第四章 分かり合えても失うもの
暗い牢獄。地下牢であり、湿っぽい空気、何処かかび臭いにおいと所々に置いてあるランタンの明かりのみが辺りを照らしていた。
その場にいるのは、女王を刺した男。椅子に括り付けられ、こちらを楽し気に見ている男で服装はいたって普通の庶民の服だ。その男の前に立つのはルーチェと、男を捕まえたエルリア。
ルーチェは冷たい目で、男を見下ろした。
「早く吐け。お前の後ろには誰が居る?」
その言葉に男はおどけたように首をかしげて見せる。
「さっきから言ってるだろ、宰相様よぉ……。俺を動かしたのは貴族様多数の意見だって」
「その貴族多数を動かしているトップは誰だって聞いているんだ」
「いやあ、わかるだろう?宰相様も。あんな女王に付いて行っちゃダメな世になるってさぁ……女王を憎む奴なんて、沢山いるんだぜ?まぁ言いなりのお人形様であったなら憎まれなかったろうがよ」
その言葉にエルリアが、男の首すれすれに大剣を壁に突き刺す。
「……姫様の、お前に姫様の何がわかるっていうんです!!?」
「おお、怖いな。騎士団ってのはそんなに血の気の多いやつしかいねぇのか?」
ケラケラと笑いながら、男は口を開いた。
「じゃあさ、俺が上の秘密を話す代わりに、俺を逃がしてくれよ」
な?良いだろ?と言う男にエルリアはルーチェを見る。
ルーチェは苦々しい顔をしたまま、小さく、
「言ってみろ。内容次第では考える」
その言葉に、男は、そうこなくちゃぁな!と元気に答えた。
「あのな、俺たちのトップは……」
次の音が、喉から、口から零れ落ちる瞬間だった。
空気が一瞬で凍るかのように。男の足元から生えた氷柱が、男の心臓と喉を貫く。
「が……は……」
血を吐き、氷柱から赤い液体が伝う。
確実な一撃であり、殺すための明確なる殺意を持った攻撃。
こつん、こつんと革靴が、階段を下りる音が地下牢に響いた。
「アサンド様、ダメでしょう?そんな下衆な輩の口に乗っては」
「レリアント……貴様……ッ」
ルーチェは現れたヴィクターの胸倉を掴む。少し驚いたような表情をしたかと思えば、すぐに微笑んで見せるヴィクター。
「なんです?当然でしょう?陛下を害した者ですよ、一度の処刑じゃ足りないくらいです」
「情報が聞き出せたやもしれない相手だったんだ!それをお前は!」
「『宰相様』が下衆な庶民の、それも暗殺者の言葉を信じるのは、如何なものでしょうか」
「……くっ…」
パッと離された手にヴィクターは右手で軽く胸元を整える。
青い水晶のついた杖を付きながら男の遺体へと歩み寄る。
「これの処分はこちらで片付けましょう。良いですね、アサンド様」
「……エルリア、帰るぞ」
「え、ええ……わかりましたわ」
ルーチェに付いて行くように小走りに後を追うエルリアを眺めながら、ヴィクターは一人、誰もいなくなった地下牢で男の死体を見下ろす。
「困るんだよ。その口の軽さはね」
「お、おひいさま……や、やっぱり止めない?」
不安そうに見下ろしてくる彼女の頬に手を当てて微笑む。
「大丈夫よ!怪我はないし、それに会うタイミングをみすみす逃したくはないから……」
クローゼットに入っているドレスをあれでもないこれでもないと服を引っ張り出してはしまいなおしている私に、でも、と不安げに瞳を揺らすヴァネッサ。
彼女が心配するのも無理もない。少し前に腹部を刺され大怪我を負った。しかしそれは、ヴァネッサとの指輪のおかげで傷を癒してくれていた。その指輪はもうないのだが、私の左手薬指には、彼女が贈ってくれた指輪がキラリと光っている。紫を帯びた濃い桃色の石と、両サイドに薄い桃色の小さな宝石が輝く、綺麗なデザインの指輪だ。
「この指輪に似合う、あんまり目立たなくて……でもせっかくのお兄様との出会いだし……綺麗めなドレス……」
夜に会うのだから、白では目立ちすぎる。かといっていつもの紫のドレスじゃダメな気がする。
「うーん……あっ!」
箱にしまっておいた薄ピンクのドレスに透け感のある生地で出来た薄い紫のカーディガンを引っ張り出す。
「ヴァネッサの色がいいわ!うん!これにする!」
だって、ヴァネッサが守ってくれるみたいだし!と微笑めば、彼女は
「守る。絶対に」
と真っすぐな瞳を向けてくれた。その言葉に頷いて、外を眺める。
