第3話 やったか?!
キューちゃんの開いたゲートを抜けると異世界だった。
と言っても、そこは森の中や草原やましてや街の中でもなかった。
今、オレ--
部屋といってもかなり広く体育館くらいの大きさだ。天井もそれなりに高い。
少々拍子抜けしたオレだったが、そんなことを全く気にもせず、さっきから何度も何度も何度も何度も変身を繰り返すヤツがいる。
「見ろッ、見ろッ、ヒサトッ! ボクは、魔法少女になったぞぉーーーーッ!!」
胸に大きな水色のリボンをつけたフリッフリの服を着たジャンヌは、何度目かの歓喜の叫び声をあげ、その場でクルクルと回り始めた。
そしてそのうち、回ったあとにピタッと止まりだした。どうやら『決めポーズ』の練習らしい。
白い手袋越しに握られた--まるで七五三のときの千歳飴のような--カラフルな魔法のステッキの先には習字で使うような筆先がついている。これで四字熟語を書いて戦うそうだ。
悠長に四字熟語を書いてる時間なんてあるのか? と訝しんだが、でかい魔法を撃つための溜め時間と考えれば有りっちゃ有りか。まあ、本人が満足してるならそれでいい。
「ヒサト、キミも回ってみろ。スカートが広がって面白いぞ」
オレの服はジャンヌがコーディネートしてくれた。ていうかされた。白を基調としたジャンヌのとは真逆で、チョーカーとバンダナカチューシャとポシェットの赤以外は全身黒で統一されている。魔法少女というよりも魔女みたいだ。宅急便的な。
「本当はもっと可愛い色がよかったんだが」とジャンヌは強くピンク色を推してきたが、それだけは嫌だと、断固として拒否した。「沽券に関わる」というやつだ。
「まあ、そのバトルドレスっぽいのも悪くはないがね。特に背中がセクシーだ」
オレの服の背中は大きく開いていた。オレはもう二度とロングヘアにする気なんて無ぇからずっとショートボブを通している。つまり、オレの背中を隠す物は何もない。大人が着ればさぞセクシーなことだろう。オレですまんな。
そして幾重にもスケスケのレースを重ねたスカート。その中は黒タイツにジャンヌと同じくふっくらとした黒いハーパンみたいな物を履いている。パンツを見られることを気にせずに戦えるだけでも気が楽だ。オレのパンツに需要があるかどうかは知らんけど。
「あるに決まっているだろう。スマホを持ち込めていたらシャッターチャンスを逃すつもりはないぞ」
ジャンヌはそう言いながら今度は不思議な踊りを踊り出した。どうした? MPでも枯渇したんか?
ジャンヌはやけにハイテンションだった。学校のときのクールバージョンのときとは比ぶべくもなく、オンラインゲームで『ポーちゃん』のときよりもさらにテンションが高い。異常なほどに。まるで--
ジャンヌをじっと見た。目と目が合った途端、恥ずかしそうに視線を外された。
そう、まるで……
人目を憚らずにギャン泣きした友人を気遣い、わざと道化を演じているかのように……
自分のほうがもっと恥ずかしい思いをしているぞ、とアピールしているかのように……
……なんてな。少し考え過ぎか。
「おーい、そろそろ説明を開始するぞい」
キューちゃんがオレたちに集合をかけた。職業や能力やらの解説をするそうだ。
「まず--」
と、妖精サイズの天使のキューちゃんはその小さく細い指を1本立てて言った。
「二人とも、ゲームのときの職業。それでいいんじゃな?」
オレとジャンヌは二人揃ってコクンと肯いた。
どうせ戦うなら慣れている職のほうが戦いやすいからな。しかし--
(本当に戦うんだな)
今さらながら緊張してきた。ジャンヌはどうか? とそちらを見ると「ワクワクが止まらない」といった表情。しかも僅かに微笑んでいる。
「……お前、なんか余裕って感じだな」
「ああ、余裕
お得意の四字熟語を口にしながらジャンヌはオレに向かって軽く曲げた拳を向けてきた。
「キミが、隣にいるんだから」
だろ? とウィンクまでしてくる。
……ったく。カッコよすぎだろ、コイツ。
「だな。任せとけ、相棒!」
「ああ、頼りにしてる」
そう言ってオレたちは拳と拳をコツンと合わせた。
「ヌシらはホントに仲がいいのぉ。そんじゃ、話を続けるぞい」
キューちゃんが言うにはオレは『獣魔使い
ゲーム内でのジャンヌは『呪符魔術』を使う呪術師だったが、この異世界では実際に四字熟語を書く必要がある。個人的には呪符のほうが早いと思うんだが、よっぽど四字熟語へのこだわりがあるんだろう。それとも他に理由でもあるんだろうか?
