第三章 紅く、紅く

白猫の持ってきた手紙を読みながら頬杖をつく。何度か繰り返し行われた手紙の内容には民を思う心、どうしても力が及ばないことが書かれていた。女王からの手紙。それには、元気にしているか、体調は変わりないか、今までどう過ごしていたかなど当たり障りのないことも書かれていた。まるで、

「家族からの、手紙のようだ」

国を動かす彼女の理想。それは本当に砂糖菓子のように甘く優しいもの。彼女が繰り返し書いている言葉が一つあった、それは。

『会って、話したいことがある』

相手が革命軍のリーダーだと知っていて書かれた内容に目を細める。

「ルーベル」

扉の方に向かって声をかければ彼がすぐに入ってくる。

「何?坊っちゃん呼んだァ?どうしたの?悩み事?俺ちゃん何でも聞くよ?」

「もし、もしもな。女王が討つべき相手じゃないとしたら……どうする?」

ベッドに腰掛け、隣に座るルーベルの肩に凭れ掛かる。

「革命活動を辞めるってことォ?」

「いや、女王がいうには協力者……手を組まないか、という提案だな。断罪すべき者は断罪すべきだと、そう告げてはいたから……単純に、革命軍ごと、取り込もう、って考え、だろう」

「で、坊っちゃんはどうしたいわけ?そこじゃなイ?」

「俺は……わからない。俺は……王家は悪だと……そう考えて、今まで生きてきて、俺は……

……ルーベル、俺、女王に直接会って話してみようと思う。俺の思う、考えていた王族かどうかを……だから」

「良いんじゃない?俺ちゃんも付いていくし」

「あぁ、ありがとう、ルーベル」

憑き物が落ちたように笑う。二人の首には同じネックレスがかかっていた。




「んーと……この辺だと思うのだけど……」

王国の蔵書室。王族と限られた人にしか入れない場所は少し埃っぽく薄暗い。

ヴァネッサの使い魔である小さな桜色の可愛らしい二匹も書物を探すようにぴょんぴょんと跳ねていた。

「チアとルナも探してくれてるのね、ふふ、ありがとう」

桃色の妖精のようなその子らは嬉しそうに小さな尻尾をふりふりと振る。

「陛下、ありそうかい?」

後ろからついてきてくれたヴァネッサが後ろから覗き込む。

「暫く入ってなかったし、あまり見ていなかったから覚えて無くて……」

一つ一つ書物を取ってはパラパラと捲る。王女だった私は入らなくて良い、とお父様に言われて入ることもなかった部屋だ。知らないことが、多すぎる。着飾り、お人形のように育てられてきた私に人がついてこないのはそういうことなのだろう。

