第五章 毒を食らわば

毒。一般に、外来性物質で生体に毒性を示すものを毒と呼ぶ。 医薬も一種の毒である。 飲む毒を毒物。生物起源の毒を毒素と総称し、特に毒腺で作られる毒を毒液と呼んでいる。

「とまぁ、一般的に毒というのもいろいろあるけど、生物の生命活動に不都合を起こすものを毒と呼ぶ。それは君たちも知っているだろう?」

テーブルの上に小さな小瓶を置く、無色透明の液体が入っている小瓶はちゃぷん、と小さな音を立てた。

「この国にももちろん毒はある。この小瓶の中身は国に自生する毒草を煮詰めて醸造し抽出したもの。かなり毒性が強くそして、無味無臭。2滴入れれば人は確実に死ぬね」

この毒、最近ようやく完成したもので、裏に流通もしていないいわば秘薬の一種だ。と続け、とても楽しそうに語って見せる。

「所謂解毒薬が存在しない毒薬になる。それに治癒の力で毒が中和されないことも分かった」

紅茶のカップに口をつけ、一口飲む。つられて飲むティリヌに軽く微笑むと照れたように視線をそらされてしまった。

「ヴィクター様は殺したいほど騎士団や革命軍を憎んでいらっしゃるのですか?」

ティリヌの言葉に軽く肩をすくめて見せる。

「邪魔な障害、というかな。だって彼らが居たら、


あのリーダーも、女王も殺せないだろう?」

殺すタイミングは選ばなきゃならないとは思うけどね。そういいながら、小瓶を指先でつんっと突く。

「そういう契約だからね、でしょう?ミーツェ」

傍らに佇むメイドがふふ、と微笑んで見せる。

「アリアンヌと呼んでくださいまし。レリアント大臣様」

「ふふ、そうだったね。だって君からの申し出だったからね。女王の暗殺、は。まぁリーダーも、と付け加えられた時は驚いたけど、そんなに恨んでいたのかい?」

「許せないに決まってるじゃない。ただ何事もなく暖かく見守られてきたあの女王が、そしてその意思を完遂してくれないあのリーダーが。


私の、私のお腹の子は下ろさせられて、もう二度と私は子を望めない身体にさせられたのに。前王に手を出されただけ、私の身分がただ低すぎたから、それだけの理由で」

だから奪うの。奪われた分だけ、全部。と楽しそうに微笑んでみせる彼女に目を伏せて紅茶を飲んだ。

「食事の準備はアリアンヌに任せよう、君だからこそ混ぜやすいだろうからね」

小瓶を彼女に渡す。

「パール、ティリヌ、君たちは対象たちを呼び出してほしい。仲間だった君たちだからこそ、話に乗ってくれたりするだろうからね」


「僕たちは共犯者。僕は君たちを見捨てる気もなければ、沈みゆく先まで、一緒だよ」






貴族の動きがとたんに落ち着きを見せた。腐敗しきった貴族たちから大切な人を守るために手を汚したこともあるが、それを後悔したことはない。今日もただいつもの様に書類をまとめ、女王へと運んだあとだった。

