アイドルのマネージャーをしているけれど、気付いたら担当アイドルよりも人気のバーチャルアイドルにもなっていた

柚城佳歩

アイドルのマネージャーをしているけれど、気付いたら担当アイドルよりも人気のバーチャルアイドルにもなっていた

「今日もありがとー!最後に、今度発表する新曲を少しだけ聞かせちゃうよ!これからもshiroシロをよろしくね!」


画面の中、配信ライブを観ているだろうファンに向けてバーチャルアイドルのshiroが手を振る。

色白の肌、白い髪、白を基調とした衣装に身を包んだ彼女はここ数ヵ月で人気上昇中のバーチャル界のアイドルだ。

そしてshiroの本体こと私、白崎しろさきリカの職業はアイドル……ではなくマネージャーである。


目下売り出し中のアイドル、モモとカンナの二人からなる“もも缶”は、まだ二人が事務所に入って間もない頃、結成当初からずっと担当してきた。

小さい事務所だったため売り込みも企画立案も時に自分たちの手で行って苦楽を共にしてきた分、思い入れもあるし一番のファンだという自負もある。

その甲斐あってか、少しずつではあるものの、最近メディアへの露出も増えてきた。

けれど世間での知名度はまだまだ低い。

客観的に見てもshiroの方が名を知られているだろう。

片やバーチャルアイドル、片やマネージャー。

なぜこんな不思議な生活になったのか。

それは友人に付き合って3Dモデリング講座へ入会した事から始まる。




「リカ、これ一緒にやろう!」

「……今度は何?」

「3Dモデリング!」


この友人は昔からよく言えば好奇心旺盛、悪く言えば飽きっぽいところがあり、何か興味を惹かれるものを見付けると私を巻き込むという癖があった。

中には英会話や料理教室といった仕事や日常生活に役立つものもあったけれど、アコギ、民謡、日本画、株にヨガ、フラワーアレンジメントや囲碁、将棋など、終わった後それきりになったものの方が数多い。


「それってパソコンでキャラクター作ったりするやつ?」

「そう!なんか面白そうでしょ?今ならペアで入会するとめっちゃ割引になるんだって。だからお願い!」

「えぇ……」


最初こそ渋ったものの、全く興味がなかったわけではない。いざ始めてみると性に合ったのか思っていた以上に楽しく、徐々に様々な技術を身に付けていき、友人が教室を止めた後も一人で続けていた。

ある日の課題でキャラクターを作った時、持ち前の凝り性を発揮。納得するまでとことん拘り作り上げたキャラクターをここだけのものにするには勿体なくて、何気なしにバーチャルアイドルというものを始めてみた。


現実のアイドルのプロデュースなら現在進行形でやっている。今までのノウハウを活かして自分がやってみたらどうなるかという興味もあった。

以前作曲講座を受けた時の内容を思い出しながら打ち込みで音源を作り、せっかくやるならとちょっといいマイクも購入してレコーディングもし、専用の各種アカウントを取得した後、shiroとして発表した。


初めは作った楽曲の公開用のつもりだった。

それがいつの間にかフォロワーが増え、リクエストに応える形でライブ配信もするようになり、人気上昇ランキングに名前が挙げられるまでになった。本当に、世の中何が起こるかわからない。




「白崎さん、おはようございます!」

「おはようございます。来月の配信番組でやりたい事、考えてきました」


事務所の会議室、モモとカンナが打ち合わせのために入ってきた。

出会ったばかりの頃は、どちらも遠慮がちで大人しい性格をしていた。

そこで私は、実現出来るかどうかは一度置いて、やりたい事があればどんな些細なものでもいいからとにかく言ってみる事、目標を明確にする事、そのためにはどう動けばいいのか日頃から考えるようにと伝えてきた。

