第5話 魔法少女も色々大変らしい その①

 閑静な住宅地のど真ん中にある不動家にて。


 不動鉄臣は、神妙な面持ちで正座をしていた。目の前にあるテーブルの上には、ミラクルコンパクト。彼の普段から深い眉間の皺がさらにくっきりと刻み込まれている。


 妖精のミクルはパニエのワンピースを、花弁のように広げてテーブルの上に座っている。そして、物憂げな瞳で鉄臣の様子を見守っていた。


 コンパクトとミクルの姿だけを切り取れば、まるで異世界ファンタジーのような光景だが、残念ながらここは不動鉄臣の自室である。


 ベッドに勉強机、そして無造作に放置された筋トレグッズ。扉が少し開いたクローゼットには漫画や雑誌が覗いていた。

 この標準的な部屋の内装が、彼女たちのアンバランスさを際立たせていた。


「いくぞ、ミクル」

「わかったクル」


 ゆっくりと深呼吸した鉄臣は、その手を伸ばしてコンパクトを持ち上げる。職人のような目つきでそれを睨めつけ、空高く掲げた。


「ミラクルトランスレーション!」


 掛け声とともに、鉄臣の部屋が閃光に包まれる。


 光が収束した先には、推定14歳くらいの少女、魔法少女ミラクルピンクが、鉄臣のいた場所にちょこんと座っていた。


 ミラクルピンクはその大きな目を瞬かせ、シルクのオペラグローブに包まれた自身の手を眺める。一回り以上小さくなった手が物珍しいのだ。

 試しに側に落ちていたパワーグリップを手に取った。いつもなら手のひらサイズのそれが、収まりきらないくらい大きく感じられる。


「小さい……!」


 立ち上がりクローゼットを勢いよく開ける。扉の裏にはめ込まれている鏡に自身の姿を映した。

 緩く編み込まれた桃色の髪、ぱっちり二重に長いまつげ、零れ落ちてしまいそうなほど大きな瞳、血色のいい頬に透き通るような白い肌。


「か、カワイイ……!」


 両手で頬をつまんだり、伸ばしたり。もちもちスベスベの肌の感覚が伝わってくる。鏡の向こうのミラクルピンクも同じ動きをしていて、つい笑みがこぼれた。


「んんっ、カワイイ……!」


 その場でターンを一回。動きに合わせてひらりと揺れるプリーツスカートにミラクルピンクは目を輝かせた。


「すっごくカワイイ!!」


 頬を紅潮させ、興奮気味に叫ぶミラクルピンク。その声も、カナリアのように透明感溢れており、誰がどう見ても女の子だろう。


「すごい、すごいよミクル!」

「これが魔法少女のパワークル」

「でも、話し方も女の子みたいになるんだね」

「そうクル。アンタたちのプライバシーを守るためクル」


 ミクルは誇らしげに胸を張る。そして翅を動かしてミラクルピンクの近くまで飛んでいき、彼女の頭の上に着地した。


「確かにこの見た目から、俺、とか言われちゃうと夢が壊れちゃうもんね」


 ピンクを基調にした衣装。ステッキ片手に決めポーズをとるミラクルピンク。

 だが、ケープの下ではためく特攻服に、真っ黒のサングラス。心なしかガラが悪そうだ。


「魔法少女ミラクルピンク! テメェらのカワイイ守ってやんぜ!」


 背後から暴走族らしいホーンが鳴り響いていた。背中のケープには「魅羅苦瑠賓苦ミラクルピンク」と書かれた刺繍が刻まれている。


「……それはそれでカワイイかも」

「なにがクル?」

「ミラクルピンクの無限の可能性、かな」


 ミラクルピンクの意味ありげな言葉に、はてなを浮かべるミクル。


「ふふ、気にしないで」

「よくわからないけど、かねおみがミラクルピンクのことをいっぱい考えて強くなることはとってもいいことクル」


 そう言ってミクルはミラクルピンクの髪飾りの位置を直した。


「ありがとう、ミクル」

「パートナーのお世話はできる妖精の秘訣クル。マカルが言ってたクル」


 マカル、その名前を聞いて、ミラクルピンクは昨日あった出来事を思い出していた。

 マカルやドリーム王国の王子、そして彼らから聞いたホープレスキングダムのこと。

 襲いくるであろう脅威に、ミラクルピンクは拳を握りしめた。


「……そういえば、ミクルはマカルくんのこと好きなの?」

「にゃ、にゃんのことクル!?」


 舌がもつれて上手く言葉にならないミクル。声も裏返り、耳まで真っ赤に染まっていた。

 彼女の動揺が手に取るようにわかり、ミラクルピンクの顔に思わず笑みが浮かぶ。


「マカルくん、クールでかっこいいもんね」


 昨日のあの理知的な瞳を思い出す。

 言うなれば委員長タイプの男の子だろう。あの物静かで落ち着いた雰囲気は一定層の女の子から人気があることをミラクルピンクは知っていた。


「そ、そんなこと知らないクル」


 ミクルはするりとミラクルピンクの頭上から降り、鉄臣のモノトーンのベッドに座った。腕を組みそっぽを向いているが、表情は嘘を吐けないようだ。「ミクルはマカルが好きクル」と如実に表れていた。


「聞きたいなー、マカルくんの話。だって私マカルくんのことよく知らないしなー、まだ信用できるかどうかもわかんないしなー」


 ベッドに腰かけ、ミクルに聞こえるようにひとりごちる。

 彼女はそっぽ向いたままだ。だが、その美しい翅は正直で、ピクピクと小さく反応を繰り返していた。

 ミラクルピンクはもう一押しと、芝居がかった様子で声を張り上げる。


「あーあ、どこかにいないかなー、マカルくんのこと知ってて教えてくれそうな親切でデキる妖精は。いないよなー」


「……マカルは学校でも秀才だったクル。頭がよくて規則に厳しくて、アタシなんていつも注意されて鬱陶しい存在だったクル」

「お、なにか聞こえるぞ? ふんふん、それで?」


 小さいが背後から聞こえてきた声に、ミラクルピンクは耳をそばだてた。


「でも、最初にナイトメアがドリーム王国を襲ってきたとき、ミクルのことを助けてくれたクル。マカルは優しいクル、十分に信用できるクル」

「へぇ、いい子なんだね、マカルくん」


 きゅう、と音を立てて俯くミクル。今にも湯気が出そうなくらい真っ赤になっていて、少しかわいそうだ。


「ごめんね、ミクル。教えてくれてありがとう」


 彼女をそっと手のひらで掬い上げ、目線を合わせる。そのしょんぼりしている小さな体に笑いかけた。


「……そうだ、お菓子でも食べよっか」

「……お菓子クル?」


 ミクルの関心を引けたことにホッとしたミラクルピンクは、彼女を肩に乗せて立ち上がる。


「そう、なににしようか。ミクルは甘いもの好き?」

「お菓子は甘いクル? だったら好きクル」

「じゃあチョコレートにしよっか」


 などと話しながらドアノブに手をかけるミラクルピンク。


 だが、それをひねる前に、扉はひとりでに開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る