「お時間よろしいですか?」

そう声をかけてきたのはティリヌ・トプソンだ。

「ティリヌ?珍しいね、君が声をかけてくるなんて」

女王に付いて行けないと、女王の元から離れたと聞いていたが、そんなことを気にしてないような素振りで彼女は言葉をつづけた。

「久々にお茶でもいかがですか?休憩にでもと思いまして。今何人かに声をかけてるんです」

ジル様もどうでしょう。と微笑む彼女にホッとしてしまったところがある。何も疑うことはない。彼女は彼女で変わらない、ただ上司を変えただけだろう。

「構わないよ」

「ではこちらへ」

そう案内された先は、裏庭に面しているバルコニーだ。先客が居るらしく、席についているのはエルリアとヴァネッサだ。パールに連れられてきたエーリスが

「あれ、ジルも呼ばれたんだ」

と、珍しく人の姿で書類を抱えたまま口を開く。

「ルーに書類持っていく予定だったんだけど会議長引いちゃってるみたいで、お茶しないってパールに誘われたんだ」

そういいながら席に着く彼と同じように近くの椅子を引いて座る。

パールとティリヌが席に着いたタイミングでメイドが手早くカップを並べ、ティーポットから紅茶を注ぐ。

柔らかな香りに瑞々しい柑橘の匂いからアールグレイだとわかる。

お茶請けにと並べられたクッキーがとてもいい香りだ。焼きたてなのだろう。

妹に持って帰ろう、と思いながらティーカップを持ち上げ、口元へと運ぶ。紅茶の澄んだ香りと温かさが心地よい。

エーリスも同じように口に運び、ひょいぱくとクッキーも口へ放りこむ。

エルリアも、

「訓練後で喉が渇いていたから丁度よかったですわ!……でも言いたいことはいろいろありますからね、パール様とティリヌ」

とカップに口をつけようとした瞬間だった。

ヴァネッサが、手でエルリアのカップを払いのける。

ガチャンと地面に落ちて割れたカップから紅茶が飛び出した。

「ヴ、ヴァネッサ?どうしたんですの?」

驚くエルリアをよそに、ヴァネッサはガタンっと席を立ちあがり青ざめた顔で口を開く。

「な、なんで。なんで?これ、毒草の匂いがするの?クッキーはちょっとわからないけど……でも紅茶は……」

毒草?その言葉に反応しようとした瞬間だった。

言葉より先に口から吐き出されたのは血だった。

「げほ、ごほっ、……げほ」

目の前が霞む、喉が苦しい。息がうまくできない。同じように咳き込んでいたエーリスの近くから何かが砕けるような割れるような音が響く。

「エーリスは大丈夫……?!」

「僕はもうなんともない、多分指輪が……それよりジルを!」

仲間が駆け寄ってくるのを椅子から崩れ落ちながら見つめる。一番自分を支えてくれているエルリアにしがみつき助けてと伸ばした手を握り締める。


ちがう、もうそんなことを言いたいんじゃない。

毒の魔法を使う自分がよく知ってるじゃないか。

身体に毒が回りきってしまった今、どうなるか、なんて。


「えるり、あ……」

「なんですの!?口を開かず!今薬をエーリス様に取ってきてもらえば……」

「いも、うと……妹を、頼む。僕の妹を……大切な、たった一人になってしまう、あの子を」

「待ってください……!そんなことを言わないで!ジル様!!ヴァネッサ!薬草は!?解毒薬はないんですの!?」

「この毒草自体、見つかったのは最近で、毒を作るにしてもこんなに強い毒性はなかったはずなの……だから、新しく作られた毒薬には薬がまだ間に合ってない……」

「そんな……」

悲痛な叫びのような声が、だんだんと遠く感じる。

吐き出す血の味もわからなくなってきた。霞む瞳に、仲間の姿が映らない。


「ごめん……」


その謝罪の言葉は、一人残してしまう、大切な君に。

そう、ゆっくりと瞼を閉じた。体が重い。もう、動きたくないほどに。







「パール、ティリヌ。君たちの目的はこれだったのかい?」

まったく慌てた素振りを見せなかった二人に、怒りを表すように言う。

「しりませんよ。私たちはただ、人を誘うように頼まれたこと。ただ、お茶を飲まなかっただけでそう言われるなんて」

心外ですね、なんて困ったように微笑むパール。

「そして何より、疑うのならあのメイドを疑うべきでしょう?」

もういませんけどね、と続けティリヌに声をかけ離れようとするパールの手を掴む。

「離してください、エーリス君」

「何でだ?一度は女王に忠誠を誓った君たちだろう!?」

「忠誠?」

その言葉に軽く鼻で笑い、手を払いのける。

「上辺だけの忠誠ならいくらでも。そんなこともわからず共に居たなんて、その程度の仲だったということですよ。私も、貴方も」

その言葉に、ぼろぼろと涙を流し、拭いながら叫ぶように口を開くエルリア。

「許しませんわ、……ジル様を犠牲にしたのも、姫様に偽りの忠誠を誓っていた、貴方達を!!」

「許さなくて結構ですね。元より仲良しこよしなんてつもりなかったものだから」

行きましょう、ティリヌ君。と先に歩いていくパールと、ちらりと後ろを振り軽く会釈をして去っていくティリヌを、眺めるしかなかった。


「でも、ヴァネッサはよく毒草だって判ったね」

「微かにだけど、独特の葉の匂いがしたから……でもここまでの毒は今まで見たことがない、無味無臭といっても良いくらい……。本当に気づけたのは運が良かっただけ……こんな丁寧に作られた毒、初めて見たもの……」

「因みになんだけど、もし、次があってもヴァネッサはこの毒が見抜けるってこと?」

「ううん」

首を振る彼女は言葉をつづける。

「もしもっと紅茶が濃かったら気づかなかったし、本当に運が良かっただけなの……だから、もし次があったら気づけるかはわからない……」

ここに呼ばれたのが、おひいさまじゃなくて良かったなんて……思ってしまうくらいに。と続けるヴァネッサは涙をこぼす。

「もっと早くに気づけば、ジルだって、助かったかもしれないのに……」

その言葉が重くのしかかる。自分ですら指輪で助かっただけの命だ。もしこれがなかったら、ルーと契約をしていなかったらと考えると血の気が引く。

「とにかくここからジルを運ぼう」

まだ温かさの残る彼を横抱きに抱え上げるエルリアは、ぼろぼろと涙を零した。

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