第3話 カワイイは正義だ その③

「かねおみ、魔法少女になってほしいクル」

「……は?」


 霞んでいた意識が、急に鮮明になる。

 目を開いた鉄臣にミクルは持っていたコンパクトを差し出した。よく見ると側面にも装飾があって、なんだか気品を感じるような気がする。


 困惑する鉄臣の顔をジッと見つめるミクル。その瞳は至って真剣で、冗談を言っている気配は微塵もなかった。


「でも、資格がないだろ。それに、少女ってガラでもないし」


 事実、コンパクトが発する光は未だ弱く、お世辞にも鉄臣が魔法少女の資格があるとは言えない。そもそも鉄臣はただの可愛いものが好きな男子高校生で、決して少女ではないのだ。


「性別なんて関係ないクル! 誰だって魔法少女になれるクル!」

「……ッでも、」



「アタシが! かねおみに! 魔法少女になってほしいから渡すクル! 変身するクル!」



 力強く言い放ったミクルが翅を動かし、鉄臣の胸元にコンパクトを押し付ける。豆粒サイズだったそれは鉄臣の体に合わせるように大きくなった。


 大きな星型のコンパクトから、力の奔流を感じる。全身の痛みも少し和らいだ気がして、鉄臣はゆっくりと立ち上がった。

 未だに瓦礫の雨は止まないが、なぜだか少しも怖くない。


 鉄臣の顔の横で、ミクルが両腕を高く空に掲げた。


「かねおみ! 思いっきり叫ぶクル!」


「ミラクルトランスレーション!」


 鉄臣の叫びに呼応するように、コンパクトから膨大な量の虹色の光が溢れだす。それは、鉄臣の周りを取り囲み、彼を優しく包み込んだ。

 暖かな光に包まれながら、鉄臣の容貌が変わっていく。


 ジャケットは襟付きのケープに、ズボンはセーラーを基調としたスカートに、スニーカーはロングブーツに。

 腕を真っ直ぐに伸ばす鉄臣。虹色の光が腕を覆い隠し、シルクでできたオペラグローブが現れる。鉄臣は、それを肘のあたりまで伸ばした。

 そして、髪は腰くらいの長さになり、薄いピンクに染まる。ゆるく編み上げられていく髪を、星をかたどった髪飾りが彩っていた。

 胸元のコンパクトを中心に大きなリボンが顔をのぞかせる。


「魔法少女、ミラクルピンク! みんなのカワイイを守ります!」


 虹色の光が収まったそこには、ガタイのいい高校生男子はいない。14


「…え?」


 鉄臣は自分の喉を触った。力強く出っ張っていた鉄臣の喉仏はすっかりと引っ込んでしまい、つるんとした感触を伝えてくるのみだった。1オクターヴくらい高くなった自身の声に困惑する。


「私、女の子になってる……!?」

「魔法少女クル、当たり前クル!」


 なぜか誇らしげに言うミクル。


「戦い方はミラクルコンパクトが教えてくれるクル! さあ、ミラクルピンク! 初陣クル!!」


 全身にとてつもないパワーが漲っているのがわかる。地面を力強く蹴って、ミラクルピンクは空中に飛び上がった。


 視界が急にクリアになった。どうやら立ち上る砂埃から脱出できたようだ。

 常人とは思えない跳躍力に「すご……」とつい息を漏らした。


「こっちだ! ナイトメア!」


 お門違いのところを攻撃し続けていたナイトメアと視線がかち合った。目を光らせた巨大なそれは、腕を大きく振りかぶってミラクルピンクに向かって拳を繰り出してくる。


 その軌道をしっかりと目で追っていたミラクルピンクの足元に、星型の足場が出現した。彼女はそれを蹴って、さらに上空へと跳躍する。


 ナイトメアの拳は空を切り、ミラクルピンクがいた場所の地面を抉った。

 飛び散る瓦礫を足場代わりに飛び移っていき、ミラクルピンクは怪物との距離を縮めていく。


 そして、最後の足場を蹴ってナイトメアの顔の前に躍り出た。


「行くクル! ミラクルピンク!」

「ぶっとべー!!」


 渾身の力を込めて、殴りつける。顔面にめり込むくらいの拳に、ナイトメアの体が大きくよろめいた。その巨体は水中に倒れこむ。


 衝撃で膨大な量の水しぶきが立ち、辺りに降り注いだ。


 ミラクルピンクが胸のコンパクトに触れた。彼女の胸元からコンパクトがはずれ、持ち手が出現する。ロッドのような形状になったコンパクトを掴み、それをミクルに向けた。


「……クル?」


 ミクルの体を優しい光が包み込む。それは襲い掛かる水しぶきから、ミクルを守っていた。


 彼女の無事を見届けたミラクルピンクは、足場を作りロッドを構えた。ナイトメアは、むくりと起き上がって体勢を整えている。


 目を怪しく光らせたナイトメアは、その巨大な口をかぱりと開けた。そこに出現した巨大なエネルギーの塊が、だんだんと大きくなっている。

 それを見たミラクルピンクも、目を閉じてロッドに力を集中させてエネルギーを溜めていく。


「ミラクルビーム!!」


 それはほぼ同時だった。

 ナイトメアの口から闇色の力の奔流が、ミラクルピンクのロッドから虹色のエネルギーが。互いに向けて一直線に伸びていき、それはちょうど真ん中のところで衝突した。


 両者のエネルギーは競り合い、一進一退の攻防を繰り返す。


 ミラクルピンクの足が少し後ろにずり下がった。彼女は再びその場で力を籠めて、火力を上げる。ひときわ大きく輝いたミラクルピンクのエネルギーは、ナイトメアのエネルギーを打ち消していく。

 ナイトメアの眼前まで到達した虹色の輝きは、その巨体を丸儘飲み込んだ。


「グ……アァァァァ!」


 悲痛な叫び声をあげて、その姿はだんだんと小さくなっていく。そして、綺麗な光となり空に舞い上がった。


 キラキラとした光は、ナイトメアが破壊した河川敷を修復していく。

 瓦礫を動かし、元の場所にきっちりとはめる。地面にしみ込んだ水滴を浮かび上がらせ、川に戻す。

 すぐにナイトメアがいた痕跡は跡形もなく消え去った。


「元の場所へおかえり」


 それを見届けたミラクルピンクは、ロッドを空高く掲げた。辺りに散らばった光がその中に納まっていく。

 最後の光が収束した後、ミラクルピンクはロッドをコンパクトに戻し、胸元にはめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る