第4話 お前なぁ!

「やったか?!」



 矢を放ったジャンヌが天井を見つめ続けている。



 撃たれたであろう声の主は沈黙したままだ。



「何しとるんじゃあ! ヌシは! 面倒臭いことになるじゃろが!!」



 血相を変えたキューちゃんが背中の翼をバタつかせながら、ジャンヌの顔の前で抗議の声を上げたがジャンヌはこれを無視。天井から目を離さない。



 コイツがなんの理由もなくこんなことをするはずがない。必ず何か理由がある--と思いたい。そうだよな? 



【な、な、何すんじゃッ! このメスガキがァァーーーーッ! 残機1機減っちまっだろうがァァーーーーッ!!】



 天井から声がした。とりあえず生きているようだ。でも『残機』ってことは命がいくつもあるってことか? まあ1人分の命は失われたみたいだけどな。



 それを実行した張本人のジャンヌは、と見ると、天井からの抗議の声に「ああ」「そうだな」と生返事を返しながら、「入らないな」と開いたポシェットの中に弓を入れようとしていた。



 首を傾げたジャンヌは「収納」、「弓収納」と叫んだが弓はそのままだった。



「ふむ」と少し考えたジャンヌは「百発百中の弓、収納」と唱えた。するとジャンヌの左手にあった弓が忽然と姿を消した。



「なるほど」と頷いたジャンヌが再び「百発百中の弓」と唱えると、瞬時に左手に弓を戻していた。



「よし、理解完了、完全掌握!」



 と、また弓をポシェットにしまってこちらに輝くような笑顔を向けた。



「ヒサト、正確に名前を呼ばないと出し入れは出来ないみたいだ。きっとキミの獣魔召喚と理屈は同じだ」



 そう言ったジャンヌは今度はキューちゃんを見た。悪い顔をしている。



「収納、キューちゃん」



 ジャンヌがそう言った途端、キューちゃんの姿が消えた。ポシェットの中に収納された、のか?



 オレの心配をよそに、ジャンヌはポシェットを開けると中を覗き込み、「おお、いるいる。凍りついたみたいに動かない」と無邪気に喜んでいる。信じて……いいんだよな?



【無視してんじゃねぇぞッ! メスガキがァーーーーッ!!】



 天井からの声がさらにヒートアップしている。業を煮やすというやつだろうか。そりゃそうだよな。



 ジャンヌはキューちゃんをポシェットから出してやると、今度はキューちゃんの抗議を無視して、屈託のない笑顔で天井の声に答えた。



「ああ、すまない。いい機会だからラスボスっぽいのにもボクらの攻撃は効くかどうか試してみたくなってね」



【ざ、ざけんなッ、メスガキぁーーーーッ!! 残機無かったら死んでたぞ、ゴラぁッ!!!!

 女子小学生二人組だからってことで、チュートリアルにはまだ人を襲ったことのないゴブリンを用意してやったってのによォーーーーッ!!

 もう容赦せんぞォーーーーッ!!!!】



 なんか相当怒らせたみたいだが大丈夫か、これ?



「お、落ち着くんじゃ--って、待て、待て! まだ準備が--」



 キューちゃんが弁明っぽいことを始めたと思ったら、オレたちの足元が青色に光り出した。魔法陣だ。攻撃が来るのか?!



【覚悟せいやッ!! 今すぐ闘技場でブッ殺したらァァァァァァッ!!!!】



 その言葉と同時に部屋の中が青色の光に包まれた。



 その光が消えると--。



 オレたちは大歓声の中、砂地の上にいた。そこは刃牙の地下闘技場を学校のグラウンドくらいの広さにしたような場所だった。円形闘技場コロッセオってやつか?



 その周囲には5メートルくらいの高さの石壁が砂地をグルリと取り囲んでいて、その上にはスタジアムのような観客席が並んでいた。



 その席には様々な種類の異形の生命体がひしめきあっている。まるでそこだけスターウォーズの世界みたいで、オレは不思議な浮遊感を覚えた。浮き足立つってのはこういうことか。マズい、オレ、緊張してる。



『来たァァーーーーッ! まずは青コーナーから闘士の入場ですッ!! これは……魔法少女でしょうか? 人族の可愛らしい女の子二人組の登場だぁーーーーッ!!』



 耳をつんざくような、女の大きな声がした。遅れてそれ以上の大歓声がオレたちを包んだ。音の圧力に身も心も潰されそうだ。



 オレは視線をさまよわせ、逃げ道を探した。だが、門や扉の類は一切無く、オレたちをここに連れてきた魔法陣もとっくに消えていた。



「さっきの魔法陣は転移陣だったか。ヒサト、どうやらボクたちはここで見せ物になるらしい」



 ジャンヌは周囲を観察しながらそう言った。心のうちはどうあれ表面上は動揺とか緊張とかいった感情の揺れは全く見られない。なんでコイツはこんなにも落ち着いていられるんだ?



