第四章『執行』

終焉の鐘

 ー軍本部 勇者訓練施設ー


 あ、ああ、あああ、


 聖典に則り、人類は例外なく滅ぼさなければ、ならなかったはずだ。


 存在価値を問う、役目を果たせぬ傀儡に。


 全身に寒気が走り、どうしようもない苦悶と苦痛が押し寄せる。


 己の犯した罪の重さを、失敗の代償を、一身に背負いきれず、胸の奥から、言いようのない不快感が込み上げてくる。


 意識が朦朧としたまま、洗面所へと向かう。



「う、ぉぅぅぅあぁぁぁぁ」


 洗面台に嘔吐した。

 眼前の鏡には一瞥も与えない、きっと酷い顔だ。


 寝床に倒れ込み、一秒毎に暴走を繰り返す感情が、止めどなく涙を流れさせる。


 頭痛がする。全身が痛い。今までの疲労の蓄積、その全てが僕を蝕む。


 体を極限まで縮こめ、精神は自滅へと向かう。


 声にもならない嗚咽が、毛布の中に消えていく。



 ................苦しい。



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 ー軍本部 一室ー


 自室で、あのときのことを思い出す。


 敵は新型の魔族。

 絶体絶命だ。相打ちにはできても、私は死んでいた。



「お前なんかに、殺させはしないッ!」


 そう、勢いづいて去勢を張る。

 もう、駄目かもしれないな。

 ここで、死ぬのか。


「じゃあね、これで、終わり」


 黒の斬撃が、急襲する。

 避けられない。炎魔法で反撃を用意しているが、身を守ることはできない。


 ここまで、か。


 ーああ、まだ、死にたくないな......


 死にゆく哀愁と、世界への惜別。

 静かに、目を閉じ、終わりを受け入れようとした。


「な、何っ!?」


 ー滅びの斬撃は、目の前で弾かれていた。


 驚いて、目を開き、見上げる。


「お前......ルード、か?」


 最近、よく会っている少年の名を呟く。


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「どうして、僕に構うんですか」


 あいつは、いつだって不器用だったな。


「僕に同情は要りません。そんなものは不要です」


 とても大きなものを、たった一人で背負い込む。



「だからさ、そんな寂しそうな顔するなよ」


 それは、心配ではなく、心からの願いだった。


「じゃ、頑張れよ。応援してるぜ」


 それは、何気ない別れの挨拶ではなく、純粋な声援だった。



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 その少年の方へ振り返り、言った。


「ありがとう、本当に、助けられた。あなたに、精一杯の感謝を」


 心からの思いを、口にする。

 命が助かった安心よりも、それよりも大きい感謝と、今まで以上の笑顔で。


 貴方は、俯いたまま、何も言わない。

 人一人助けたことを、微塵も誇ろうとしない。


 そんな貴方を、私は......


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 ー軍本部 勇者訓練施設ー



 寝床にうずくまり、我が身を呪い続ける。

 自業自得だ。勝手に間違えて、勝手に苦しむ。

 哀れで、滑稽で、何よりも気持ち悪い。


 涙は止まった。声はもう枯れた。

 残ったのは、ただの空っぽな器だ。


 感情の暴走が峠を越えて収まってくる。

 残ったのは、ただ空虚な心だ。


 こんな生に意味は無く、

 たった一つ、信じていた物さえ裏切り、

 残ったものはただ空虚で、

 呼吸をすることが、嫌で仕方ない。


 ーああ、もういっそ、このまま。


 毛布に顔を埋め、呼吸を止める。

 このまま死んでしまえば、救済はない。

 墜ち行く先は、自我さえない虚無だ。


 それでも、僕には、もう立ち上がる資格が無い。

 望みは絶たれた。決意も覚悟も砕け散った。

 成し遂げたことは何もない。無駄な人生だった。

 ただ一つ、叶えたい願いすら思い出せない。



 ......................さようなら。





「来たぜ。邪魔だったか?」


 そこに立っていた。ここまで来たのに、気付かなかった。


「どうした。何かあったみたいじゃないか」


 ローゼマリー中佐は、僕の前に立ち、そう尋ねる。

 僕は.....


 そこから立ち上がる。

 言葉が、口をついて出てきた。


「僕は、間違い、重大な失敗をしました。たった一つ、信じていたものさえ裏切って」


 何故か、ありのままを口にしていた。


「そうか、失敗、か。なら、それを、後悔しているのか」


 後悔?ああ、それはそうさ。

 するに決まっているだろ。


「......ええ、後悔していますよ。あの時、違った行動を取っていれば......」



「なら.....


 後悔しているなら、それは、って、そう思っているってことじゃないか」


 次?そんなものは......


 いや、まだ、


「後悔は、次はもっと上手くできる、二度と失敗しないという、の現れだ」



「..................」



 そうだ、......そうだよ、


 僕は、もっと上手くできたはずだ。

 二度と、同じ失敗はしない。


「なら、それは失敗じゃない。次への布石さ」



 失敗も、間違いも、あり得ない。



「そんなのは、全て終わってからじゃないとわからないんだからさ。なら、考えるのは次のことがいい」



 常に最善策を。

 作戦が失敗したなら、利用して次へと繋げろ。

 最後に勝つのは僕だ。

 終わりの日まで、戦い続ける。



「......だからさ、そんな顔、するなよ」



「はい! お言葉、ありがとうございました!」



 ーもう、立ち止まらない。


 僕が、全てを終わらせる。




 そして、少年は、終焉へと歩き出す。

 もう二度と、踏み止まることはない。





 Going forward to the end............

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