九 寿ぎ 2017年 9月
「生後六か月なら、もう長旅も大丈夫だ。うちのヨッコが保証する」
九月中旬、弟から電話をもらった。お袋が孫を抱っこしたいと駄々をこねているぞと、弟は陽気な
弟は
「
佳子さんの声がした。弟のカミさんだ。佳子という名前の読みが美子と同じヨシコなので、実家では僕の妻を「ヨシちゃ」、弟のカミさんを「ヨッコさ」と呼んで区別している。佳子さんは越後にあまたある
弟は受話器を佳子さんに渡した。
「
完璧な
佳子さんは二人の子供を育てた。長男も次男も国立大学の医学部に在学中だ。二人とも頭はもちろん、性格も抜群にいい。佳子さんは美子の育児アドバイザーである。弟の妻なので形式的には
「
僕らの結婚式の日、佳子さんは、大笑いしながら昔話をした。
父の会社が倒産した一か月後、弟は大学を中退して田舎に戻り父の知り合いが経営する酒造会社に就職した。その際、二年間付き合っていた佳子さんと別れている。
佳子さんの方は、大学を卒業後、一般企業には就職せず商社の重役だった父親の
「別れて六年経った時に、ひょいっと思い出したんだがね。憎っくて憎っくて
佳子さんの話には嘘がある。
佳子さんは弟と別れた次の日に「私、何時までも待っていますから」と新潟の母に電話をしている。あれだけの
六年後、ようやく借金の片が付いたと、母は佳子さんに電話した。
翌日
母は弟を隣に座らせ、息子の嫁になってくれと畳に手を着いて頼んだ。
「そのつもりで来ました。親からは帰って来るなと言われています。お嫁に貰っていただかないと困るんです」
佳子さんは東京の実家に戻らずそのまま泊まり込み、三日後に入籍した。一か月後、弟と形ばかりの小さな結婚式を挙げている。
弟は当時、
佳子さんには商才があった。
洋酒と
佳子さんが選んでくれたチャイルドシートに隼人を座らせ、早朝、秋の関越道にカローラを走らせた。全てのサービスエリアに寄り、隼人にミルクを飲ませ、おむつ替えをしながらの道中だったので、実家に着くまで六時間かかった。隼人はミルクを飲むとき以外はほとんど眠っていた。
実家の玄関先で、母が僕らを出迎えた。
「半年ぶりだねえ。ハヤちゃん」
隼人が生まれた二日後、母は佳子さんに連れられて、まだ産院にいる孫の顔を見に来た。産院近くのホテルに二泊して新潟に帰っている。
新潟で隼人は離乳食デビューをした。
女三人が大騒ぎしながら
「離乳食は朝ごはんのとき、あげるのよ」
万が一アレルギーがでたときに、病院が開いていないと困るからだ、と佳子さんは美子にアドバイスした。
「今日は、近くの小児科が遅くまで開いているから」
確認済みだと佳子さんは言った。
晩餐の食卓には鯛の
「俺たちの
弟が呆れ顔をした。
「隼人の
隼人の初宮参りの時、母は上京できなかった。足を
「初孫の時も二人目の時も、うちはまだ貧乏で大した
隼人を抱いて
……母さん、これは母さんのお祝いだね……
僕は口に出さずにそう言った。
どんなに辛いことも、母は笑いとばして生きて来た。自分の人生は間違っておらず、諦めず投げ出さずに生きていれば、それは必ず自分に
「ハヤちゃんと
佳子さんの
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