第二章 毒はジワジワと国を蝕む
「ルー、寝なくていいの?」
書類を見ながらベッドに腰掛けている俺に、珍しく人の姿のまま紅茶を持ってくるエーリス。
ありがとう、とそのカップを受取り、一口飲んでからサイドテーブルに置いた。
左手薬指には指輪が嵌っており、エーリスも同じ指輪をしているだろう。大怪我をしてから心配してか、彼は騎士の誓いを申し出てくれた。まぁ文官の自分がまさか大怪我するなんて自分でも思っては見なかったのだが。
「少し、調べ事があってな」
そんな自分の手元を覗き見るようにベッドに腰掛けるエーリス。
「何調べてるの」
「王家の、継承性について」
「継承性?」
「あぁ、そもそもこの国の王族には必ず、治癒の魔法の才を持っているものが生まれるらしい。その力を代々受け継いで持っているからこそ、王や女王になる。
だが、極稀に、双子が生まれることがあった、と」
「双子」
その単語に小さく頷いた。
「あぁ、双子。この国で、いや、王家では忌むべき存在の双子だ。そして生まれる双子は必ず、片方にしか治癒の魔法は受け継がれていない。王位継承者は二人もいらない。だからこそ忌むべき存在である、もう片方の双子は殺すことになっていた。だが……今代では、その片割れは殺されて、居なかったはずなんだ」
その言葉にエーリスが気づいたように口を開く。
「ということは、やっぱり、革命軍のリーダーは」
「あぁ、彼は……女王の兄で……サミュエル様、だ。実際に顔を見るまでは事実として認めたくはなかったが、生かした人が居たんだろう。となると、だ……王位継承権を持っているのは今のところ二人となる。もし、女王であるスレイ様が討たれたとなれば、正式に王として立つはサミュエル様……いや、今はスヴェン、という名前だったか、彼になるだろうな」
「女王陛下はそれを知ってるの?」
「わからない。別れたのも幼い頃だろうから、覚えているかどうかはそこまでは……聞いてみないことにはどうにも、な」
目を伏せる。事実を見ていたくないとでもいうように。そう、俺はこのまま何もしなくてもいい、そうすれば何も変わらないはずなのだから、と。ただ、宰相の椅子を守り続けた父と同じようにすればいいだけだと、それが……嫌いな貴族たちと同じ姿であっても。
大剣を振るい、相手の剣を弾き飛ばす。はぁ、と息を吐き、また剣を構え直す。相手の騎士も同じように剣を拾いに行き、構え直した。
息が上がったままの相手の騎士は真っ直ぐに私を見る。
「行きますわよ」
踏み込んで、大きく振るう大剣。それを勢いを殺すように斜めに構えられた剣に、大剣を持ち直して下から振り上げる。キンッ、と相手の剣が回転して地面にカラン、と落ちる。
息を整え、相手に礼をする。
「ありがとうございました」
「此方こそ、エクイセタム様にお手合わせしていただいて光栄です!」
ありがとうございました!と嬉しそうにお辞儀してから離れていく姿を見た。
最近騎士になったばかりという少年に稽古をつけていたのだ。
「後続の成長は目を見張るものがありますね」
ゆっくりと歩み寄ってくるパールに小さく頷いてタオルを受け取る。
「えぇ、本当に」
離れて自慢げに話している少年の姿を見て目を細めた。
「これからの未来を背負って立つ素敵な人になりますわ」
頬に流れる汗をタオルで拭きながら、視線を隣に立つ者に移す。
「そういえばパール様はどうされたのです?」
「陛下からお茶会に呼ばれたので、声をかけに来たんです」
「姫様が?ふふ、本当に上司と部下の隔たりを感じさせない人ですわね」
空を見上げる。青く澄んだ空には白い雲がかかっており、生温い風が夏を感じさせる。
「そろそろ姫様には、紅茶はアイスティーにしてほしいって言いに行きましょう」
「ふふ……えぇ、そうですね」
大量の本を抱え、長い廊下を歩く。
部屋の片付けを苦手だからと置いておいてたら返却しなければならない本が混じっていることに今気づいたのだ。
「(溜め込むだけ溜め込んじゃったからな……)」
人通りのない場所も多い城の中を歩いていくと、とある一室の扉が僅かに開いていた。誰かが会議で使用でもしているのだろう、と気にもしていなかったが、耳に飛び込んできた単語。
『女王の処刑』
思わず、歩みを止め、扉に聞き耳を立ててしまった。
「……女王を革命という形で……民意を操作……」
「武器は……貯蓄してある……あとはドサクサに紛れて……かの女王を」
断片的にしか聞こえないが、彼女を殺そうとしている計画だろうか。こんな場で、そんなことを計画し考える奴がいる。それは、つまり。心拍数が上がっていく。どうにか姿を見れないだろうか、と扉の隙間を覗き見ようとしたときだ。
「ジル様?」
心臓が大きく跳ねた。
同じように本を返却しに来たのだろうティリヌが本を抱えて首を傾げていた。
その声に部屋の中の人が気づいたのか、扉の方へ向かってくる足音が聞こえた。
バレてはいけない、と咄嗟に彼女の手を取り、駆け出す。曲がり角で止まり、息をつく。遠くでバタバタと足音が聞こえるが直に聞こえなくなった。
「ジル様、どうかされたのですか?」
腰が抜けた、と言わんばかりに壁を背にズルズルとその場にへたり込んだ。
「ティリヌ……、革命軍だけじゃない。女王が死ぬことを望んでいるのは他にも、居るんだ」
そう、この王城に来れる人。それは、
「貴族達が、それを、望んでるって……ことか?」
