第6話 今だろ!

『ダウーーーーンッ! なんと、落雷2連撃!! ゴブリンキングは意識を失ったまま炎に焼かれ続けているゥーーーーッ! このまま終わってしまうのかァーーーーッ!』



 女のアナウンスに観客がどよめいた。誰かが床を踏み鳴らしたのをキッカケに、皆がそれに続いた。今や観客席は興奮の坩堝るつぼと化している。



 炎はオレの獣魔『ライどん』の追加効果だ。炎が燃えている間は継続ダメージが入る。オレはとりあえず様子見することにした。すぐさま追撃をして勝負を決めることを考えないわけでもなかったけど……。



 視界の端に意識を移すと3体の獣魔たちのクールタイムのカウントダウンが続いている。



 マシュマリオ 2m14s


 鷹の爪 1m21s


 ライどん 23h59m48s



 ライどんはもう今日は使えない。今のオレの最大火力が使用不能。これでどう戦えと。早急に獣魔以外の攻撃手段を手に入れる必要がある。



 とりあえずオレ自身はあと1分少々は肉弾戦しか選択肢がない。非力なこの身でそんなことをするくらいなら、ハッタリでライドンを空中で待機させておいたほうがまだマシだ、と判断した。



 ジャンヌも追撃する気は無いようだ。



 ジャンヌの能力--四字熟語は一度使ったものは二度と使えない。このまま勝負が決まるのなら無駄打ちは避けたい、と考えているに違いない。



 燃え盛る炎が風を巻き起こした。



 その熱風がオレたちのむき出しの肌を焼く……て、あれ?



 ……全く熱くない。



 ふと、横にいるジャンヌを見る。するとジャンヌもオレと同じでまるで熱さを感じていないようだ。それどころかどこか涼しげにさえ見える。



 あ、ジャンヌが付与してくれた『快適体温』と『快適温度』の効果か?



(いや、まてよ)



 オレはつい先ほどの戦いを思い返してみた。



 よくよく考えてみたら、ゴブリンに雷を落とした場所はオレのすぐ目の前だった。ジャンヌなんて、雷の起点のほぼほぼ真下にいた。本物の雷だったらオレたちもタダでは済まなかったはず……。



 ついついゲームのノリでやってしまったが、今、冷静になって考えてみると、さっきの行為で下手したら--自分自身の攻撃で--死んでいたかもしれない。



 同士討ちフレンドリーファイアにならないように、自分や味方の攻撃ではダメージを受けない仕様なのだろうか?



 それと、実況もおかしいことに今さら気づいた。女の声が普通に日本語なのはなんでだ? ここの異形の観客たちは全員日本語を理解しているのか? いや、おそらく自動翻訳とかか。知らんけど。



 そんなことも気づけなかったくらいにテンパってたのか……オレ。



 ジャンヌもそれらに気づかなかったのだろうか?



 ジャンヌは吹く風に長い髪をなびかせている。金色の絹糸のようなその髪は受けた光を反射させながらキラキラと輝いていた。ただ立っているだけでも絵になるヤツだな。



 まるで妖精画の中から抜け出してきたみたいに現実感のないその姿に、暫し、心を奪われた。いや、オレ女には興味無いんだけどな。でもこれだけ綺麗だとさすがに……て、アレ?



 ジャンヌの横顔にオレの違和感センサーが反応した。



 髪に隠れていたジャンヌの左のこめかみ部分に何か黒っぽいものが浮かんでいる。これ、文字……か? 四字熟語か? 小さな漢字っぽいのが4つ、横一列に並んでいる。



 自分の身体に何か書いたのか? 身体に直接書くと文字が浮き上がるのか? てか、いつの間に、何を書いたんだ?



「ジャンヌ、そのこめかみの文字ってなに?」



 何気なく訊いてみたオレだったが、ジャンヌの表情はオレの想像以上の反応を示した。



「……見える、のか?」



 明らかに動揺している。



「ああ、なんか、※力※定って--」



 と、話している最中でジャンヌがオレの手を握ってきた。



 瞬時に心臓がトクンと跳ね上がった。いや、オレ本当に女には興味無いからな。無い……はずだ。



〈ヒサト、聞こえるか?〉



 頭の中でジャンヌの声がした。「なんだコレ?」とは思ったけど、とりあえず頭の中で『うん』と答えた。



〈『以心伝心』の指輪を作った。これからは手を繋げば二人だけの秘密の会話が可能だ〉



 いつの間にそんなもんを。



〈戦闘中だ。それより、ヒサトはボクのこの眼鏡が見えるのか?〉



 眼鏡? いや、文字だけしか見えんけど。



〈そうか……どうやら四字熟語は認識阻害の対象外らしいな〉



 認識阻害? 何のためにそんな物?



