第2話 旅立ち
--合わせろ、トーちゃん!
--
--やったか?!
--フラグ立てんなよ、ポーちゃんw
オレ--
たとえそれがゲームの中とはいえ、そこには確かに友情と呼べるものがあった。その盟友とも言えるポーちゃんが--
「まさか、トーちゃんが隣のクラスのオレっ娘のキミだったとはね。
「ヒサ
ジャンヌは流暢な日本語を話す。なんでも3歳の頃からずっと日本に住んでいるって話だ。むしろフランス語のほうが苦手だと聞いた。外見は金髪碧眼の美少女だが、中身はほぼほぼ日本人だと考えていいかも知れない。
「そうか、すまない。ボクは人とあまり話
「話せない? ああ、お前いっつも囲まれてて近づけないもんな」
ジャンヌには女子たちで結成された親衛隊がいる。移動のたびにそいつらが鉄壁のガードで外敵の接近を防ぐ。ジャンヌに近づくには親衛隊長の許可が必要だ。姫か?
「ああ、迂闊に誰かに声を掛けようものならその子に迷惑が掛かってしまう。目線でも合おうものなら大騒ぎになる」
ジャンヌはそう言って整った眉根を寄せた。「悩みの種」みたいな表情だ。
「嫌なら嫌って言っちまえばいいじゃねーか」
「そう単純な話じゃない」
言いながらジャンヌは「よっ」とゲートをくぐり抜けてオレの部屋に入ってきた。
勝手にオレのベッドに腰掛け、後ろに手をつき、脚を組んだ。黒のワンピースのスカートから白くて長い脚が露わとなる。
学校のときと違って距離感近いな、コイツ。いや、ゲームの中でのポーちゃんはこんな感じか。だとしたらこっちのほうが素なんだろうな。
「相手からの愛情が深ければ深いほど、それが翻ったとき、同じだけの熱量の憎悪を向けられかねない」
胸の奥が「チクリ」と痛んだ。まるで古傷を突かれたみたいに。
「…………ああ、そうだな。その通りだ」
ジャンヌは一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐに話題を変えてきた。
「それよりも、ヒサト」
「ん?」
「キミが女子だったことでほぼ確定したであろう事実がある」
「事実?」
「ああ、女子2人に奇妙な生命体。ヒサト、どうやらボクたちは--」
ジャンヌは一旦言葉を止め、オレに目力を込めてきた。溜め攻撃でもする気か? 先を促す。
「ボクたちは?」
「魔法少女に選ばれたようだ!!」
「「…………は?」」
今まで沈黙していた妖精サイズの自称天使--『キュー』とリアクションが被った。何言ってんだ、コイツ。
言った本人は、まるで韓流スターの出待ちをしているオバさんたち並にむっちゃ目がキラキラしている。
「え……と、あ、うん……その通りじゃ! よく分かったのう!」
「やはりそうかぁッ!
ジャンヌは何度も飛び跳ねながらガッツポーズを繰り返した。昇龍拳か? コイツが動くと出来のいいCGにしか見えん。現実感が仕事してない。そして、コイツはもうダメだ。役に立たん。オレがしっかりしなきゃ。
「おい、クソ天使! お前さっきオレと一緒に『…………は?』って言ってただろうが! 調子合わせて適当なこと抜かしてんじゃねーぞッ!」
「ん? なんのことじゃ? ワシは最初からそのつもりじゃったぞい。名前だって『キューちゃん』じゃしの」
何がキューちゃんだ。その名前だってさっき適当に決めたんだろ。もっと強めにガツンと言ってやらんと。
「変身は? 変身は出来るんだろうね?!」
浮かれたジャンヌがオレを押し退けて口を挟んできた。お前は黙ってろ。学校のときのクールビューティーを少しは発揮しろ!
