第7話 魔法少女も色々大変らしい その③
耳をつんざくような衝撃音とナイトメアの咆哮。ミラクルピンクとマジカルブルーは公園で戦っていた。
「右クル!」
ミクルの声に、ミラクルピンクはその場で大きく跳躍した。
ナイトメアの拳が、彼女の立っていた場所を抉り取る。その隙に彼女はひらりと体を旋回させ、巨大な腕の下に潜り込んだ。
その漆黒の腕を掴んで、背負い投げの要領で力いっぱい放り投げる。
公園の中を投げ飛ばされたそいつは、近くにあった遊具を巻き込んで倒れこんだ。
起き上がろうともがくが、その巨体に遊具が複雑に絡みつき、上手く脱出できないようだ。まるでひっくり返った蜘蛛のように手足を動かしていた。
それを見届けたミラクルピンクは再び大きく跳躍して、足元に出現した星型の足場に着地する。
風で揺れる髪を耳にかけ、戦場となっている公園を静かに
(相手は2体、1体は私が抑えている。もう1体は……)
視線をもう1体の方へ向ける。ブランコの近くでは、マジカルブルーが大きなハンマーを振るいながら戦っているところだった。
彼はハンマーを振りかぶって、地面に思い切り打ちつける。
すると、その場所がひび割れたように抉れ、ナイトメアの方へ一直線に亀裂が走っていった。
巨大な影の足元に届いた亀裂は、そこでぴたりと止まる。岩のような塊が隙間から勢いよくせり上がり、ナイトメアの体に突き刺さった。
苦しそうな呻き声を上げるナイトメア。だがすぐに反撃に転じて、マジカルブルーへと拳を振りかぶった。
大きな巨体から繰り出された拳が、マジカルブルーに向けてゆっくりと振り下ろされる。
それに目敏く気付いた彼は、ハンマーを宙に投げた。
空いた両手を前に突き出す。そこから蒼空色のバリアのような防護壁が展開され、ナイトメアの拳を真正面から受け止めた。
硬いものにぶつかったような重い音が辺りに響く。衝撃がその場に突風を巻き起こし、砂埃を舞い上がらせた。
にらみ合いを続けていたマジカルブルーは、ふいに不敵な笑みを浮かべた。今もなお落下しているハンマーに視線を投げる。
「すべてを呑み込め! ウォーターフォール!」
その掛け声が引き金となり、ハンマーから大量の水が溢れ出てくる。
その勢いはどんどん増し、公園全体を呑み込むように渦巻いていた。だが、不思議なことに、壁に阻まれているかのように公園の外へは一滴も漏れだすことはなかった。
防護壁を収束させたマジカルブルーは、片手を空に翳す。すると、水を吐き出していたハンマーが吸い寄せられるように彼の手に収まった。
彼はそれをしっかりと握り、オーケストラの指揮者のように振るう。
水流は彼の動きに呼応するように、ミラクルピンクが相手していたもう1体も巻き込み、徐々に公園の真ん中へと集まっていった。
あっという間に、公園の中心で、巨大な渦が出来上がった。
中はまるで洗濯機にかけられているように、ナイトメア2体がぐるぐるとまわっているのが見える。
ミラクルピンクは彼の桁違いのスケールの大きさに息を呑んだ。
渦はしばらくその場で回っていたが、マジカルブルーの動きに合わせてだんだん細く、縮小しているようだ。
彼が演奏のフィナーレのときのように手をグッと握りしめると、その渦はその場ではじけ飛び、小さな泡となって辺りに降り注ぐ。
泡は損傷した箇所で次々と弾けていき、公園をあるべき姿へと戻していく。
壊れた遊具を修復し、地面のひび割れも直した。そして、マジカルブルーが思い切り暴れた痕でもある辺りの水滴でさえ、綺麗に乾かしていく。
「元の場所へおかえり」
彼がそう言ってハンマーを空高く掲げると、修繕された箇所から再び泡が抽出された。
そして、それはマジカルブルーの手元に集まってきた。それらは融けあい、一つの大きな泡へと変貌していく。
マジカルブルーは、それを網で捕まえるかのように、ハンマーを一振りした。