「事前にみんなには伝えてあるから、待ち合わせ時間までお茶しましょう!あ、アサンド様のほうはもう終わったかしら……エルリア姉様もお茶に呼びましょ!」
彼女の手を引いて部屋から出る。不安はあれど、兄に会うことへの弾む心は止められなかった。
教会近くの森、廃墟となった屋敷が建っており、人が隠れるにはもってこいの場所。
空には暗い雲がかかり、月を隠していた。僅かに差し込む月明りと、ここに入ってくるときに持ち込んだランタンの明かりのみがそこにあった。
廃墟の屋敷は二階建てだが、階段がつぶれているため、必然的に一階での待ち合わせになる。
壁に寄り掛かるように立つ俺の近くに立つルーベル。ウォレスとアルバートは廃墟を見回しており、少し楽し気にみえる。入り口近くに居るクレイヴはジルベスターの傍におり、ぶんぶんと尻尾を振っていた。
そんな中に、遠くからランタンの明かりがチラチラと見える。徐々に近づいてくるそれは、壊れた扉から何人かの人影と一緒に入ってくる。
「……女王で間違いないか」
「はい。スレイ・ルージェンです。貴方が革命軍のリーダー、スヴェンですね」
薄ピンクのドレスを身にまとい、軽くドレスの裾を摘まみ上げてお辞儀する彼女の姿はとても絵になる。
「話し合いに応じてくれて感謝する」
「いえ、こちらこそ、直接会ってくださり感謝します」
その言葉は本心からのものであり、優しさが感じられた。
「王国騎士団は全員来ていないようだな」
「えぇ、皆に話をし、来るかどうかは各々の判断に任せました。少なくとも話し合いの大本は私が来ることで解決するので」
「それもそうだな……」
と、ちらりと宰相の方を見つつ女王へと向き直る。
「女王に問いたい。この国をどうしたいかを」
その言葉に彼女は頷き、胸に手を当てて答えた。
「変えなければならないものが多くある国だと、考えております。現状、私の力では到底できないことも多くあることを知っています。現に貴族院の方の影響力が大きく、国法を変えることはすぐにできないというのが私の力です。ですから、民意の力を持つ、革命軍に協力を仰ぎたいと考えています」
「確かに民の意見を取りまとめるのは俺たちがしやすいだろうな」
「私は簡単に国を捨て、どうなってもいいとは思っていません。王族としてすべきことをし、成せる政治をする。私にできうる、この国を愛するゆえの民たちの住みやすい国にしたいと、そう考えています」
「……まぁ、理想的ではあるが、理想……だな。夢物語のように甘い」
「はい、そう思われても仕方ありません。ですが、我々が争うのではなく、手を繋ぎあえる関係であればまた変わると思うのです」
だから、
「私とともに、この国を立て直しを、してくれませんでしょうか」
その言葉に反応しようと口を開いた瞬間だった。
ドン、と大きな音が響く。ぐらりと振動で揺れる地面に体勢を崩す。
目の前の女王が、倒れこみそうになるのを、王国騎士のブロッサムが支える。
「なんだ何事だ!」
声を張り上げた瞬間に、がらりと、崩れ落ちてくる天井に視線を移す。
真上から、瓦礫が落ちてきている。元々崩れかけだった廃墟の屋敷が本格的に壊れていく。
逃げるには間に合わない。位置的に、奥にいた革命軍だけが巻き込まれる形になってしまった。
ガラガラと落ちてくる石でできた瓦礫、押しつぶされる。
そう必然的に思った瞬間だった。
俺を抱きしめ庇うようにしたルーベルが眼前に飛び込んでくる。
パキン、と何かが砕けた音がした。
瓦礫の落ちた衝撃で土煙が上る。ようやく辺りが見えるようになれば、目の前には瓦礫の山が積みあがっていた。
「あ、あ……い、いや……お兄様……いやっ」
崩れ落ちそうになるのをヴァネッサが必死に抱き留めてくれている。
「落ち着くんだ!今駆け寄っても危ないだろう?」
「だって、お、お兄様が……ッ」
涙を流しながらブンブンと顔を振る私の背をトンと叩いて落ち着かせてくれる。
そのときだ、がらり、と瓦礫の中から重い石を押し上げるようにして咳き込みながら出てくる姿が見えた。
「げほ……おまじないもしておくものだな……」
「いやホント、坊ちゃんと心中しちゃったかと思っちゃった」
「アルバート、ウォレスも無事だな?」
と声をかけるスヴェンに、近くの瓦礫を押し上げて出てくる二人。
「大将らのおまじない?のおかげで助かったな」
