第4話 カワイイは正義だ その④

「やや、お疲れ様! 可愛かったよ~」


 茶化すような拍手と軽薄そうな声に、ミラクルピンクは眉を顰めて振り返る。


 そこには、1人の少年が立っていた。

 身長は150cmくらいだろうか。青と黒を基調とした水兵のようなセーラーにショートパンツ。セーラー帽をかぶり、手にはその風貌に似つかわしくない巨大なハンマーを持っている。


 そして彼の肩には、ミクルそっくりな見た目の妖精がいた。ただ、目つきと色が違う。


 彼はミクルと違い、物静かそうな雰囲気でたれ目がちな目をしていた。そして、ミクルはピンクを基調にしているが、彼は全体的に青系統の色でまとめられている。

 彼女たちの特徴的なその二対の翅。例えるなら、ミクルは森林だが、彼は夕闇を想起させるようなグラデーションだ。


(うわ、カワイイ……!)


 まるでビスクドールのような見た目の彼らに、ミラクルピンクは息を呑む。


「久しぶりカル、ミクル」


 アイオライトの瞳を持った妖精は、表情を変えることなく話す。

 目を見開きわなわなと体を震わせながら、ミクルが、マカル、と小さな声で呟いた。


「ひ、久しぶりクル」

「パートナー、見つかったカル?」

「ついさっき、クル」

「おめでとうカル」

「あ、ありがとう、クル」


 ミクルの言葉はごにょごにょと不明瞭だ。俯いて表情は見えないが、耳が真っ赤になっている。

 ミラクルピンクは、ははん、と1人納得した笑みを浮かべた。


「はじめましてカル。僕の名前はマカル、こっちはパートナーのマジカルブルーカル」


 ぺこりと丁寧にお辞儀するマカルに釣られるようにして、ミラクルピンクもお辞儀した。なんだか聡明な雰囲気の男の子だ。

 マジカルブルーと呼ばれた少年は、ニコニコと笑って片手を上げる。対照的な2人だ、反りが合うとは思えないが。


「ミクル、彼らは友だち?」

「と、友だちじゃない……クル」

「ぼくたちはクラスメイトカル。……その説明がまだだったカルね。ちょうどいいカル、マジカルブルーも一緒に聞くカル」


 マカルは、ミラクルピンクの前に立って咳ばらいをした。そして仰々しい様子で、水晶玉らしきものを取り出す。何度かそれに指先でタップした後、その上で手をかざした。


 水晶玉がうすらぼんやりとした鈍い光を放つ。中でもやもやとなにか漂っているような混濁が見え、それがプロジェクターのように拡大されて、空中に映し出された。


 そこにあったのは豪奢な玉座の間。様々な文様が彫刻された壁、装飾の凝ったシャンデリア、深紅の高級そうな絨毯。その先に3段くらいの階段があり、頂に玉座が一つ。


 太陽を思わせるグラデーションの3対の翅を広げ、ローブを羽織った聡明そうな妖精が座っていた。

 見た目はミクルやマカルと変わらない。ただ、つい膝を折ってしまいそうな王者の風格を纏い、アレキサンドライトの瞳を光らせていた。


 地面に小さなクッションを布き、そこに水晶玉を置いて跪くミクルとマカル。こっそりとマジカルブルーの方を確認すると、彼も頭を垂れていた。

 ミラクルピンクも彼らに倣って跪く。

 

 面を上げるムル、とその妖精は威厳のある声で言った。


「ミクル、マカル。まずはパートナーと出会えたこと、おめでとうムル」


 ミクルとマカルは、ありがとうございます、と声を揃えて応える。


「ミラクルピンクさん、マジカルブルーさん、このドリーム王国の危機に手を貸してくれること、ありがたく思いますムル」

「当然のことをしたまでです、ドリーム王子」


 マジカルブルーが臆することなく答えた。その回答を聞いて、ドリーム王子と呼ばれた妖精は緩く微笑む。


「さて、ミラクルピンクさんにはこの状況をお話する必要がありますムル」

「それはぼくたちから説明しますカル」


 立ち上がり、ミラクルピンクに向き直ったミクルとマカル。


 マカルは空中に一つ円を描いた。するとたくさんの花が咲き乱れる花畑のある街とその奥にそびえ立つ王宮の風景がホログラムのように映し出される。

 風情のある美しい国に、ミラクルピンクは釘付けになった。


「これはぼくたちの住む国、ドリーム王国カル。この方は我が国の王子、ドリーム115世様カル」

「アタシたちは、あんたたち人間の夢や希望を少しずつもらって生きているクル」

「その、ドリーム王国ってところから、どうしてここに来たの?」


 ミクルとマカルは顔を見合わせ、2人頷く。そして、もう一度空中に円を描いた。次は、岩山に囲まれた街や王宮の風景を映し出す。物悲しい雰囲気はあるが、侘び寂びといった言葉がぴったりな美しい国だ。


