っていった。









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