第一章 切っ掛けはとても些細なこと
頬を滑るシーツ。天鵞絨のカーテンの隙間から覗く朝日で目が覚める。隣で丸まって眠るヴァネッサの頬に優しくキスを落とす。
「おはよう、ヴァネッサ」
「ん……おひいさま……」
キスで目を覚ますヴァネッサはとても綺麗で、愛らしい。
「えぇ、私よ。ふふ、今日は私のほうが早起きだったわね」
顔にかかった髪をそっと耳にかけてあげれば、少しだけ頬を赤く染めた彼女が微笑む。
「支度をしましょう、今日も仕事は山積みよ」
ベッドを降り、サイドテーブルに置いてあるベルを慣らして人を呼ぶ。
すぐさま入ってくる使用人たちは私の準備を整え、いつものドレスにファー付きのローブ。頭には冠を。ネックレスとピアスの宝石はヴァネッサの色のピンク色にしておく。そうしている間にヴァネッサも準備を終えたようでドアの近くに立っていた。
「行きましょうか」
「う、うん!」
カツン、カツンとヒールを慣らしながら、長い廊下を歩む。
通り過ぎる人が皆頭を下げる。否応なしに分かるこの国の頂点の証。歩くたびに重く感じる両肩に、私は慣れたように目を伏せた。
「あぁ、くそが!」
その怒声に驚きビクンと身を弾ませた。滅多なことで声を荒げないルーチェ。そんな彼が怒るなんてよっぽどだ、と机に飛び乗って内容を読む。税を上げ、市民からの徴収率を上げようとする提案書だ。その下には名だたる貴族の名前と、見覚えのある丁寧な字でヴィクター・レリアントの文字。貴族派筆頭の彼が上げた提案書だ。殆ど通ったようなものに、悲鳴のような怒声をあげたのだろう。
「こんな無茶苦茶なことあってたまるか。こんなんじゃ、農民や商人が苦しくなるだけだ。最近じゃ税のせいで子供を売り飛ばすなんて話も珍しくない……。本当に平民に厳しく貴族に甘い国だ」
疲れたように、眼鏡を外し目元を軽く揉む彼。そんな彼の手元にすり寄ればそっと撫でてくれる。その優しい手付きに思わず目を細める。
「俺で止めても仕方がない。一度女王に見せないとな……。他の書類ついでに持っていくか」
席を立ち、幾つかの書類をまとめて持つ彼の傍に降り立つ。
「一緒に行くか、エーリス」
「行く」
歩く彼の隣を歩いて行く。吹き抜ける春の風が花びらを纏う。もうすぐ終わる春、これから巡る季節と日々に、思いを馳せながら一歩一歩歩いていた。
「広いですね……」
見上げる私に、エルリア様が肩をポンと叩く。
「えぇ、この国一番の広さと本の多さを誇る図書館ですもの。さぁ、パール様、ジル様も手伝ってもらいますわ!」
後ろから現れる、パール様とジル様も周りを見渡しながら、それぞれ本棚に向かった。
「ティリ……私は何を探せばよいのでしょうか?」
「えっと……メモがあったはずですわ」
彼女が懐から取り出した紙には、『王政の移り変わり』『王族の始まり』『民との付き合い方』『農作物の不作改善』『税収について』と書いてあった。
「一応、ジャンルごとに分かれてるとは思うのだけど……」
エルリア様に釣られて見れば並ぶは本の列。遠くまであるその本棚の数にクラリとしてしまう。
「どうにか探し当てましょう、四人居ればすぐですわ!」
それぞれ散っていく中、私も本棚を順番に見ていく。児童文学書なんかもあり、本を読むスペースもある此処は勉強するにはもってこいの場所だろう。
つい、一冊の童話を手に取ってしまった。
読みやすいそれは、国の成り立ちの御伽噺だった。
《むかしむかし、あるところにちいさなくにと、お城、そこにはおうさまがすんでいました。
おうさまは、このくにがわるい魔物におそわれているのを、たいへんめいわくしていました。
その魔族は、ひとをさらい、食い、田畑をあらしていました。
民たちは、おうさまに、どうにかこの魔物を退治してくれと、たのみました。
ただ、おうさまはたいへんからだがよわく、剣をもつことができませんでした。
かわりに、ととある騎士が、なのりをあげました。