〈誰にも気づかれないためだ。ボクらはせっかく手に入れた力を簡単に制限を受けてパワーダウンされてしまうからな。だからその前に万物創生で創り出した『掛けていても誰にも気づかれない度なしの眼鏡』に『能力鑑定』の四字熟語を書き込んでおいた。これで後衛職に必須の仲間と敵の状況分析が可能になった〉



 それってオレの能力も分かるってことだよな?



〈ああ。たとえばボクの『瞬間転移』はキミの『瞬間移動』の3倍の30メートルの距離を跳べる。ただし、使用回数は1日に3回までだ。それに対してキミの跳躍距離は10メートル。だが使用回数は1日に10回まで、とかね〉



 じゃあ、オレの獣魔たちのクールタイムも見えてるのか?



〈ああ。まもなく鷹の爪が使用可能になることも把握している〉



 つまり、コンマ1秒単位のタイミングで連携することも出来るってことか。



 ん?『以心伝心』ってことは、もしかして逆にオレがジャンヌの能力を見ることも出来るのか?



〈そうだな。見えると思う〉



 早速、やってみた。



『四字熟語』(2/3)CTクールタイム24h



『筆速百倍』常時発動。



『万物創生』(0/1)CTクールタイム24h



『未来予知』LV.2(0/2)CTクールタイム24h

10秒間まで未来を知ることが出来る。



『完全回避』LV.1(1/1)CTクールタイム24h

全ての攻撃を回避出来る。



『無病息災』常時発動



『快適温度』常時発動



『無限収納』常時発動



『瞬間転移』LV.1(1/3)CTクールタイム24h

30メートル以内の任意の場所に転移出来る。



『空中歩行』LV.2(0/2)CTクールタイム24h

5秒間まで空中を歩ける。



 ジャンヌは結構能力を使っていた。



『未来予知』は既に使用済みで、次に使えるのは24時間後だった。よく見るとレベルが上がっている。限界まで使うと上がるのか。レベルが上がると使用回数も増えるみたいだ。



 いつ使ったのかを訊いてみたら『ライどん』が雷を落とす辺りからだそうだ。もしオレまで感電する未来が見えたら瞬間転移でオレをゴブリンから引き剥がすつもりだったらしい。考えなしに使ってすまんかった。