「あ、あった!」

古い書物の一冊に書かれていたのは母の名前。パラパラと頁を捲れば民の税を下げるための政策が書かれていたが、保留の判が押されていた。

「どうしてお父様は保留にしたのかしら……でもこれを元にまた政策を作れば今度は行けるかもしれないわよね」

「あったかい?じゃあ戻ろうか」

「えぇ!そうだ、ヴァネッサ、城下町に行く服なのだけど選んでくれる?」

「勿論だよ」

本を抱きかかえヴァネッサの手を握る。その左手の薬指には指輪が煌めいていた。




「随分と賑わってるな」

「やっぱ祭りだからってのもあるんだろうなぁ」

賑わう城下町は人だかりが多く、あちらこちらで呼び込みの声もしていた。

出店を見ながら、人を避けて歩く。祭り特有の食べ物の匂いに僅かに腹が鳴る。

「アル!あそこ肉売ってるぜ!串焼き美味そうだな……買ってくか!」

「ワリ―あんまり急ぐな、人にぶつかるだろ」

店の店主に金を渡し、二本の串焼きを受け取る。片方をアルバートに手渡した。

「ほら、食うだろ?」

「あぁ、貰う」

一口食べてみると程よく塩味の付いた柔らかい肉だ。酒と一緒だったら尚更良いなと思いながら食べ歩く。

「結構美味いなこれ」

「だよな!あとでまた買うか?ほら、土産に」

「あぁ、そうだな。エリザも喜ぶだろう」

微笑むアルバートを見てにっかりと笑う。

「大将の計画までには時間があるし、他にも土産見に行こうぜ!お、ほら、あそこアクセサリー屋だ!」

「だから待てってワリ―!」

アルバートの手を引いて店の前に行く。庶民でも手を出しやすい小さな宝石に似た石の付いたネックレスやブレスレット、髪飾りがあった。

「結構いろいろあるんだな……」

「エリザちゃんどういうのが好きとかあるのか?」

「どうだろうな……何でも喜びそうだけどな」

店主が気づいたように声をかけてきた。

「おや、何か捜し物ですか?」

「あぁ、いや……女の子の、贈り物なんだが」

「でしたらこのようなものはどうでしょう?」

出されたのは淡紅色と緑色の石が組み合わされたネックレスだ。

「成長しても付けれますし、お二人からのプレゼントだと分かる瞳の色合いと、傷の入りにくい長持ちする加工もしてありますのでオススメですよ」

にっこり笑う店主にまじまじとネックレスを見てみる。たしかに可愛らしいデザインで年齢問わず付けられそうだ。

「じゃあ、これを」

「はい、ありがとうございます」

ラッピングはサービスしておきますね、と店主がにこりと笑う。

丁寧に可愛らしいピンクの紙と緑のリボンで包まれたそれを受け取りお金を渡した。

「いい買い物出来て良かったなアル!」

「あぁ、喜んでもらえるといいんだが」

「喜ぶって絶対に!」

アルバートの肩を抱き寄せ笑う。賑やかな街の中を二人で歩いていった。




「……無理。もう無理」

クレイヴソリッシュの上でしがみついて路地裏に居るレネに困ったように首を傾げる。

「困りましたね……ここまでとは……」

城下町の人の量にレネがギブアップしたのだ。

「これで計画の時間まで待機……?無理です帰ります」

「かえるー?走って帰ろうかー?」

クレイヴソリッシュが尻尾をふりふりとしながら聞いてくる。

「まぁ、無理にとは行きませんからね。レネさんの体調が悪いなら引き上げましょうか」

「ありがとう……眼鏡の人」

「いえいえ、お気になさらず」

周りを見る、出店の量もさることながら人の多さも中々だ。

「何か飲み物でも買ってきましょうか」

「え、あ……すみません……」

その場を離れ、飲み物を探し歩く。すぐにフルーツジュースがある店が見つかり代金を渡して戻ろうとする、そのときだ。

真っ白な髪を上に結い上げ、ポニーテールにした女性とすれ違う。町娘のような格好をしているが目を引く白髪に思わず足が止まった。

「……?どこかで、見たような……?」

気の所為でしょうか、と向き直り路地裏へと向かった。



慣れ親しんだ城。何も変わらないこの場所。そう、私は昔、ここに居た。

メイドの姿で、空色の瞳、茶髪の長い髪を揺らして歩く。作りも何もかもが変わっていない。食器の配置も、薬の場所も、食材の場所、図書館の本、会議室に、宰相や大臣、女王の執務室も、そして彼女の部屋も。掃除と称して宰相の部屋に入りパーティの招待客名簿も書き換えた。招待状はすぐに送られるはずだからまだ間に合うだろう。