『おうさま、ぼくがかわりに魔物をたおしてきましょう』
そして、みごと魔物をたおしたのです。
おうさまはおおよろこびで騎士にほうびをあたえました。
きしはそれをうけとらず、いいました。
『そのほうびはくにのために、おつかいください。
そして、魔物はしぬまぎわにのろいをつげていきました』
『こんご城の王族、はじめに産まれたふたごのかたわれには、
くにをほうかいさせるちからとのろいをさずける、と。
どうかお気をつけを』
そうおじぎをして、騎士はさっていきました。
おうさまは、そのことばをしっかりとむねにきざみ、騎士のような人をつくるように、と、くにをゆたかにしていきました。》
なんてことのない本に内容、ただ僅かにひっかかりを覚えた。そう、双子の片割れ。確か革命軍のリーダーはこの国の女王と双子の兄妹である、と……そこまで考えて頭を振る。確証もないことを考えても仕方のないことだ、と本を棚に戻した、そんなときだった。
「やぁ、ティリヌ。本探しかい?」
突然かけられた声にぴゃっと、体が跳ねた。
「ごめんごめん、脅かす気は無かったんだ。ホントだよ」
後ろを振り向けば、白い服に胸元には金の十字架を下げ、赤く長い髪に深い青の瞳をした眼鏡の男。
「レリアント大臣」
そう名を呼ばれてニッコリと彼が微笑む。
「ヴィクターでいいよ」
「ゔぃ、ヴィクター、様」
そうそう、と微笑みつつ、彼は私が手にかけていた本の題名を読んだ。
「《わるい魔物とはじまりの騎士》?懐かしい本だね」
「え、あ、はい。私も懐かしいなと思いつい手に取り読んでしまいました」
「この国に騎士団が居る理由になったとされてる御伽噺だね。探しものはそれだったのかい?」
「いえ、これじゃないんです。農作物の不作改善についての本を探していて……もしかしてご存知だったりしますでしょうか?」
そう、見上げると彼は軽く方をすくめてみせた。
「そりゃあ、そのジャンルなら僕は知ってるよ。よく議題でもあがるからね。
四つ左の棚の、上から三段目、その辺りにあるんじゃないかな」
「ありがとうございます!」
「気にしないでよ。あぁそうだ、君の御主人様にも伝えといて、またいつでもお茶しましょう。って」
「はい、確かにお伝え致します」
じゃあ、と右手をひらひらと振って図書館から出ていく彼の背を見送る。
言われた場所を探してみると確かにそこにあった。もしかして彼はこの図書全てを暗記しているのだろうか……。
「負けていられませんね」
そう気合を入れ、本を手に取る。
「ティリヌ、見つかったかしら?」
「はい、見つかりました。お三方はどうでしょうか?」
「私も見つかりましたわ。パール様とジル様は……」
キョロキョロと辺りを見渡すエルリア様に、こっちだと手をひらりと振るパール様の姿。背後にはジル様も。
「私も見つけました。ジル君も本は見つけたみたいですね」
「流石に広かったから苦労はしたけどね」
ふふ、と笑うパール様にやれやれと、肩を竦めるジル様。
「さぁ、姫様のところに戻りますわ!」
その言葉に、そうだ、と言葉を漏らす。
「女王陛下にこの図書館を使ってもいいか、聞いてみても良いでしょうか……」
その言葉にニッコリとエルリア様が微笑む。
「えぇ、きっと、良いって言われますわ」
「王国の太陽。女王陛下にご挨拶申し上げます」
綺麗にお辞儀して見せるルーチェにそっと手を上げ、挨拶を辞めるように言う。資料を手渡してくる彼に、ありがとう、と言いながら受け取り、パラパラとめくってみる。目を通さなくてはならない書類だが、どれも、貴族が有利に運ぶための書類だ。
「……嫌ね。これは通せないわ」
小さく頭を振ると、机の上のペンを手に取り、先程エルリア達が持ってきてくれた本を片手に、書類に書き込みをしていく。新しい紙を取り出し、ペンを走らせる。
「これで、どうかしら……」
そう言ってルーチェに渡す。
「拝見します」
彼は素早く書類に目を通し、小さくうなずく彼。
