第六章 いつまでも共に
人が隙を見せるときはどんな時だろうか。
寝ているとき?食事中?一人でいるとき?
それとも、愛しい存在に、会うときだろうか。
人が簡単に死ぬ瞬間を、見たのはそうないだろう。それでも日々の営みを繰り返すのは日常であるからこそ。
女王の執務室。いつもと変わらず、ルー、エル、ヴァネッサが其処に居た。
「皆さんには城の空き部屋を使ってもらっているけれど、過ごしにくくはないかしら……」
そう零す女王に、ルーが答える。
「まぁ、今まで住んでいた場所よりいい場所かと。野宿なんかよりはよっぽど」
「ルーチェ様!もう……私はお兄様にはもっといい部屋を使ってほしいし、仲間の方々も客間のほうが良いと言ったのだけれどね……」
上がいい顔をしなかったことと、兄本人であるスヴェンがやんわりと断ったと、スレイは首を振って言った。
「自由にしてもらいたくて、色々見まわって良い許可は出したのだけど……、城も、治安がいいとは……言えないわね」
しょんもりとするスレイの表情に、ルーは気にせず話を進める。
「気を付けてください。解毒剤もない今即効性のあるあの毒を摂取したらひとたまりもないですから」
「えぇ……でも……」
みんなで、お茶……しずらくなっちゃったわね、と寂しそうに零すスレイに、
「わ、私たちが淹れたお茶なら飲んでも大丈夫、だから……おひいさま、そんなに落ち込まないで……」
「そうですわ!私たちも淹れ方は学んでいますし、お茶会はできますわ!お茶菓子も町で買ってきたもので毒見済みなら大丈夫でしょうし!」
ヴァネッサとエルの言葉に、そうね、そうよね。うん、みんなでお茶しましょう。と微笑む女王に、手元の書類を纏めるルーがこちらに向かって声をかけてきた。
「エーリス。この書類を持って部屋に戻っていてくれ」
「猫なのに?」
こてん、と転がって見せる。
「人型になれるだろ。というかお前は人だろうが」
真横にどさりと置かれた書類に尻尾が埋もれた。
「ねぇ!尻尾!!尻尾埋もれた!」
「俺はちょっと会議室と図書館に寄って来る」
くるり、と扉に向って歩いていくルーチェの姿を眺めながら、書類の塔をそっと視界から外した。
重い書類を抱えながら、長い廊下を歩いていく。女王に一人になるな、と言われてはいたものの、この短時間で襲われることはまずないだろう、と高をくくっていたのもあるかもしれない。いつもの慣れ親しんだ道を歩き、ルーチェの自室が見え始めたころ、その部屋に入るルーの姿を見た。
「あれ、図書館と会議室に寄るのもう終わったのかな」
足を速め、部屋の扉に駆け寄って戸を開ければそこにはルーが居た。
「ルーのほうが早かったんだね、書類持ってきたよ」
その言葉に、微笑んで振り返り楽し気に口を開くと、それは女性の声だ。
「あぁ、上手く来てくれて助かりました。エーリス様」
「ルーじゃない……君が、ミーツェだね」
咄嗟に書類を彼に投げつけ、扉を開けようと向かうが戸は押されているように開かない。
カギはかかっていないはずなのに。
扉を叩き、ドアノブを捻りあけようとするが、扉は一向に開かない。
「お二方、そのまま扉を押さえていてくださいね」
そう扉の向こうに語り掛ける彼の姿をしたその人はナイフを構えていた。
「さようなら、エーリス様」
そういって振りかざしてくるナイフを腕で庇ってしまった。
そう、傷すら受けてはならなかったのに。
深い切り傷ができた腕を見る。
血が零れ落ちる、そこからぐるぐると熱が巡る。フラフラと本棚に寄り掛かって、倒れこむ。
ゴホッと咳をした瞬間、血が吐き出される。
自分の手を見る。指輪は、もう、ない。
ルーチェの姿をしたその人は、パチンっと目の前で指を鳴らし、姿がメイドの格好になると、彼女はこちらを向いてスカートを摘まみ上げてお辞儀をする。