慣れたように歩き、庭に出て少し離れた場所にある場所へ向かう。

そこは、王族が眠る墓地だった。墓石に刻まれた前国王陛下と女王陛下の名前を見下ろす。

「……、懐かしいわね……陛下」

墓石の前には綺麗な花が添えられており、毎日誰かが替えているのだろう。かの女王だろうか。

その花をぐしゃり、と踏みにじる。

「忌々しい……あぁ、本当に……」

憎しみを込めて踏んだ花は花びらが散り、茎も折れてしまっていた。

踵を返し、城へと戻る。

この憎しみは消えることはない。

絶対に。

「アリアンヌ!此処に居たの?洗濯物が多いから手伝って頂戴!」

遠くからかけられた声に笑顔を浮かべて向かう。

「はぁい!今行くわ!」

ふわりとロングスカートのメイド服を翻して墓地から去る。

さぁ、今日も働かなくちゃ。

そう、私の望みを叶えるためにも。




「見て!ヴァネッサ!エルリア姉様!お店がこんなにいっぱい!」

真っ白な髪をポニーテールにして、ピンクのリボンで結び、質素なワンピース姿で辺りを見る。

「えぇ、スレイ。そんなにはしゃいだら人にぶつかってしまいましてよ」

「エリ―……エルリア嬢の言う通りだ」

嗜めるように言いながらも微笑ましく見てくれる二人により一層の笑顔で答える。

「だって中々来れないんですもの!それに、前回はお祭りが無かったし、今回は久々なのよ!」

フルーツジュース、アクセサリー、食器に、骨董品、他国の品、綺麗な布、お肉や魚、飴細工と多種多様の出店に目移りしてしまう。

「わぁ、何から見ようかしら」

「時間は沢山有るのだからゆっくり見ていきませんこと?」

「そうだね、そのために仕事も終わらせてきたんだから」

そう言ってくれる二人と共に出店を一つずつゆっくり見て回った。

そうだ、と思い出したように声を出す。

「聞いて!私すごくいい事があったの!」

「何だい?」

「あら、何かしら」

「あのね!お兄様が、直接会いたいって言ってくださったの!

お手紙でなんだけど、ずっと私が会いたいって書いてたから、やっとなのだけれどね」

すごく嬉しくてたまらなかったの、ずっと、ずっと会いたかったから。と僅かに涙を浮かべて笑う。二人もそれは良かったと言ってくれた。

「でも会う時はついて行かせてもらうからね」

「えぇ、スレイを一人では行かせられませんわ」

「えぇ!分かってるわ!でもすごく楽しみなの!」

クルリとその場で回った後、次の出店へ向かおうとした時だった。

ドンッと男性にぶつかってしまう。

前を見ていたのだけれど人が多かったからだろうか。

「きゃっ、あ、ごめんなさ…………」


「……、え……?」



ぶつかった衝撃とともに走る鈍痛。喉からこみ上げる物をゲホッと吐き出せば、それは赤く。

赤い、鉄臭い、それは。

視線を痛みの走る腹部へ移せば、そこには深々と大きなナイフが刺さっていた。

白いワンピースがジワジワと赤く染まっていく。

太い血管を、臓器を傷つけられたのだろう、流れ出る血は多く。

抜き取られたナイフを持ったまま男は笑みを浮かべる。

「っは!ざまぁみろ」

すれ違いざまに言われ、走って逃げる男の姿に、朦朧とする意識に私はガクンっと膝から崩れ落ちた。

「陛下ッ!!!!」

「スレイ!!!!!」

二人の叫ぶ声が遠くで聞こえる。周りの人も気づいたように悲鳴が上がっていた。

「エルリア嬢!男の方を!」

「えぇ!絶対に捕まえますわ!」

剣を構え走り去るエルリア姉様を見ながら、自らの左手の薬指を見る。

あぁ、せっかくのお祭り、私が台無しに、しちゃったな。

指輪が強く光り、パキンッと割れる。

薄い緑色の光は腹部を滑るように纏ったかと思えば、傷は跡形もなく消えていた。

「せっかくの……ヴァネッサとの、結婚指輪みたいで、嬉しかったのに……なぁ……」

「陛下、今はそんなことより早く城に」

「ねぇ、ヴァネッサ……私……


こんなに、恨まれるようなこと……しちゃったの、かなぁ。

私じゃ……だめ、なのかしら、ねぇ……ヴァネッサ……わたしって……わるい、子?」

ぽたり、ぽたりと目から涙がこぼれ落ちる。

「ごめんなさい、ごめんなさい、わたしが……私が不甲斐ないから……ごめんなさい、お父様……お母様……………ひ、う……ぅう……おにい、さまぁ……」

赤く血濡れたワンピースを隠すように抱きかかえて城へと向かうヴァネッサの胸元を、涙で濡らしていた。

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