「……良いかと、これなら市民への税も少しは軽減できそうですね」
ホッと息を吐き、机に置いてある紅茶のカップに手を伸ばした。
「ところで陛下」
「何かしら」
「建国記念日ですが、パレードやパーティはどうしましょうか」
「あぁ、もうそんな時期なのね」
建国記念日。夏にある、王国が設立してから毎年、王族による華やかなパレード、一部の市民も抽選で呼ばれるほど大きなパーティ。私の誕生日よりも大きな行事であり、両親が居ないからと言って無しにするような事はできないものだった。
「近頃革命軍の動きもそれほど目立っておりませんし、実施しても大丈夫かと」
ルーチェのその言葉に頷き、視線を合わせる。
「そう、ね……少しずつ準備を進めなければいけないわね。パレードの準備と、招待客の準備を進めて頂戴」
「はい、お引き受け致します」
お辞儀して、自分はこれで、と下がるルーチェを見ながら、席を立つ。
傍らに立っているヴァネッサの手を取り、微笑む。
「そうと決まれば、ドレスの発注しに行かなきゃ、ね。城下町に行くの、付いてきてくれる?ヴァネッサ」
「勿論だよ、陛下」
「出かけ用の服に着替えに戻るわ、行きましょう?」
そう言って部屋から出る。そう、いつもの日常が続いていく……この時はそれを、信じていた。
************************************
「もうじき建国記念日か、女王陛下が取り仕切る大きな行事だなぁ」
「えぇ、就任直後は慌ただしいからって去年はなかったのよね。今年はあるそうじゃない」
「一般市民も王城に入れるチャンスだしな、当たるかなぁ?」
そんな話し声を聞きながら、食材を袋に入れ運ぶ。隣に立つルーベルを見た。
「建国記念日、か……」
「なになに?坊っちゃんそろそろやっちゃう感じィ?」
「あぁ、タイミングには一番いい。何より、」
王城に入るには絶好のタイミングだろう?と言えば、なるほどねぇとにんまり笑う彼。
「そうと決まれば、早いとこ行動しなきゃだな」
足早に本拠地へと向かう。そう、激動の時は今、始まろうとしている。
薄暗い廃墟。昔貴族が使っていた大きな屋敷を、綺麗に掃除して使っているが、明かりの少なさは否めない。大きなテーブルのある広間に全員を集めて、席についた。
皆からの視線を受け、スヴェンはゆっくり口を開いた。
「さて、まずは革命活動を行う上で必要なことは情報。王城に関する情報を手に入れて欲しい。王城の地図でもなんでも欲しいからな。
……そのために情報が集まる貴族の家といえば、アサンド家とレリアント家の二つに分かれる」
指を二つ立ててから、トントンと指先で机を叩く。
「手分けして探しても良いし、片方だけに本腰を入れても構わない、そこはお前たちの意見に委ねる」
一度、息を呑むようにしてから、皆を見る。真剣な表情の彼らに、頼むのは。
「そして出来うるなら、……両家の現当主であるルーチェ、そしてヴィクターを殺して欲しい。
彼らは女王派、貴族派のトップであり、そこが瓦解してしまえば女王を殺す足がかりにもなるからな。ただ、この二人は魔法の腕が立つ。ルーチェは炎を、ヴィクターは氷を使ってくるだろう。用心してくれ。
出来得る限り少数精鋭で行いたい。だからこそ、このメンバーで行く。
俺やミーツェの手が欲しいなら言ってくれ、やれることはやろう」
そう言い終われば、各々がどう編成するかを話し合い始めた。
「さて、どう編成組みましょうか。得手不得手がありますからね」
考え込むようにして言うジルヴェスター。
「俺はアルと組んでいくぜ。勝手も分かってるしな」
隣に座るアルバートの肩を抱くウォレスに、頷くアルバート。
「僕は何でも……あ、でも、強いて言うなら……わんちゃんと一緒だと良いです。良ければ、ですけど」
そう言いながら、隣にお座りしている大きな犬を見るレネ。
「いっしょー?いいよー!」
楽しそうに話すクレイヴソリッシュはパタパタと尻尾を振った。