「ここはホープレスキングダム、ぼくたちとは反対に人間の絶望や恐れを糧に生きている国カル」

「この国は何度も世界を絶望に染め上げるために、アタシたちの国に攻め込んでいるクル」

「この長い歴史の中、幾度も戦いがあり、多くの血が流れましたムル」


 映像が切り替わり、戦いの歴史を辿るように戦火の映像が流れている。倒れ伏す妖精、荒れた花畑、だが、その中で果敢に戦う2つの影。


「ドリーム王国に危機が訪れし時、アースワールドに2つの救世主が目覚める。その救世主は2つの国の争いを諫め、平和をもたらすであろう。我が王家に古くから伝わる伝説ですムル」

「その証拠に、昔から何度も助けてもらったクル。魔法少女はかっこいいクル」


 物語の世界のような話に、ミラクルピンクは目を白黒させた。カフェに入れるようになりたいとそう愚痴をこぼしたことが遠い昔のように思える。


「だけど、ナイトメアは私たちの世界にいました。どうしてなんでしょう?」

「……最近、ホープレスキングダムの王が変わって、まずは足掛かりとしてアースワールドを攻めるようになったカル」

「今まで破壊という本能に従っていた彼らが、最近は統率が取れるようになっているのも気になりますムル」

「相当やり手の王カル」


 王子とマカルの不穏な会話を聞き、ミクルが不安げにミラクルピンクを見上げる。

 彼女は鉄臣を巻き込んでしまったことを後悔しているのだろうか。

 その揺れているアメジストの瞳を、しっかりと見据えて、ミラクルピンクはひとつ頷いた。


「わかりました。どこまでできるかわからないけれど、頑張ります」

「要は、敵を倒して大将の首を取ればいいんだろ?」

「まあ、そう言えるカル」

「だったら簡単だよ、な、ミラクルピンクちゃん」


 手に持っていたハンマーをぶんぶんと振り回し、ウィンクを飛ばしてくるマジカルブルー。その軽薄さが今はなんだか心強い。


「それは鈍器じゃないカル」

「わかってるっての。あーあ、なんでこれで殴っても威力出ねぇんだろ」

「なるべくこちらからのサポートもするつもりですムル。よろしくお願いいたしますムル」


 ドリーム王子が深々と頭を下げる。そこで通信は切れ、水晶玉はなにも映さなくなった。それを懐に仕舞い、マカルはこちらに手を差し出してくる。


「これからよろしくカル」

「一緒に頑張ろうね、ミラクルピンクちゃん、ミクル」

「よろしく、マカルくん、マジカルブルー」

「よろしくクル」


 マカルには人差し指を伸ばして、マジカルブルーには片手を伸ばして、それぞれ握手した。マジカルブルーは満足げに頷いている。


「……その代り、お互いの正体は詮索なしってことにしましょう」


 魔法少女と名乗る女の子の中身が、身長180越えの男子高校生だなんてバレるわけにはいかなかった。嫌悪感の混ざった視線を向けられるのはもう懲り懲りだ。


「あー、うん。俺もその方がありがたいかも」


 マジカルブルーは、視線を彷徨わせる。彼らしくない歯切れの悪い言い方に、おや、と首を傾げた。彼も秘密があるのだろうか。


「ミクルでもわからないことがあれば、ぼくに聞いてほしいカル。きみの持っているコンパクトは、ぼくにも繋がるようになっているカル」

「へぇ、便利なのね。このコンパクト」


 普通の星型のコンパクトに見える。だが、これのおかげで魔法少女にもなれたし、なんだかよくわからないビームも出せた。ミラクルピンクが知らない機能がもっとあるのかもしれない。


「じゃあ、ぼくたちはもう行くカル。じゃあ、ミクル、またカル」

「バイバイクル」


 マカルとマジカルブルーは、ふわりと浮き上がって、そのままものすごいスピードで上昇する。そして東の空に向かって飛んでいき、すぐに見えなくなった。


「……ミクル、私もあの力ほしい」

「ダメクル。ミラクルピンクには跳躍力があるクル」


 にべもなく否定され、ミラクルピンクは項垂れる。

 せっかく魔法少女になったんだから、空くらいは飛んでみたかったな。なんて、東の空を眺めながらぼんやりと考えていた。

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