ママは能力者 ~ある日チート能力を手にした主婦が天下無双する話
ゆうすけ
ある日の食卓の話
「ねえ、ママ」
長身の女がキッチンで料理をしている女児に向かって声をかけた。
「なんなのです? 料理の苦情は受け付けないのです」
「えー、ていうかさあ、毎日毎日ソーセージ炒めにマスタードソースって飽きるんだけど。どう考えても栄養偏ってるし」
長身の女は仏頂面でウィンナーソーセージにフォークを突き刺し、皿に小分けにしたマスタードのつぶをねすりつける。長い足を組んだ筋肉質なその体型は、見るからに俊敏なアスリートのそれだ。長身の女に向かってエプロンをした女児が鍋をIHにかけながら声を上げる。
「お行儀悪いのです。きちんと座るのです!」
そこは、日本のどこにでもあるような都会の近郊の、日本のどこにでもあるような十階建てのマンションのLDKの食卓だった。つい数日前までは極寒の真冬日が続いたが、三月の声を聞いた途端寒さが緩んできている。
長身の女はやれやれと言う様子で首をすくめた。既に外は暗くなってきている。しかし、一時と比べるとやはり陽は確実に長くなっている。
「まあ、これはこれでおいしいから私は別に文句はないんだけどね」
その不遜な態度に女児がフライパンを振りかざして言い返す。
「文句ないなら黙って食べるのです。肘をつくのはやめるのです!」
長身の女は口に入れたウィンナーソーセージをあっという間に飲み込むと、次の一本に手を伸ばした。女児はキッチンのIHコンロの前のステップの上から振り返って、指をさして長身の女に「あんまりぶつぶつ言ってると貧乳になるのです!」と言い放つ。長身の女はどうやら痛いところを突かれたらしい。じろりと女児をにらんで反論した。
「とっくになってるわよ! 喧嘩売ってるの? ママだって今は貧乳どころか無乳じゃない」
「ママはこれから成長期なのです。すぐにばいんばいんになるのです」
ママと呼ばれた女児は、名前をミサという。身長百三十センチそこそこ。おさげ髪の小学校低学年ぐらいの見た目だ。ステップに乗らないとコンロのフライパンに手が届かない。子供用のエプロンを付けて一生懸命コンロに手を伸ばすその様子は、小学校低学年女子の家事お手伝いの様子そのものだ。ミサの横顔はどこからどうみても女児なのだが、しかしそれにしては受け答えといい、料理の手つきといい異常にしっかりした様子だ。
「あ、レーの取り分は三本なのです! ちゃんと妹弟たちの分も残しといてやらないといけないのです!」
「まだ二本目だもん!」
「まったくレーは油断もスキもないのです。でもママは乳はいらないから、あと二十センチ身長がほしかったのです。そうしたらもう少しいろんな料理が作れるようになったのになのです」
ミサは小さな身体を目一杯そらせる。
「贅沢言って。まったく、将来昔みたいに成長する保証なんてどこにもないのに」
長身の女は名前をレーという。細身のしなやかなその身体に、無駄な贅肉は一グラムもない。オリンピック選手が羨む真のアスリート体型。その見た目にたがわず、あらゆるスポーツと名の付くものは、低く見積もっても日本代表レベルでこなすことができた。
ただ彼女には致命的な欠点があった。あまりに脳筋だったために、およそ頭脳戦というものが苦手だったのだ。基本的にスポーツには駆け引きの要素が多かれ少なかれ入っている。それがまったくできない肉弾戦の専門家だった。
そんなレーは付け合わせのニンジンをもぐもぐと口に入れたままつぶやく。
「それにさ、ママ、今日はあの三人は帰って来ないよ? ママ、聞いてなかったの?」
それを聞いてミサが驚いた顔をした。
「ええ? 初めて聞いたのです。三人でどこ行ったのです」
「二三日前に動員かかってたの、ママ聞いてなかったの? 午前中、ママが歯医者さん行ってる間に、しばらく帰らないって言って三人で出かけて行ったよ」
「レー、一つ聞きますが。ユウはアレを持って行ったのですか?」
「持って行ったどころか着て行ったよ」