「き、決まっておろう。変身が出来なければ魔法少女とは言えんからのう」
「キターーッ!! あと、ボクは四字熟語を使って戦いたいのだが、可能か?」
「四字熟語じゃと? 何かこだわりがあるのかの?」
「あるとも! 人生で大事なことは全て四字熟語が教えてくれた。ボクは四字熟語ともに行きたいんだ!」
「う〜ん……制限はつくじゃろうが……ま、いいじゃろ」
「ヤッタぁーーーーッ!! キューちゃんありがとう!!!」
ジャンヌは満足したのかベッドの上に「パタン」と倒れた。余韻に浸っているのか、口元を緩ませてニヤニヤしている。このだらしない顔をスマホで撮影して親衛隊のやつらに見せてやりたい。
「で、ヌシはどんな能力が欲しいんじゃ。ある程度なら融通が利くぞい?」
「は? なに勝手に話進めてんだ」
「まあ、そう警戒するな。めでたく魔法少女が爆誕した祝いじゃ。今ならヌシが望んでいるものを一つ叶えると約束するぞい?」
一瞬、ママの顔が脳裏を過った。が--
「……いらねぇ。自分で何とかする」。甘言を振り切って拒絶した。コイツは胡散臭過ぎる。
「強情じゃのう。まあよい。特別サービスじゃ。遠慮なく受け取るがいい」
キューはそう言うと、両手を真横に伸ばし、頭と足を軸にクルクルと回り始めた。そのまま徐々に浮かび上がり、身体の輝きが増した。
そして、光が弾けた。
柔らかな光の波動が伝わってくるのが分かる。コイツが始めて本物の天使と思えた。
やがて光は弱まり、部屋の中に静寂が戻った。まるで、何事もなかったかのように。
しばらく呆けていると部屋のドアをノックする音が聞こえた。
弟の
「ヒサト、いないのー?」
ガチャリとドアの開く音がした。
「あら、学校のお友達?」
ジャンヌはいつの間にかベッドにキチンと座っていた。でも今はそんなことはどうでもいい。
「いつの間にいらしたの。なんて可愛らしい。いつもウチの子がお世話になってます」
ママとジャンヌがお辞儀をしあっている。ママが昔の--元気だったころのように振る舞っている。
「まあ、私ったらお茶も出さずに。紅茶でいいかしら。今すぐ淹れてくるから少しだけ待っててね」
オレは慌てて席を立った。「いいよ、ママ。家のことはオレが全部やるから。ちゃんと寝てなよ」
ママは呆れたようにオレを見た。もう、二度と見られないと思っていた顔だ。
「なに? お友達の前だからってカッコつけてるの? あなたはまだ子供なんだからそんなこと気にしなくていいの。そこで大人しく待ってなさい」
ママは「クスリ」と笑い、スリッパをパタパタ鳴らして階段を降りて行った。
それと入れ替わるように理音が部屋に飛び込んで来た。
「トーちゃん! ママが! ママが!! あ、こ、こんにちは」
ジャンヌに気づいた理音がお辞儀をした。そんな理音をオレは駆け寄り、抱きしめた。「うん。うん」。もうだめだ。理音の温もりの中で枯れていたはずの涙が溢れた。止まらない。腕の中で理音も泣きじゃくっている。
「どうじゃ、気に入ってくれたかの? とりあえずお試し期間は今日1日だけじゃが……」
キューがオレの耳元で囁いた。ママも理音も、キューにもゲートにも気づいていない。ジャンヌしか認識していないようだ。
コイツは胡散臭過ぎる。だけど--
それがどうした!!
「理音、ママのお手伝い、出来るか?」
理音は涙ながらにも健気に「うん」と返事をした。「よし、ママのこと頼んだぞ」。
オレは理音の背中を出来るだけ優しく押して、ママの下へ行くよう促した。
理音は部屋を出た廊下の途中で不意に止まった。振り返り、不安そうにオレの目を見た。
「……トーちゃん」
「どうした、理音」
「トーちゃんは、どこにも行かないよね?」
オレは胸が締め付けられる痛みを噛み殺し、出来る限りの笑顔で答えた。
「当たり前だろ。オレはこの家の『トーちゃん』なんだから」
こうしてオレたちは、異世界の地に立った。
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