「俺っちは坊っちゃんと組むかなァ?組分けとしてはこんな感じでどぉ?」
提案された分け方は、スヴェン、ルーベル、アルバート、ウォレスをアサンド家に。
ミーツェ、ジルヴェスター、クレイヴソリッシュ、レネをレリアント家にというものだった。
「異議がないならそれで行くが、大丈夫か?」
スヴェンの言葉に皆一様に頷き、スヴェンが席を立つと同時に立ち上がった。
「作戦日は三日後の深夜。皆、準備を進めるように」
じゃあ、俺は先に寝る。おやすみ。と伸びをしながら大きな欠伸をしてスヴェンは去っていく。
それを解散の合図に一人また一人と広間から人は消えていく。
来る日にそれぞれ備えながら。
深夜。
鳥も人も寝静まる真夜中。馬で寝静まった商業地区を駆け抜ける。月が雲に隠れ、僅かにあった光を遮った。闇に紛れるように皆揃いの黒いローブを身に纏い、小さな森と湖畔を領地に持つアサンド家にたどり着く。
馬を降りて辺りを見渡すが、人は居ない。この国は、騎士団が国の守り、人々を守ることとなっている。そのため個人で人を雇い家の警備を頼むことなど殆どなかった。そう、各家が襲われるなんて思っていないからだ。このアサンド家も例に漏れず、警備のない家だった。
ぐるりと外周を回ってきたルーベルが人が居ないのを確認し、スヴェンが一階端の部屋の窓を叩き割る。そこから部屋に入り、玄関へと向かう。鍵がかかっているのを確認し、スヴェンが二階を指さした。入った部屋は倉庫。書庫や執務室は二階に作られることが多く、私室も二階だろうと考えての行動だった。二手に分かれて、階段を上がり、幾つかある部屋の一つの扉を少し開け、中を見てから部屋に入る。そこは書庫らしく本が多くあった。資料として使っているのだろう。掃除の行き届いているそこは埃っぽくはない。ここじゃないと、首を振るアルに、部屋を変えようと歩き出す。静かに、手早く、部屋を確認していく。三部屋目に手をかけたときだった。扉を開けた時白い生き物がドアの隙間から抜け出て階段を駆け下りていくのが見えた。目で追ったその時だった、扉の隙間から豪炎が現れ、ドアノブを持つ手を咄嗟に離した。炎を避けつつ、扉を蹴飛ばして開けると、そこにはタクトを手に持った寝間着姿の宰相が立っていた。
「へぇ、大当たりじゃねぇか。大将ッ!こっちだ!宰相が居たぞ!」
ハルバードを構え、後ろにはアルが二本の剣を構える。即座に訪れたスヴェンが剣を抜き放ち、ルーベルはメイスを持ち直す。
その姿を見て舌打ちをする宰相は、まるで音楽家のようにタクトを振り上げる。
空間に文字を書くように滑らせれば、そこから炎が現れ、牽制するように俺たちの足元を焼く。ただ、その炎の勢いはとても強いわけではない。家を燃やさないようにとルーチェが立ち回っているからだろう。
「手を抜いていて戦うなんて随分余裕だな、宰相」
そう言って振り上げられたスヴェンの剣にルーチェの炎で巻き起こった風が僅かに剣筋を逸らす。
「家がなくなったら元も子も無いからな」
息を僅かに乱して言いながらも、余裕そうに笑うルーチェの姿。何度か全員で繰り出した攻撃を僅かに避けるが、薄く付いた頬や腕の傷が瞬く間に回復しているのを見ると、何かの術があるのだろうと見て取れた。ルーチェが舞うように繰り出す炎を、切り裂くように長いリーチのあるハルバートを振るう。咄嗟に後ろに避けようと身を翻そうとしたルーチェの身体を、僅かに持ち手を後ろにズラしてリーチを伸ばしたハルバートが斜めに切り裂いた。
「う……あ…………くっ、!」
溢れる鮮血。飛び散る赤に苦しそうな表情を浮かべたかと思えば、タクトを自らの身体に向けるルーチェ。現れた炎は、その身を、焼いた。肉の焼ける匂いに顔を顰めたが、咄嗟の大怪我で血を止める方法とすれば、それしかないだろう。