「そうそう、一度使った四字熟語は二度とは使えぬからのぉ。ちゃんと考えてから使うんじゃぞ」
「つまり、四字熟語を使えば使うほど使える手札が減っていくってことか」
「不服かぇ?」
「いや、それで構わない」
「あと、漢字を書き間違えても魔法は発動せんからの。あまり焦って書くでないぞい」
と、キューちゃんの説明はこのあとも長々と続いたが、まあ、まとめるとこんな感じだ。
◯呪術師は対象者や対象物に、書き込んだ四字熟語に由来する効果を付与する職業である。
◯一度使った四字熟語は二度と使えない。
◯一度書いた四字熟語は消せない。基本的には効果も消えない。
◯四字熟語は対象者及び対象物に一つしか書けない(付与の重ね掛け及び上書きは出来ない)。
◯現代兵器の名称を書いても無効。基本的には異世界の文明レベルにあった物しか顕現しない。
◯個人名等の固有名詞を書いてもその人物や対象物にはなれない。
◯同様に漫画等に出てくる技名を書いても無効。
◯書いた内容によってはLV制の導入や回数制限がかけられることもある。
◯四字熟語の本来の意味とは異なる解釈をする場合もある。
以上がジャンヌの能力だ。以下、オレの能力のまとめ。
◯獣魔使いは、屈服させた相手を『友達の輪』で仲間にすることが出来る。
◯友達の輪は破壊不能。
◯友達の輪をつけられた対象者は獣魔使いに逆らうことが出来ない。
◯普段使わない獣魔はポシェットの中に閉じ込めておける。
◯契約によっては獣魔自身の意思でポシェットへの出入りを自由に行うことが出来る。
と、まあこんなところだ。
「今回はオマケで3体の獣魔を使えるようにしておいたからの。上手く立ち回るがいい」
オレはポシェットを覗き込んでその3体の獣魔を確認した。なるほど、オレ好みのチョイスだ。キューちゃんはオレの配信動画の視聴者なのかもしれない。
ただ、世界を救うためならこんな制限をつける理由がわからない。わざわざオレたちに戦わせる理由も。
誰かに遠慮でもしているんだろうか?
「早速、能力を試してもいいかな?」
ジャンヌがキューちゃんに能力使用の許可を求めた。
「もちろんじゃ。早速試してみるがえぇ」
キューちゃんは気軽にOKを出した。
ジャンヌは大喜びで右手の手袋を外し、何やら書き込み始めた。えーと、なになに?
『筆速百倍』?!
その手袋を嵌めた途端、ジャンヌは口角を上げた。凄く、悪い顔をしている。
「たたたたたたたたたたたたたたッ!!」
奇妙な掛け声とともに、ジャンヌは自分の衣服に四字熟語を書き込み始めた。
◯左手袋(万物創生)
◯髪飾り(未来予知)
◯胸のリボン(完全回避)
◯上着(無病息災)
◯スカート(快適温度)
◯ポシェット(無限収納)
◯右靴(瞬間転移)
◯左靴(空中歩行)
1つを書くのに約0.1秒。驚くキューちゃんを尻目にあっという間に書き終えた。
ジャンヌの筆は止まらない。
今度はオレの衣装に断りもなく書き込んできた。
◯髪飾り(未来予測)
◯チョーカー(完全回復)
◯胸のリボン(完全防御)
◯右手袋(武芸百般)
◯左手袋(先制攻撃)
◯上着(健康管理)
◯スカート(快適体温)
◯右靴(瞬間移動)
◯左靴(空中歩法)
「ふぅ」とオレの服に書き終えたジャンヌは一仕事終えた感じで一息吐いた。
やり終えた感満載のジャンヌの顔は輝いて見えた。その時--
【ちょっと待てやコラーーーーーーーーーッ!!!!】
【そんなん卑怯やろーーーーーーーーーーーッ!!!!】
【レギュレーション違反やろがァーーーーーーーーーーッ!!!!】
と、天井の向こう側からまるで、ツイッターの馬路まんじ先生のようなリアクションがあった。
それに対してジャンヌは、
「弓と矢」
と、瞬時に左手から弓矢を出し、そして--
「たたッ!」
と、弓に『百発百中』、矢に『一撃必殺』と書き込んで矢をつがえ、天井に向かって弓を引き絞った。
「当たれぇーーーーッ!!」
放たれた矢は天井に刺さると思いきや、天井をすり抜けていった。
【ぎゃーーーーーーッ!!!!】
天井の向こう側から断末魔っぽい叫びが響いた。
「やったか?!」
ジャンヌが眉根を寄せて、天井を見つめた。
………………は?!
ちょッ! おまッ! 何やってんだよ?!
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