消極的に見えても内には熱いものを秘めていたらしい。本当に些細なものから夢物語と思えるものまで、二人の口からはやりたい事がどんどん出てきた。


ネットでの配信番組もその一つだ。

ただ、うちの事務所にはそう何人も人員を割く余裕はない。

そのため企画の立案から撮影、編集、必要とあらばお店への交渉も自分たちで行っている。

今日集まったのは、来月放送分以降の内容を決める打ち合わせをするためだった。


「おはよう。今日もよろしくね。早速だけど企画書を見せてもらってもいい?」

「はい、どうぞ!」


渡された企画書には二人が考えてきた様々な案がいくつも並べられている。そして。


「shiroとのコラボライブ……?」

「はい!白崎さんはご存じですか?バーチャルアイドルのshiroさん」

「うん、まぁ、知ってるけど……」

「私、shiroさんの事を知ったのは偶然なんですけど、曲を聞いたらすぐにファンになって、遡ってshiroさんの曲全部聞いて、配信ライブもチェックしてるんです!」

「私も、モモから勧められて曲を聞いてファンになりました。バーチャルとリアルでは難しい部分もあると思いますが、ぜひ一緒にライブしてみたいです」


なんという事だ。まさかこんな身近にファンでいてくれる人がいたなんて。しかも配信ライブまで観ているとは。ここはなんと答えたものか……。


「えーと、取りあえず一つずつ検討していこうか。すぐに出来そうなものから準備を進めよう」




――そんな打ち合わせから数週間。

あの時決めた企画もとい、もも缶の二人がやりたい事リストは順調に消化している。

とある項目を除いて。


「おつかれ様。初めての場所でもよく頑張ったね。お客さんの反応が段々変わっていくの、見ていて気持ちよかったよ」

「ありがとうございます!私たちもすごく楽しかったです」

「今回は自分たちで応募しましたけど、次はゲストとして呼ぶねって言ってもらえました」


今日は音楽イベントへ出演するために、始発の新幹線に乗ってやって来た。

いつもより早起きをした上に、ステージや宣伝、CD販売の対応までしていたから、表情にこそ出していないものの相当疲れているはずだ。

本当なら二人だけでも近くのホテルに泊めてあげたいところだけれど、悲しい哉、弱小事務所には絶賛売り出し中のアイドルの宿泊費までを出す余裕がなかった。

そのためイベント終了後、観光もそこそこに帰りの新幹線に乗り、すっかり空も暗くなった時間にようやく馴染みの駅まで戻ってきたのだ。


「着いたー!」

「なんか、何日も旅行してきた気分」

「ごめんね日帰りで。本当は車で送ってあげたいんだけど、今日は事務所の車全部使用中らしくて」

「いえいえ!今ならまだ終電にも間に合いますから」

「でももう暗いし危ないから、せめて最寄り駅まで送るわ」

「それだと白崎さんが電車で帰れなくなっちゃいますよ。私たちは二人いるので大丈夫です!」

「でも……」


一人じゃないとはいえ、このまま帰すのは心配だ。少し迷った末にこんな提案をした。


「ねぇ二人とも、よかったら私の家に来る?」




「白崎さんのお家久しぶりだー!」

「お世話になります」

「どうぞ上がって。今飲み物準備するから」


昔、まだ二人が地元から通っていた頃、レッスンや仕事などで遅くなると時々泊める事があった。

上京してからは、私が家まで迎えに行く事はあったけれど、二人が来たのは久しぶりだ。


「あ、先に今日の報告がてら、社長に二人が泊まる事も伝えておくね」


簡単な報告メールを社長に送ると、少しして返信があった。そこには労いの言葉と共に、パソコンに音源データを送るとあった。


「社長、新曲のデモを送ってくれたみたい。私のパソコンに届いてると思うから探してみて。その間に何か軽く食べられるものも用意するわね」

「わかりました!」


モモとカンナがパソコンを立ち上げるのを見ながら、冷蔵庫を開けていくつか野菜を取り出していく。時間も遅いし、すぐに作れるスープがいいかもしれない。煮込んでる間にお風呂と予備の布団も準備して……。

頭の中でざっくりと流れを考えていると、二人の「えっ」という声が聞こえた。


「どうしたの?何かあった?」

「白崎さん、これって……」


モモがこちらに向けて開いた画面には、shiroの曲を入れているフォルダが表示されていた。

しかもその奥には作曲ソフトまで開きっぱなしになっている。

しまった……!昨日、寝る直前まで作業していて、そのまま電源を落としたんだった。


「この曲って、こないだの配信ライブでshiroさんが歌ってた新曲ですよね」

「そう、だね」

「もしかして、白崎さんがshiroなんですか?白崎だからshiroなんですか?コラボライブが難しいって言われた理由ってこういう事だったんですか?」


これは完全にばれた。言葉は質問の形ではあるものの、その目は何か確信を持った色をしている。

こうなったらもう白状するしかない。


「……今まで黙っててごめんね。始めた時はここまで話題になるとは思ってなくて。コラボのお誘いは嬉しかったけど、shiroの正体が私だってわかったらがっかりさせちゃうかなと思ったの」

「そんな事はありえません!」

「え?」

「私、shiroさんの正体が白崎さんだって知ってすごく嬉しいです」

「私も。それに、shiroさんにはまたコラボのお誘いをするつもりでした。一度振られたくらいじゃ諦めません」

「よぉくご存じだと思いますけど、私たち、どんなに失敗してもそう簡単に諦められないんですよね。頼れるマネージャーさんの教育方針で」

「モモ、カンナ……」

「白崎さん、いえshiroさん。改めてお願いします。私たちと一緒に歌ってくれませんか?」




私の秘密がばれたあの夜。

どうせいずればれるからと、後日社長にも私がshiroだと打ち明けた。

社長は、それならバーチャルアイドル枠で事務所に入るかと聞いてくれたけれど、私は前に立って何かをするより誰かの背中を支える仕事の方が好きだからとお断りした。

でもshiroとして活動するのも楽しく感じているので、趣味の範囲でこれからも続けようと思う。

だから今日のもも缶とのコラボライブは、最初で最後かもしれない。いつも以上に楽しまないと。いや、絶対に楽しくなる。


「こんにちは!shiroです」

「モモと!」

「カンナです」

「今日は最後まで楽しんでいってください!」






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