第6話 魔法少女も色々大変らしい その②


「鉄臣、コタロウ預かっててくれn……」


 ドアの前に立っていたのは、鉄臣の妹、不動千鶴だった。

 中学生にしては背の高い体躯、短めに切りそろえられたボーイッシュな髪型。不動家のDNAである目つきの悪さは、しっかりと受け継がれているが、それがアジアンビューティーといえる美しさを助長していた。


 愛猫のコタロウを両手で抱えていた千鶴は、ぽかんと口を開けたまま動かなくなる。なにか悪夢でもみたような、この世の終わりのような顔をして、わなわなと身を震わせていた。


 そういえば、ミラクルピンクの変身を解除していなかったな、と鉄臣の頭の中の冷静な部分が分析した。まずいとも思うが、なんだか頭が上手く回らなくてどうしていいかもわからない。


 鉄臣と3歳離れている彼女は、絶賛反抗期の真っただ中で、こういった用事を頼んでくるときくらいしか話しかけてこないのだ。

 そのタイミングがよりによって今だなんて。


「おかあさーーーーん!! 鉄臣の部屋に変な女の子がいる!!」


 母を呼ぶ大声にハッと我に返ったミラクルピンクは、無言で勢いよく扉を閉めた。開かないようにノブを抑えて全体重をかける。


「ちょっと! 閉めんな!」


 千鶴が、対抗するようにドアノブをガチャガチャと動かし、無理矢理こじ開けようとしていた。

 それを阻止しようと懸命にドアノブを押さえつけるミラクルピンク。

 2人の少女が扉を挟んでにらみ合っていた。


 だが、最初に白旗を上げたのは、意外にもドアノブだった。

 バキン、と嫌な音を立て、ミラクルピンクの手に取れたドアノブが宙ぶらりんになって垂れ下がる。


 サッと顔を青ざめさせるミラクルピンク。自身が人並外れたパワーを持っていることをすっかり忘れていたようだ。

 同じく向こうにも同じことが起こったのだろう。短い悲鳴と重いものが落ちたような物音が聞こえてきた。


 そこからの判断はほぼ同時だった。

 ミラクルピンクと千鶴は、扉に体重をかけた。互いにその場で踏ん張り、扉を押しあう。

 ミラクルピンクは最後の砦を壊さないようにそっと抑えるだけにしているが。


「ヤバい! ミクル、どうしよう!?」

「なにが問題クル?」

「問題しかないよ!?」


 ふよふよと浮いていたミクルが、ミラクルピンクの周りを興味深そうに飛び回っている。彼女は、どうして変身した姿で家族と接触するのがまずいのかわかっていないらしい。

 扉の向こうからは、大騒ぎする千鶴の声を聞きつけたのか、母親が階段を上ってくる足音が聞こえてきた。


 侵入しようとしてくる妹、様子を見に来ている母親、そして状況が理解できていないミクル。まさに孤立無援の状態に、ミラクルピンクは天を仰いだ。


「だったら、変身解除すればいいクル」

「……あ。」


 その言葉は神様からの助けのようだった。


 ミラクルピンクは胸のコンパクトを外して、「ミラクルアントランスレーション」とそこに小さく吹き込む。

 そして淡い光に包まれた彼女は、その中で身長や体格がどんどん変化していった。

 華奢だった肩幅はがっしりとしたいかり肩に、控えめに主張していた乳房は厚い胸板に、人畜無害そうな瞳は切れ長の目に。

 ミラクルピンクから不動鉄臣に戻るのに、ほんの数秒もかからなかった。


 自分の容貌を姿見で確認してから、ゆっくりとその扉を開ける。

 すると扉に力をかけていた千鶴が、勢いよく部屋の中へと飛び込んできた。荒くなった息を整える間もないまま、千鶴は鉄臣に詰め寄ってくる。


「鉄臣!!」

「千鶴、なにか用か?」

「いまあんたの部屋にフリフリの女の子がいたのを見たんだけど」

「いるわけないだろ、ほら」


 鉄臣は体をズラして自分の部屋を見せた。少し散らかった部屋。床に放置された筋トレグッズはあれど、部屋の中に彼女の言っていた少女の姿はない。


「見間違いじゃない? 鉄臣がそんなものに興味を持つはずがないもの」

「そうそう、筋肉一筋だし」


 鉄臣の部屋に顔だけを覗かせて、彼らの母親が嗜めるようにそう言った。鉄臣もこれ幸いと母親に援護射撃をして、なんとかこの妹を丸め込もうとする。


「でも、見たんだって!」


 さらに食い下がろうとする千鶴。この頑固な妹は、自分の見たものが証明されるまでは梃子でも動かないだろう。

 鉄臣は、彼女の足元で欠伸をするコタロウに目をやった。暇そうなその猫を抱き上げ、千鶴に見せつける。


「あー、ほら、コタロウ預けに来たってことは用事があるんだろ? 責任持って預かっとくから、行った行った」


 千鶴は鉄臣にジトリと冷たい視線を向けていたが、一つだけ溜息を吐いた。そして大きな足音を立てながら、自分の部屋へと向かい、その扉を開けた。


「ぜっっっったい、いたんだから!」


 分かりやすい負け惜しみを残して、大きな音を立てて扉を閉める千鶴。


「反抗期かしら?」


 見当違いのことを呟きながら、鉄臣の母親も階段を下りて行く。その足音が聞こえなくなるのを確認して、鉄臣は大きく息を吐いた。


 自室の扉を閉める。ドアノブが壊れたせいで、半開きになるそれをダンベルで固定した。

 コタロウはいつの間にか鉄臣の手から抜け出していて、お気に入りの窓際に陣取っている。我関せずといった風に舌で毛づくろいをしていた。


「大丈夫クル?」

「……なんとか」


 心配そうに鉄臣の肩に止まるミクル。鉄臣はその顎下を優しく撫でた。くすぐったそうに身を捩るミクルとは相対的に、彼の表情はなんだか浮かない。


「……あまり家ではミラクルピンクにならない方がいいな」


 鉄臣の沈んだ声に、コタロウがにゃあ、と一声鳴いた。




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