ひゅう、と口笛を吹くルーベルも攻撃の手は止めない。ハルバートを振るい、アルのタイミングに合わせて連撃を繰り出す。スヴェンは合間を縫うように剣を振るい続ける。防戦一方のルーチェは、左手で腹部を押さえながら立ち向かう。直に息が荒くなり、はぁ、はぁ、と暑そうに息を吐くルーチェが、右手に持っていたタクトを落とす。ガクン、と膝から崩れ落ち、汗が止まらないとでも言うように肩で息をしている。長時間に渡り魔法を使用すればデメリットが生じる。ルーチェにとってのデメリットは、炎を使うことによる体温上昇だ。そんな彼の首に狙いを定めてハルバートを、振り下ろす。
ガキンッ、と重いなにかに当たる音。弾かれたハルバードに、眉をしかめるとそこには大剣。
「どうにか、間に合いましたわ!」
息を上げながら、大剣を握るその女性は、王国騎士団の服を身に纏っていた。
「ルーッ!」
悲鳴のような声を上げ、白い猫が飛び込んできたかと思えば、直ぐ様人の姿に変わると、ルーチェを抱き寄せるようにして支え、腹部に手をかざす。
「エーリス……」
焼け爛れた患部を見たエーリスと呼ばれた男は顔を顰めた。
「応急手当だからって無茶し過ぎ。逃げればよかったのに」
「当主が背を見せて逃げれるか。それに、多く出血しないですんだ、だろう?」
「……治癒してもこれは痕が残るよ」
「いい。生きてればそれで充分だ」
ホッ、と息を吐くルーチェを見下ろしたまま、ハルバードを持ち直した。
彼女は大剣を大きく振るい、牽制するようにしたかと思えば一歩前に出て真っ直ぐに視線が、かち合う。
「まだやりますかしら?」
その言葉にスヴェンを見れば小さく首を振る。
「資料は手に入った。充分だから引くぞ。命拾いしたな、宰相」
そう言い捨て身を引くスヴェンに、ついて走る。屋敷から出て、湖畔近くの森に繋いでいた馬に跨って駆けぬける。隠れていた月が姿を表し、月光があたりを薄く照らしていた。
王城。スレイがベッドで眠っているのを傍らにある椅子に座って眺める。顔にかかった髪を耳にかけてあげれば、少し擽ったそうに彼女は身を捩った。微笑ましく、心安らぐひととき。
そんなときだった。外からバタバタと走る音が聞こえ、思わず咄嗟に腰につけていた鞭に手を伸ばしかけた。開かれた扉から飛び込んできたのは一人の使用人と白い猫。
「すみません……!陛下に至急お伝えしたいことがありまして!」
「ノックもなしに入ってくるなんて何事だい?!陛下はお休み中だというのに」
声のトーンを落としながら入ってきた人物に向かってそう言うと、スレイが身じろぎをして起き上がる。
「なに……ヴァネッサ、何事なの?」
目を擦って、彼女はサイドテーブルにあるランタンに明かりを灯す。
その途端にスレイの膝に乗る白い猫。
「あら、エーリス。どうしたの?」
「ルーが……ルーチェが危ないんだ。襲撃者が来て、助けを呼んできてくれって言われて急いで来た」
その言葉につられて零す使用人。
「レリアント……ヴィクター様も襲われているんです!早く来てください!」
「そう、そうなのね、分かったわ。ヴァネッサ、エーリス付いてきて」
あなたは帰っていいわ、と使用人を部屋から追い出した後。
ベッドから降りて靴を履いて、サイドテーブルにあるランタンを手に部屋の本棚の一部を本を抜き、暖炉の一部の石を押せば、ズズズ、と暖炉が引きずる音が聞こえ、暖炉裏に小さな空洞が現れた。
「隠し通路よ、王国騎士団の寮まで繋がっているわ」
明かりを持ったスレイが私の手を引くようにして先頭を走る。
幾つ曲がりくねり、十字路を左へ、T字路を右に、と段々混乱してくる道のりだがスレイは迷わず進んで行く。そうしてる間に一つの疑問が浮かんだ。猫の姿で素早く来れたエーリスは兎も角としても、あの使用人とほぼ同時とはどう言うことだろう。動物の足より人の足は遅く、多少遅れたりするはずだ。もし同時に襲われたのであれば遅延があるはずだというのに、あの使用人は走って追いついてきたのだ。魔法を使っている様子も見受けられなかった。
それはつまり、もしかして―――。