軽く扉をノックして、開いた扉から出ていく彼女は満足げに微笑んでいた。
そう、少しして遠くからバタバタと走る音が聞こえてくる気がした。
「エーリス!!!!」
部屋に散乱した書類を遠くから見て血相を変えて走ってきたのだろう彼が、自分を抱え上げる。
「エーリス!しっかりしろ!!くそ、あの毒か……エーリス!!」
「はは、ルーの姿で、おびき出され、ちゃった……」
ゴホゴホと咳き込み血を吐く自分の姿を見たルーチェは、ぼたぼたと涙を零す。
「いやだ、やめてくれ、エーリス、エーリス……俺を置いていくな」
「るー、ごめんね」
その言葉を最後に力が入らなくなり、目を閉じた。
置いていく君が、少しでも寂しくありませんように、と。
手の中で零れ落ちる命を見たのは初めてだった。
愛する人を目の前で亡くしたのは初めてだった。
これほどまでに生きていたくないと思ったのも、初めてだった。
彼をベッドに寝かせる。まるで眠っているかのようなのに、彼が目覚めることはもうない。
「お前が居るから生きていて、お前が居るから前を向けた。なのだとしたら、お前が居なければ……俺は」
涙は枯れ果てたように、もう零れない。
机の引き出しからナイフを取り出す。刃物の扱いに慣れていなくても、どこに刃を滑らせれば人が死ぬかはわかる。
ベッドの傍らに跪き、彼を見下ろす。
ナイフを首筋に当て、ゆっくりと微笑む。
「大丈夫だ、すぐに、追い付く」
そのまま大きく手をスライドした。
夜。三階のバルコニーで食堂でもらった酒を二人で飲んでいた。
「やっぱ城の酒ってのもあって品質良いよな~~~アル」
ウィスキーにワインと様々な酒を分けてもらい、飲み明かしていたのだ。
城で過ごしてほしいと、二人で一部屋を当てられ、柔らかなベッドで眠るのもいいが体を動かすことに慣れている自分たちには聊か動き足りない。それをごまかす様にウィスキーを傾ける。
「ワリー飲みすぎるなよ」
「大丈夫だって、部屋までの道のりは覚えたし、この城も結構歩き回ったしさ」
ふいに、彼が、ん?と声を漏らす。その視線に合わせて階下の中庭を見れば、薄紫色のドレスの女性が、メイドに何かを振りかざされ、女性が倒れる。
その光景がスローモーションのように見えた。
「おい、アルあれって」
「女王と……あのメイドがスヴェンさんの言ってたミーツェさんの変わった姿、か?」
「あれまずいよな!?俺メイド追うから、女王サマを頼むぜ!」
バルコニーの塀に足をかけ、身を乗り出すワリーの姿に、おい!っと声をかけるがそのまま飛び降りていく、そのまま綺麗に着地をして走りさるメイドを追いかけるワリーに、
「ここ、三階だが……」
という言葉がぼそり、と漏れた。
「エーリスに、アサンドが自害、女王は軽傷だが薄く回った毒でベッドで療養か。ヴァネッサは中々一人になるとこを狙えなかったんだっけか、まぁエルリアが近くに居たらそうなるか……それで色々焦って手が出ちゃったか、ミーツェ」
紅茶のカップを傾け、ゆるりと口に触れ、一口飲む。
「今日の紅茶も美味しいね、ティリヌ」
「本当ですか?嬉しいです」
いつもティリヌは足りないことばかりですから、と続けようとする彼女の唇を人差し指で止める。
「ティリヌ、言っただろう?君は怠惰じゃないって。勤勉で真面目で、僕が好きな子だよ」
そういって、触れるように唇を重ねる。
唇を離せば、照れたように下を向く彼女を軽く抱きしめる。
「さぁ、ここからが頑張りどころ、かな……ティリヌ、最後までついてきてね」
「えぇ、最後まで、お供させてくださいませ」
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