 あと『万物創生』が使えるのも24時間後になっている。制限がかかるまでは何個も作れたようだが制限後は1日に1個のみ。しかも一度創った物は二度と創れない。



『瞬間転移』は、あと1回。これも限界まで使えばレベルが上がるっぽい。



『空中歩行』は次に使えるのは24時間後。こちらもレベルアップの恩恵で使える回数が2回に増えている。



『完全回避』は未使用のまま。これも回数制限があり。1日に1回のみ。クールタイムは24時間。



 そして肝心の『四字熟語』は制限後は1日に3回まで。さっき『青天霹靂』を使ったからあと2回。このパワーダウンは痛い。



 オレのも見てみる。



『未来予測』LV.1(1/1)CTクールタイム24h

10秒間だけ未来を予測出来る。



『完全回復』LV.1(1/1)CTクールタイム24h

体力等を完全に回復出来る。



『完全防御』LV.1(1/1)CTクールタイム24h

攻撃を無効化出来る。



『武芸百般』常時発動



『先制攻撃』LV.1(1/1)CTクールタイム24h



『健康管理』常時発動



『快適体温』常時発動



『瞬間移動』LV.1(10/10)CTクールタイム24h

10メートル以内の任意の場所に瞬時に移動出来る。



『空中歩法』LV.1(1/1)CTクールタイム24h

5秒間だけ空中を歩ける。



 あたり前だけどオレの能力は獣魔以外は未使用だ。もっと効率良く使わないとな。



【武器破壊に成功しました】



 そんなことを考えていたら、頭の中に別の声が届いた。ジャンヌに撃たれた奴の声じゃない。もっと女性的で人工音声のような無機質な感じだ。



「支援ナビゲーターの声じゃ。随時必要な情報を届けてくれるぞい」



 キューちゃんの解説が入った。そういえばキューちゃんのこと忘れてたな。落雷には当たらなかったようでなにより。やはり味方には攻撃が通らないようだ。



 ゴブリンを見ると、手にしていた棍棒が縦に真っ二つに裂けて燃えている。いいぞ、このまま終わってくれ。



【いつまで寝とんのじゃ! このザコがぁッ!!】



 また頭の中で声がした。今度は撃たれた奴のだ。



【お前、一度も人間を襲ったことがないことを他のゴブリンたちにバカにされて悔しかったんとちゃうんかッ!! アイツらを見返してやるって誓ったんとちゃうんかッ!! ヘタレはやっぱヘタレのままなんかッ!! 今ここで根性見せんでいつ見せる気じゃッ!!】



 撃たれた奴がゴブリンを再び戦わせようと喝を入れている。余計なことを……。ジャンヌもそう思ったらしい。繋いだ手から不安が流れ込んできた。



「ぐぎゃぉおぉぉーーーーッ!!」



 ゴブリンが叫びながら上半身を起こした。拳を地面に叩きつけて腰を持ち上げようとしている。



〈ヒサト、あのゴブリン、オートヒールがかかっている。魔法防御と物理防御も格段に上がっている〉



〈なんだと! あの撃たれた奴の仕業か?!〉



〈……いや〉



 ジャンヌの表情が険しくなった。



〈残りの寿命を前借りをしているんだ。文字通り、命を燃やしている。さっきまでのゴブリンとは別物と考えたほうがいい〉



 ゴブリンの身体から炎が消えた。全身の火傷がまるで高速逆再生のように元に戻っていく。今まで与えたダメージが無かったことにされていく。



 観客が再び沸いた。この声援に背中を押させるわけにはいかない。出鼻を挫く。



「出でよ! 鷹の爪!」



 鷹の爪がゴブリンの顔面を襲った。3本のうちの2本がゴブリンの両目を縦に引き裂いた。ここからカプサイシンの追加効果で継続ダメージが入る。入っているはずなのに--。



 ゴブリンは呻き声一つあげなかった。両目をキツく閉じ、キバの生えた歯を食い縛り、必死に痛みに耐えている。そしてそのまま大地に立ち上がった。仁王立ちだ。強化されたのはフィジカルだけじゃない。絶対に負けない。負けられない。そんな覚悟が、痛いほど伝わってくる。



「……ジャンヌ。四字熟語を頼む」



 オレは繋いでいたジャンヌの手を離し、背中を向けた。



 皆まで言わなくとも、ジャンヌはその意味を正しく理解した。



「危険だ。直接身体に書くのは。衣服に書くのとはわけが違う。一度書いたら能力の上書きは出来ない。消すことも出来ない。どんな効果が現れるかも定かじゃない」



「構わねぇ!」



 オレはジャンヌを促した。



「ここで覚悟を決めなきゃアイツには絶対に勝てねぇ!」



「落ち着け。ボクの四字熟語で直接アイツを--」



「お前の能力はあと2回しか使えねぇ。その2回をアイツが耐え抜いたら、オレたちは詰む!」



 背中からジャンヌの躊躇いが伝わってくる。いや、これはそうさせているオレのせいだ。ジャンヌに責任を負わせるわけにはいかねぇ。



「『一騎当千』がいい」



 オレはジャンヌと違って四字熟語には詳しくない。強そうなのはこれくらいしか知らねぇ。でも、オレが自分自身で決めるのが肝心だ。ジャンヌはそれに従ったカタチにしたい。少しでも、ジャンヌの負担を減らすために。たとえそれが、どんな結末を迎えようとも。



 ゴブリンの両目が少しずつ開いてきた。もうすぐダメージが完全に回復する。



「オレたちはこんなところで終わらない! 頼む! ジャンヌ・バシュラール!!」



 息を飲む音が聴こえた。



「……了解した。我が、ジャンヌ・バシュラールの名において、盟友、犬飼イヌカイ陽里ヒサトにこの言葉を贈る!」



 ジャンヌの筆がオレの背中に疾った。



「『一騎当千』!!」



 燃えるような熱さが背中を突き抜け、胸の奥まで入り込んできた。まるで、その言葉を魂に刻みつけるかのように。

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小学生、異世界に行く。〜四字熟語と友達の輪で世界制覇〜 ◎◯ @niwakazuma

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