そうこう考えている間に、真っすぐ行った先には扉があり、開け放てば寮の目の前だ。女王陛下が一緒に居て寝起きを共にしたいと願ったその日から、私自身中々帰ってくることのない場ではあるが。
その扉を開け、個人個人に割り当てられた部屋を名札を見てから開けていく。
「ご、めんな……さい、集まって、くれる、かしら」
そう息を上げて寝間着姿のままそう言う国のトップに嫌ですなんて言うはずはなく、続々とみんな起きてきてくれた。
「大変です、レリアント家とアサンド家に侵入者が、来たとのこと……
二手に分かれて、両家を救いに行ってください」
そう言って軽く頭を下げるスレイ。
「ごめんなさい、こんな時間に大変だとは思うのだけど、私兵で私が動かせるのは貴方達だけなの」
握っている手から感じる僅かな震え。不安や心配が入り混じってるのだろう。そんな彼女に、
「大丈夫、アタシが傍についているよ」
と、彼女を安心させるように微笑めばつられて笑うスレイ。
「えぇ。ありがとうヴァネッサ。……皆には二手に分かれてほしいのだけど……どうしましょう」
少し迷ったような表情を浮かべていると、エーリスが猫の姿のまま声をかける。
「癒やし手は二手に分かれた方がいい。俺はルーの方に向かうから、ティリヌはレリアント家の方を頼む。それにルーも俺も対人は得意じゃない。エル頼めるか?」
「えぇ、分かりましたわ!」
任せなさいとでも言うように胸をトンと叩いて見せるエルリアにエーリスが頷く。
「パールとジルはティリヌと共にレリアント家に。そっちは頼んだ」
「えぇ、勿論ですとも。お任せを」
「いいよ、任せておいて」
頷く二人にエーリスは人の間を縫って駆ける。それにつられるように皆も各々馬に飛び乗り、星の輝く夜を駆けた。
「あぁ、神様、どうか……皆が無事でありますように」
そう手を組み願うスレイの肩をそっと抱いた。
時は少し前に遡る。
同じように馬を走らせるジルヴェスターとその後ろに掴まるようにして乗るミーツェ、クレイヴソリッシュの背に跨がり走る自分は、クレイヴソリッシュの能力のためか馬よりも先に先頭を駆けていた。
森を抜けて見えるレリアント家を見て、違和感を感じる。
「……待って、わんちゃん」
「んー?まつー?」
少しずつスピードを落とし止まるクレイヴソリッシュの背から屋敷周辺を見れば、人が疎らに居る。クレイヴソリッシュの能力でよく見れば皆武装をしている、おそらく傭兵だろう。手練れだろう彼らを相手すれば時間がかかり、王国騎士団が時期に来てしまう……そう考えて、ハッとする。
国の守りは王国騎士団。それを雇わず、個人で雇ってる所を見るに、これは、もしや。
一つの嫌な考えがよぎる。
「わんちゃん、撤退……」
「え、かえるのー?いいの?」
「うん。……えっと、眼鏡の人、教会の人も、いいよね?」
その言葉にジルヴェスターは頷いて見せる。
「私は非戦闘員ですから、レネさんに従いますよ」
「えぇ、構わないわ。何か理由があるのでしょう?」
二人の言葉に小さく頷く。
ただ、今はこの情報は話せない。
リーダーには伝えなきゃ、あぁでもそんなまさか。
そう。誰かが、革命軍の動きの情報を、漏らした、なんて。
屋敷の二階、一室のカーテンの隙間から外を覗き見る。
「王国騎士団は呼ばなくても良かったかもしれないなぁ」
指先でトントン、と窓ガラスを叩く。近づいてくる使用人に視線を向けた。
「ヴィクター様、王国騎士団の方々がお目見えに」
「あぁ、ありがとう。すぐ降りるよ」
部屋を後にする使用人の後ろ姿を眺めながら、独り呟く。
「馬鹿だなぁ。僕なんかを殺せるなんて、甘い考え抱くなんてさ」
思わずといったように笑みが溢れてしまう。
「もっと、うまく立ち回って貰わないと困るんだよ、君たちは。
そう、女王を殺す為にも、ね」
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