 足元に視線を移し、少しでも心を落ち着かせようと、何度も何度も確かめるように砂地を踏みしめた。



 感触は学校のグラウンドとさほど変わらない。これならいつも通りに動ける。が、靴先で掘った場所はちょっとすると元の平らな地面に戻った。自己修復能力でも付与されているらしい。



『おっとぉ! 赤コーナーにも動きが見えるぞ!』



 アナウンスの声に心臓が跳ね上がった。ジャンヌが興味深そうに真っ直ぐ前方を見ている。ゴクンとツバを飲み込む音が大きく聞こえた。ジャンヌのじゃない。オレのだ。



 オレも前を見た。20メートルくらい先の地面が赤く光り出している。きっとアレも転移陣だ。そして、赤い光に包まれた、猿のようなシルエットが顕れた。



「すまない、ヒサト」



 ジャンヌがこっちを見て申し訳なさそうな顔をした。



「ボクの落ち度だ」



 ジャンヌがさらに残念そうに顔を顰めた。



 やっぱり少しは罪悪感を抱いていたのか。さっきの態度は強がっていただけだったんだ。



 と、思ったオレがバカでした。



「せっかくのデビュー戦なのにいきなり魔法少女のコスチュームで出てしまった。先に言ってくれていたらここで二人揃って変身出来たのにな……」



「…………」



 オレは言葉を失った。頼もしいと言うか図太いと言うか。コイツ負けることなんてこれっぽっちも考えてない。悪いとかもこれっぽっちも思ってなさそうだ。



 オレがやや憤慨し始めたとき、赤い光が消えた。魔法陣も。そして体毛のない緑色のチンパンジーみたいな生き物が顕れた。やはりゴブリンだった。実物を見るのは初めてだけど、間違いないだろう。



 たぶんオレたちの身長よりも低い。100〜120センチくらいか? 装備は生ハムの原木みたいな棍棒と、皮でできてるっぽいオムツみたいなパンツのみだった。



(いける! 棍棒は重そうだけど、あのサイズならきっとオレの獣魔たちだけでも勝てる!)



 そう、ホッと息を吐いた途端、異変が起きた。歓声がだんだんと甲高いものに変わっていく。



「……ジャンヌ、アイツ、なんだか身体が大きくなってないか?」



 目を細めて前方を見るジャンヌが答えた。



「そのようだな。巨大化している」



 ゴブリンはどんどん大きくなった。それに合わせて棍棒とパンツも大きくなっていく。



 ようやくその変化が止まったのは大人の身長すら遥かに超えてからだった。



(デカいッ!!)



「「「「オオオオオオオオオオッ!!」」」」



 観客席から怒号に近い歓声が轟いた。急速に脳から血液が失われていくのが分かる。キーンと耳鳴りがしたあと、目の前が急に暗くなってきた。無理だ。あんなのに勝てるわけがない。



【どうだァーーーーーーーーッ!! 一時的にゴブリンキングに進化させたったわッ!! 身長4メートル。お前らの2倍以上の身長じゃボケぇーーーーッ!! ついでにお前らの能力にも制限かけといたからなッ!! 嬲られて嬲られて嬲り殺しにされて死ねぇッ!!!!】



 どこかから、オレたちをここに転移したヤツの声がした。頭の中に直接語りかけているらしく、今度はどこにいるのか見当もつかない。



「こ、これはいくらなんでもやり過ぎじゃろッ?!」



 キューちゃんが慌てて抗議した。



【ハァァァぁぁァァッ?! お前らが先にレギュレーション違反したんやろがッ!! これくらい当たり前やろが!!】



「キューちゃん。ゲートでここから出ることは可能か?」



 二人(?)の会話を無視して、ジャンヌがキューちゃんに訊いた。そうか、オレたちにはキューちゃんにはゲートがあるじゃねーか。だったらここから逃げることが出来る。ジャンヌはそれにとっくに気づいていたってことか! さすがジャンヌ!



 と、思ったのも束の間--。



「ダメじゃ。この地は制約により行動が制限されておる。この戦いが終わるまではここから出ることは適わぬ」



 ハァ?! じゃあ、アイツを倒さねーといけねーってのかよッ! あんな棍棒でぶん殴られたら一撃で地面の染みに変えられちまうわ! 終わってんじゃねーか!



 オレは絶望の念に囚われてた。なのに--。



「そうか」とジャンヌは平然と答えた。そして事もなげに言った。



「じゃあ、あいつを倒してからにするか」



 オレは自分の耳を疑った。思わずジャンヌを見る。



 そこには自信満々のジャンヌが笑みを浮かべていた。



「喜べ、ヒサト。観客席は満席だ。いつものゲーム実況通り、視聴者の皆さんを沸かせてやろう」


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