「半円形の薄い壁が出た時は驚いたが……」
「ルーベル、ネックレスはどうなった?」
「んー?あ、なんか砕けちゃったみたイ?」
「そうか」
じゃあ俺の分を大事にしないとな、と言う彼と視線がかち合う。
「女王、悪い知らせだが。……敵に囲まれたな」
その言葉にえ、っと唖然とする女王をよそに、唯一の出入り口である扉を見る。
近くに居たジルベスターが外を覗き込んだ時だ。
彼は咄嗟に身を引いたが、肩を深く矢が切り込んでいった。
「押さえられていますね……実質の籠城戦かと」
「くそ……警戒すべきだったな……」
女王に向き直り、口を開いた。
「俺は行き先を誰にも告げず、付いてくるかの確認だけした。つまり、だ。
女王、お前の方から敵に情報が洩れている」
その言葉に息を飲む女王は混乱してるように瞳を揺らした。
「え、そんな……はずは……」
「今はそんなことは良い、とにかく生きて出ることが重要だ。
扉がだめなら窓から出るぞ。左右両方から同時に飛び出す。対応するにしても半分ずつで敵が分かれるはずだから生存率も上がるだろう。城側に近いほうから女王たちは出ろ。逆は俺らだ」
「ご、めんなさい……私……」
「姫様、今は生きて帰ることを考えましょう。また話し合いは用心して別の日取りとすればいいのですわ」
そう元気づけるエクイセタムの言葉に頷く。
「あぁ、また会ってやる、だから生きて帰るぞ」
「……わかりました」
そう頷く女王を見てから、革命軍に視線を移す。
「クレイヴは一番最初に窓から飛び出して敵をかく乱しろ。ジルヴェスターを守るようにウォレスとアルバート、ルーベル、最後にしんがりは俺だ」
異議を唱えようとするメンバーに、自分のネックレスを指で弾いて見せる。
「死ぬ気はない。安心しろ」
「こちらも出る順番を決めないと……」
その言葉に今まで黙っていたルーチェが口を開く。
「陛下はエーリスと共に先に走ってください。ヴァネッサはそれに続いて。エルリアは俺と一緒にしんがりを頼む」
「ルーがしんがり!?足遅いのに!?」
「俺がしんがりじゃないとこの森半分くらい燃やすからな、もっと危なくなるぞ」
「燃やす気!???」
「必要被害だ」
騒いでいる二人をよそに、決心した顔で言葉を紡ぐ。
「とにかく、みんなで生きて帰りましょう」
作戦は上手くいった。そう、二手に分かれることが功を奏したのだ。
だが、被害がなかったわけではなかった。
道中で足取りが遅くなったジルヴェスターが地面に崩れ落ちたのだ。
魔法で自然治癒能力が高いはずのジルヴェスターが、肩で息をし、ゲホッと血を吐いた。
彼は必然的にわかってしまった。
射られた矢に、毒が塗ってあったことを。
即効性のある毒は、動いたことで回りが早くなる。
胸元を掴み、苦し気に息を吐く。
「ジルヴェスター!どうした!」
しんがりをしていたスヴェンが追い付いてジルヴェスターを支えるが、彼は首を小さく振って微笑むだけだ。
「貴方は貴方の信じる道を、進んでください」
そう言う彼にスヴェンは顔を青くする。
「おい、待て。俺の前で死ぬ気じゃないだろうな!?」
許さない、とスヴェンは言い放とうとしたが、ジルヴェスターはまた咳き込み血を吐いた。
追っ手は迫ってきている。
「行ってください」
「ふざけるな」
「止まらず、行ってください。貴方は止まっては駄目です」
そう背を押されたスヴェンは止まることができなかった。そのまま走り抜け、彼を置いていくことになったとしても。
ジルヴェスターは、近くに落ちていた身の丈ほどの棒を手に取り、追っ手に向き直る。
「こんな身でも、時間稼ぎはできるでしょう」
そう、言う彼に向ってまた、沢山の矢が放たれた。
「どうなったかなぁ。どう思う?ティリヌ」
城のバルコニーにあるテーブル席に座り、城下町を見下ろしながら、紅茶を嗜む。
同じように紅茶を飲むパールと、紅茶のお代わりのポットを持っていたティリヌは小さく首をかしげてみせる。
「どうでしょう……戦闘力は申し分のない方々ですから」
「パールはどう思う?」
「さぁ?どうでしょうね」
「食えないなぁ、君は」
苦笑しながらも楽しそうに笑う。
「少しでも何かしらの戦力が削げていたら、いいんだけど、ね」
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