自室で頬杖を付きながら外を眺める。ウォレスとアルバートが手合わせしているのが見えた。本来なら、富裕層地区に行かせようかと思っていたのだが、警護が厳重になり予定が狂ったのだ。
「でもおかしいな……アサンドとレリアントを襲いはしたが、それでいきなり警戒を強めるなんて……普通なら傭兵を雇う程度でいいはずだ」
態々王国騎士団を呼ぶまでのことなのか、と。
「もしかして隠していることが、あるのか?」
考えていても仕方がないと、席を立つ。少人数、出来得る限りごく僅かな人数で、確実性のある人。
「レネ、だな」
隠密能力に長けている彼なら、一人でもやれることは多い。危険だが、調べに行ってもらおうか。
外に出ると、人の居ない木陰で眠っているレネを見つけた。
驚かせないように、声をかけたつもりだったのだが驚いたようで飛び退かれてしまった。
「り、リーダー?な、何ですか……僕に用でも……」
「あぁ、少し頼みたいことがあってな」
「頼み?仕事、ですか?」
「あぁ、単独での仕事になるが頼めるか」
「構わないです。何をすればいいでしょうか」
フードをかぶったまま真っ直ぐに見つめてくるレネに小さく頷く。
「大丈夫、お前ならきっと出来る」
『とある貴族の屋敷なんだが、部下たちに聞いたがどうにも羽振りがよく連日パーティーを行っているらしい』
馬をかけると人目を引いてしまうからと、単身で向かう。富裕層地区の中でもひときわ目立つ大きな家。辺りに王国騎士団もちらほら見えるが、単独なら監視の目を掻い潜って行ける。
そう、僕、なら。
闇に溶けるようなローブを深くかぶり直して、物陰から門を飛び越える。慣れたように庭の木に登って二階にある部屋のベランダに降り立つ。
『中で何が行われているか、貴族達の財源が何かを知りたい。見聞き出来る範囲で構わない。危ないと思ったら即座に逃げろ』
軽く窓を調べてみれば、運良く開いていた。そっと戸を開いて中に入れば誰かの寝室だろうか。なにか調べるものあるかな、と戸棚や、机を見てみる。
「ん、なにこれ……」
お香のような物が置いてあり、最近でも使われた形跡があった。少し開いて匂ってみて思わず顔を離す。昔、見たことがあるもので、今もあるなんて思わなかった。いや、こんなところで使ってるやつが居ると思わなかったのだ。
「幻覚作用のある麻薬……?この家……何してるの……?」
パーティーが行われているとするなら一階の大広間だろう。部屋の扉に背を預け、物音を聞くが外に誰か居る音はしない。そっと開いて、二階の他の部屋を見ようと、扉を開く。執務室だろうか、書類や本があり、机があるその部屋に入る。手早く調べてしまおうと机を漁ってみれば、目を疑うようなものがどんどん出てくる。
「人身売買に、麻薬取引、これ、何だろ……」
金額の書いてある書類。読み解けば、これは。
「お城の、王国の財源を、横領……してる……?」
この国を支えているであろう貴族の腐敗。知っては居たが此処まで根深いものだったのかと、書類を元の場所に仕舞う。一応パーティーの内容も調べておいたほうが良いか、と二階の柵に足をかけ、そのまま飛び降りる。人が居ないのか、メイドや召使いの姿も見えない。
「(パーティーに集中してるのかな)」
声が聞こえる、広間の方へ向かい、扉の隙間から中を覗き見る。賑わっているのか、人の多いそこには沢山の貴族達が居た。
中心にはボロ布をまとい、ぼうっとした視線の合わない子供たちが見える。皆手錠と足かせをしているのを見るに、今まさに人身売買をされようとしているのではないか、との考えが頭をよぎる。
「にしても容易く手に入りますな」
「そうですな、税を収められない代わりに、と子供を買えば容易く手を離す」
「着飾れば他国にも売れますからな」
「それに、麻薬で判断能力を低下させてしまえば人形と同じですし」
聞こえてくる会話も反吐が出るほどの人間性。動物には絶対感じないそれが、苦手で仕方なかった。ただ、それを壊すことは命じられていないし、ここまで調べれば充分だろう。
二階に戻り、入ってきた部屋から外に出る。ベランダから飛び降り、塀を登って物陰へと身を隠す。早く帰ろう、こんな居心地の悪い場所、長く居たくない。
夜更け、廃教会で祈りを捧げていると背後で物音がした。
振り返れば、所属している革命軍の若きリーダー。その姿を見て小さく微笑む。
「あら、私に何かご用です?」
「ミーツェ。お前に行って欲しい場所がある」
「えぇ、なんでしょう」
「城に潜入して、夏にある王国主催のパーティーに俺達の仲間が選ばれるように、細工をして欲しい」
渡される書類に載っている写真と名前を見て、小さく頷く。
パチンッと右手を鳴らせば、服がメイドの服に変わり、金色の髪は茶色く染まり、腰までの長さに伸びた。瞳の色も空色になり、一目で誰も、私だとは分からない。
「久々に見たな、ミーツェの魔法」
「ふふ、えぇ。久々に使いましたから」
変身。一度見たことのある人であれば姿を変えられるという魔法だ。ただその人自身の能力を真似ることは出来ず、見た目だけが変わるだけだ。
「では、行ってきますね。連絡は折を見て」
「あぁ、気をつけてな」
教会を出て城に向かう。
そう、一度逃げるように出てきたあの城に、もう一度入るのだ。
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