光がハンマーに回収されたのを見届け、マジカルブルーは鋭い瞳を空に向ける。だが、その鋭い瞳はすぐに人懐っこい笑みに変わり、空で様子を見守っていたミラクルピンクに話しかけた。
「ごめんね、見せ場取っちゃった」
そう言ってぺろりと舌を出すマジカルブルーに、ミラクルピンクは両手で胸を抑える。
「……か、カワイイ」
目の前でビスクドールのような風貌の男の子が、まるでいたずらっ子のような表情をしたのだ、カワイイ以外の感想を持つ方が失礼だろう。
ミラクルピンクは星形の足場を消して、まるで忍者のように静かに着地した。そして興奮冷めやらぬといった様子でマジカルブルーに話しかける。
「あの水の技すごいね!! なんかいかにも魔法って感じ!!」
「へへん、そうだろ?」
マジカルブルーの方もまんざらではないらしく、ハンマーを扇子に見立てて水芸の真似事のようなことを披露した。
ハンマーから小さな噴水のように水が吹き出る様子に、ミラクルピンクは手を叩いて感心する。
「これくらい朝飯前だよ」
マジカルブルーが一つ指を鳴らした。
すると、吹き出ていた水がしずくとなり宙を漂う。ミラクルピンクが指先で触れると、それは柔らかな弾力を返してきた。
「ねぇ、ミクル見て見て! すっごくカワイイ!」
「かわいいクル!」
ミクルは自分の大きさほどの雫に抱き着いて、「ひんやりするクル~」なんて言って1人で涼んでいる。
そうやってはしゃぐミクルの姿は、新しいオモチャを手に入れた小動物のようで、いくら眺めていても飽きない。
ミラクルピンクは頬をだらしなく緩ませながら、ミクルを見守っていた。
「……30点カル」
だが、不意に聞こえてきたマカルの静かな声に、ミラクルピンクは身を強張らせる。
「なんだよマカル」
マジカルブルーが口をとがらせて言い返した。
辺りを浮いていた雫も、その場で重力に従って落ち、地面にいくつもの水たまりを作る。ミクルは名残惜しそうにその水たまりに顔を映していた。
一触即発の雰囲気に、ミラクルピンクの背中にじわりと嫌な汗が浮かぶ。殴り合いの喧嘩にでも発展してしまいそうだ。
最初に口火を切ったのはマカルの方だった。理知的な瞳を光らせ、淡々と話し始める。
「さっきの戦闘はまだまだだったカル。あんな派手な技を使わなくてもあれくらいのナイトメアは倒せたはずカル」
「いいじゃん、どうせみんな元通りになるんだしさ。俺だってこの前と違ってちゃんと水が外に漏れないように調節したんだからな」
「それを加味しての点数カル」
「この前と3点しか変わんねぇじゃねぇか!」
だが、ミラクルピンクの心配をよそに、始まったのはただの軽い口喧嘩のようだった。
もっと激しい言い争いが繰り広げられると思っていたのだが──。
事務的に言い放つマカルと、少しオーバー気味に反応を返すマジカルブルー。
まるで漫才のボケとツッコミのようだ。
温度差はあれど、きっといいコンビなんだろう。
ミラクルピンクはくすりと笑みを零した。
ふと、感情の読めないマカルの目がミラクルピンクをとらえた。
「ついでにキミもカル」
「えっ!? 私も?」
「そうカル。キミにも言いたいことはたくさんあるカル」
「えぇ……」
急に飛んできた流れ弾に肩を落とす。
「ミラクルピンクは体術に頼りすぎカル。いざ体術が効かない相手が来たら、勝つものも勝てなくなるカル。そもそも魔法少女というのは……」
うんたらかんたら。
蘊蓄を含めながら語られる話は長いのが定石だ。それはドリーム王国でも変わらないらしい。1人語り続けるマカルを横目に、ミラクルピンクはミクルにそっと話しかける。
「……ミクル、魔法少女って大変なのね」
「マカルの小言はドリーム王国いち長いクル」
そうは言いながらも心なしか嬉しそうにマカルを眺めるパートナーの姿に、ミラクルピンクはもう少し付き合ってやろうと、大きく伸びをした。
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