二刀流倶楽部 KAC20221【二刀流】

霧野

その男、岩本正志


 ここは二刀流倶楽部。


 2つの才を世間に認められ実績を残した者のみが入会を許され、凡人にはわからぬ苦労や重責から逃れて互いに慰め合い、労わりあえる憩いの場。

 そんな選ばれし者たちの宴に、門を叩く者が訪れた。





「たのもー!」



 誰も出てこない。


 男は今一度、声を張り上げる。




「たのもーーーう!!」



『どなたぁ?』


 ややあって、頭上から声が響いた。

 おそらく門扉の両脇に生えている大木にスピーカーがあるのだろう。


 男はキョロキョロしながらも、一向に開く気配のない門扉に向かって大きな声で答える。


「我は仁天一流免許皆伝、岩本正志いわもとまさしである。御開門願…」

『あらぁ、ごめんなさぁい。うちは押し売りお断りなの』

「お、押し売りではない! 二刀流を極めた者が集う場があると聞き、入会すべく訪れたのだ」

『だからぁ、うちは招待制なの。いきなり来られても困っちゃうわぁ。じゃ』

「待て! 待ってくれ! 俺は仁天一流免許皆伝、二刀流を極めた男。入会資格は充分にあるはずだ!」

『う〜ん、そういうんじゃないのよねぇ』

「頼む、話だけでも!」


 沈黙が降りる。男は不安になって耳をそばだてた。何年もかけて調べ上げ、執念でここまでたどり着いたのだ。せっかくここまで来て、このまま帰るわけにはいかない。


 持ち前の集中力で耳を澄ますと、頭上から微かなざわめきが聞こえている。


 ……ねぇ、どうする? ……なんか必死じゃないか?………でも彼、なんか勘違いしてるみたいだし……話だけでも聞いたげたら?……でも………


 堪りかね、男は叫んだ。


「すみません! トイレ! どうかトイレだけでもお借りできませんか?!」



 ざわめきが消えた。



『……しょうがないわねぇ』


 ため息と共に、門が開く。


 中にさえ入れればこっちのもんだ。

 男は意気揚々と玄関までの小道を進み、玄関の扉を叩く。


「たのも…」


 扉が開き中から出てきたのは、筋骨隆々、身の丈2Mをゆうに超える長髪の男だった。


「うるさいわねぇ、道場破りじゃないんだから。いいからさっさとお入りなさいよ」


 大男は艶やかな髪を波うたせ、腰を振って玄関ロビーを突っ切って行く。男はその後を小走りで追いかけた。



「お手洗いは、ソッチ。さ、どうぞ」


 ムキムキの腕で扉を指し示すと、優雅な仕草で壁に凭れかかり、長い足を交差させる。


「む。申し訳ない。実は、トイレを借りたいというのは嘘だ。二刀流倶楽部の代表者と話を」

「ちょ〜っとーぉ、信じらんな〜い!! 曲者じゃないの! みなのものぉ〜♡ であえ、であえ〜♡」

「まっ…」


 突き当たりにある両開きの扉がバンと開き、人がわらわらと現れて男を取り囲んだ。



「あなた、どういうつもり? 免許皆伝だかなんだか知らないけど、嘘を言って侵入するなんて」


 長い黒髪を一つに括り、ピタピタのタンクトップに細身の迷彩パンツ姿の女性が腰に手を当て、男を睨む。


「わた、私はただ、二刀流倶楽部に参加したく」

「じゃああなた、なんの分野で二刀流を?」

「だから、仁天一流…」

「それはさっき聞いたわよ。で?」


「まぁまぁ、お嬢。ここは私が」


 姿勢の良い銀髪紳士が進み出て、太く響く声で仲裁に入る。


「ここ、二刀流倶楽部とは、ある分野で実績を残した者のみが入会を許される倶楽部。例えば、このお嬢さん…」


 右腕を優雅に開いてピタピタタンクトップのお嬢さんを示し、鷹揚に微笑む。


「こちらは、この館の主。とある財団の御令嬢にしてトップ、そして世界屈指のトレジャーハンターという二刀流」

「どこのララ・クロフトだよ」


 男が思わず呟くと、ムキムキ長髪野郎が「ハハッ」と嗤う。


「それにしちゃぁ、ボリュームが足りないけどねぇ。どこがとは言わないけど」

「うるさいわね。スレンダーな方が狭いとこくぐり抜けたりするのに便利なんだから」


 銀髪紳士はチャーミングに肩をすくめ、先を続けた。


「こちらのキン肉マンは闇格闘界の現役チャンピオンであり、世界的に有名なミニチュア作家でもある」

「引退後の趣味にしようと思って始めてみたらハマっちゃってぇ。スイーツのミニチュアが一番得意なの♪」