レーが三本目のウィンナーソーセージにフォークを突き刺して口に運ぶ。それを見ながら、ミサの顔はだんだん険しくなっていった。
やにわにミサはエプロンを脱ぎ捨てると、とたとたとキッチンから飛び出していった。しばらくがさごそとタンス部屋で物音を立てている。レーは慌てたミサの様子を横目でみながらも「ママ、なにやってるのかしら。今日はスープないのかな」とごはんをかき込むことに専念していた。
数分後ミサは戻ってきたと思うと、手に持っていたものをレーに向かって投げつける。レーは食べかけのウィンナーソーセージを飲み込んで、とっさにそれを受け取る。ずっしりと重さのある鉄の塊。それはマシンガンだった。
「ちょっと、ママ、なんなの急に。これで何をしろっていうの!」
見るとミサはスモックに肩掛けかばんの園児ルックに着替えている。彼女にとってはこれはバリバリの戦闘服だ。
「ママ、そのかっこう、まさか……」
「のんきなこと言ってるヒマはないのです。レーもさっさと準備するのです!」
そういうとミサは肩掛けかばんから黒光りするピストルを取り出して右手に握った。
「ママ! その格好、もしかして……」
「今から行くのです。まったくユウはお人よしもいいところなのです。いくらなんでもこの時期にアレを着て動員がかかるってことは、アレに決まってるのです。それぐらいわかりそうなもんなのです。また調子に乗ってミルキースプラッシュを連発したら大惨事なのです! レー、早く!」
レーはミサに急き立てられて立ち上がった。そのままリビングを出ようとしたところで、ミサが急に立ち止まった。
「待つのです!」
ミサは和室のふすまを開けて電気をつけると、仏壇の引き出しを開けた。中からもう一台の銀色のピストルを取り出す。右手に黒、左手に銀。その様子を見ていたレーが目を見開いた。
「ママ……、二丁拳銃のミサと呼ばれた伝説の能力者に戻るのも辞さないつもり……、マジなのね」
ミサは座布団に正座をすると、両手の拳銃をそれぞれ畳にそっと置き、仏壇に向かって両手を合わせた。写真に語りかける低い声には、決意がにじむ。
「あなた、私は、行ってくるのです。私たちを護ってほしいのです」
そして立ち上がってスモックの裾を払うと二丁拳銃を構えた。
「これが、ママの二刀流なのです。天使のテロリスト、二丁拳銃のミサと呼ばれたこの私が、なにがあってもユウを止めるのです。かわいい我が子を殺人兵器にするなんて、この私が許さないのです! ユウ、メグ、マーク、待ってるのです! 今からママが助けてあげるのです! あ、いけない! 忘れてたのです!」
ミサはそういうと踵を返した。銀色のピストルを肩掛けかばんにしまうと仏壇の仏花をそっと抜き取った。右手には黒のピストルを握っている。
「これも持って行くのです」
「なんで菊の花を?」
「片手にピストル、心に花束なのです!」
「???」
「あとは熱い酒がいるけど時間がないから省略なのです。昭和生まれにしか分からないのです」
レーは言い出したら聞かないミサにこれ以上の質問は無駄だ、と肩をすくめる。
「分かったわよ、ママ、行けばいいんでしょ、行けば」
「分かればいいのです」
「まったく、普段はちびっ子主婦なのになあ。スイッチが入るとこれだからなあ」
レーの言うとおり、普段はちびっ子主婦のミサは、外見だけ見るとただの女児だ。しかし、その実態は、死神すらも恐れさせるチートな戦闘力を持っていた。
人呼んで、天使のテロリスト、二丁拳銃のミサ。
この、主婦とテロリストの二刀流。家族の平和を乱すものには一切容赦しない。
その存在を知るものは、少ない。
「さあ、私の背中に人生を見るのです! レー、出発なのです!」
「はいはい」
ミサとレーは夕暮れの町の中へと飛び出して行ったのだった。
……つづく(マジかよ!!)
ママは能力者 ~ある日チート能力を手にした主婦が天下無双する話 ゆうすけ @Hasahina214
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