 ムキムキ長髪大男は若干はにかんだ様子で言うと、バキバキと両手の指を鳴らした。


「もう、どこに驚いていいのやら…」



 目を白黒させる男に構わず、ムキムキ長髪大男、今度は首をゴリゴリ回してから波打つ艶髪を色っぽく纏め、緩やかに手首を返して銀髪紳士を指差す。


「驚くのはまだ早いのよ? こちらは世界中から手術依頼がひっきりなしのスーパードクター。一方なんと、本物の、シ・ニ・ガ・ミ☆」

「……医療で救える命には限界がありましてね。せめて魂は天国へ連れて行って差し上げたいと天界に志願したところ、採用されました」


「天界……に、志願? シニガミ?」


 困惑顔の男の額には、脂汗が滲み始めていた。



「他にも、二重人格でそれぞれの人格が別の職業でエキスパートだったり…」


 はーい、と人垣の向こうから手が挙がる。

「それ、僕です。書道家やってます」「私はプロのクライマー」


「一人の中に、男女の人格ってワケ☆」

 長髪大男がウインクを飛ばしながら頷く。


「あとはぁ……一流シェフで忍者の師範、数学者であり世界を股にかける大道芸人、霊能者でチェスの公式チャンピオン…」


 長髪大男の紹介に、人垣の中から次々に手が挙がる。


「どう? 二つの分野に、よりギャップがある方が面白いってワケ」

「お、面白い……? それはどういう」

「と・に・か・く。あんたは二刀流倶楽部に入会できない。わかったぁ?」


「で、でも!」


 脂汗を流しながら、男はそれでも食い下がる。


「『二刀流』とは本来、二本の刀を用いて戦うことであって」

「じゃあ聞くけどぉ、今『二刀流』で大人気の日本人野球選手は、刀で戦ってるわけぇ?」

「それは……」

「彼も、バッターとピッチャーっていう分野で成功してる二刀流よね。でも……職業で言ったら『野球選手』一つで括れちゃうわけ。だから、この倶楽部には入れない。お・わ・か・り?」


 長髪大男が、チョキの二本指で男の胸をツンツン突いてくる。

 

「だが、本来二刀流というのは…」

「本来、本来ってうるさいわねぇ。アンタはただの剣豪じゃない」

「たっ、ただの……剣豪?」


 「ただの」と「剣豪」が並列して使われたことが今まであっただろうか。剣の道に邁進して二十余年、男は自分の耳を疑った。



「言葉の使い方なんて変わっていくのよ、剣豪さん。とにかく、ダメなの。諦めなさいよぉ」


 流れる脂汗をぐいと拭い、男はきつく目を閉じた。


「……仕方ない。かくなるうえは……」


 懐からスマホを取り出して操作し、天高くかざす。


「俺、プイチューバーもやってます!」



「弱い」

「知らん」

「閲覧数がザコ」


 スマホの中で、美少女キャラクターのはしゃいだ声が虚しく響く。

 しらけたムードが漂い、男はがっくりと膝をついた。頬を涙が伝い、次々に床に落ちる。



「入会は却下。もうお帰りなさい」


 一刀両断。タンクトップのお嬢が言い放ち、長髪大男が項垂れる男を力ずくで立たせる。集まった二刀流たちから声が飛んだ。


「剣豪、おっつー」

「残念だったな、剣豪」

「ドンマイ、ケンゴー☆」

「いい余興ではあったよ、ケンゴー♪」


「け、ケンゴーケンゴー言うなぁ!!」


 玄関の方へじりじりと男をいざないながら、長髪大男が僅かに哀れみを含んだ声で優しく話しかける。


「あらまぁ、泣かないの。大体あんた、なんでそんなに入会したいワケぇ?」




「ぐすっ………ッ…、が」

「え? なんですって?」


「会員のバッジがぁぁぁ、めちゃくちゃカッコ良かったからぁぁ〜」



「「「はぁあああ?!」」」


 泣きながらの答えに、一斉に呆れ声が沸き起こった。


「ちょっとでも同情して、損したわぁ」




 涙にくれる剣豪は、お嬢が開けた玄関ドアから長髪大男に文字通り放り出された。肩を落とし、門までの小道をトボトボと歩き出す。玄関ドアが静かに閉まっていく。




「あのバッジ、あたしがデザインしたのよ。気に入ってくれて嬉しいわ。またね、ケンゴーさん♪」



 ドアが閉まる寸前、お嬢が呟いたのを男は知らない。


 剣豪、岩本正志。彼の二刀流倶楽部入会への道のりは、遠い。






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