第38話 囚われの令嬢

 「とりあえず退いてくれましたね」


 「ちっ、根性なしめ。市内に押し入れば俺の部下が合流して主導権を奪い返せたかもしれんものを」


 森の方へ退却していく帝国軍を見下ろしながらミルディアがホッと息を吐く。それを苦々し気に睨みながらジュダー少佐が吐き捨てるように愚痴をこぼした。


 「リミステアで内戦を起こすつもりか?少佐。言っておくが市民に被害が出るようなら僕も容赦はしないぞ」


 ミルディアの怒気を含んだ言葉にジュダーが息を呑んで黙り込む。駐屯地に乗り込んで部下たちを制圧したミルディアの力に恐怖しているようだ。


 「さて、しばらくは時間が稼げたな。スフィーが魔女の力に覚醒すればリミステア全体を防御できるようになるだろう。その間に我らは北へ向かい、第三の魔女を見つけねばならん」


 ヴェルモットの言葉にミルディアが頷く。リトルボーイという男がの手先であり、ジュダー少佐を調略したとすれば、帝国軍がまた侵攻してくる可能性は高い。敵の目的がリミステアにあるのは間違いないだろう。


 「とりあえずスフィーのところへ戻りましょう。北に行くにしても準備を整える必要がありますし」


 「うむ。こいつはどうする?」


 ヴェルモットがジュダーを親指で指す。


 「兵士たちに停戦を命令してもらいましょう。計画が失敗したことを知らしめてこれ以上の戦闘は無意味だと言わせます」


 「くっ、そんな簡単に俺が言うことを聞くとでも……」


 「嫌なら刎ねた首を掲げて降伏を呼び掛けることになりますが?」


 ミルディアの言葉にジュダーの顔が引きつる。ヴェルモットは意気消沈したジュダーを蔑むような眼で睨み、再び彼を光の球に封じ込めた。



                 *



 「少々手狭ですが、ご辛抱願います」


 笑みを浮かべながらヴァイスハイトがテーブルの上にティーカップを置く。椅子に座ったフローゼは厳しい顔でヴァイスハイトを睨んだ後、カップの中で揺れる琥珀色の液体に視線を落とす。


 「毒など入っておりませんのでご安心を」


 「ここはどこです?あなたは何故私たちを攫ったのですか?」


 「気丈なお方だ。全く弱った様子をお見せにならない。とりあえずお茶をどうぞ。そちらの執事殿も遠慮なさらず」


 ヴァイスハイトはそう言ってフローゼの対面の椅子に座り、彼女の背後に立ってじっと自分を見つめるゼラスにも柔和な笑顔を向ける。


 「では失礼して」


 視線をヴァイスハイトから外さぬままゼラスがカップを口に運ぶ。毒見のつもりだろう。ゆっくりと紅茶を含み、少し口の中で味わってから飲み干す。


 「問題ないようでございます」


 「だから毒なんか入っていないって。まあ執事としては当然のことかもしれないけどね」


 苦笑するヴァイスハイトに憮然とした表情を見せるゼラス。フローゼは同じように不機嫌そうな顔のままカップを手に取り、視線を周囲に向ける。10m四方くらいの四角い部屋の中にフローゼたちはいた。彼女たちが座っている椅子とテーブル以外はベッドが一台あるだけだ。


 「質問に答えていただけます?」


 「ああ、そうですね。まずここがどこか、という質問えですが、正確に説明するのは難しい。あなたたちがいた世界とは違う空間、としか言いようがないかな」


 「違う空間?」


 紅茶を一口飲み、フローゼが怪訝そうな顔をする。


 「そう。別の世界と言った方が解りやすいかもしれません。次元の観念を説明しても理解してもらえそうにないですからね」


 「ブロイア大陸とは異なる世界だというのですか、ここは」


 「そういうことです。通常の手段では出入りすることのできない異空間。逃げ出すことは不可能をお考え下さい」


 「まさか『魔の坩堝』……」


 「いえいえ。あそこもブロイア大陸の一部ですので。それに『魔の坩堝』では人間は生きられませんしね」


 「それならあなた方魔族も『魔の坩堝』以外の場所では長く活動できないはず」


 「その通りです。ですが異空間であるここならばお互いに生きていられる。素晴らしいとは思いませんか?」


 ヴァイスハイトが手を広げ、どこかうっとりしたような表情で天井を仰ぐ。


 「まさか上級魔族のあなたが人間と共存することを望んでいるとでも?」


 「おかしいですか?確かにこの世界に誕生して以来、魔族と人間は……いえ太祖オリジンを異にする種族は皆、生活圏を違えて生きてきました。ですが人間がこれほど大陸の主導権を握った状態では、あなた方に迎合して生きていくしか他の種族には生き残る手段はないでしょう」


 「魔族らしくない意見ね。人間をエサくらいにしか思っていないくせに」


 「あなた方人間は私たち魔族を誤解しているのです。人間世界に死と破壊をもたらす存在だと思っているようですが、生態が違うだけで私たちも人間と大差ない存在なのですよ。食べて寝て、勢力争いを起こす。人間ほど欲深くはないですがね」


 くっ、くっ、と笑い、ヴァイスハイトが紅茶に口をつける。フローゼは顔をしかめて冷めた紅茶を飲み干し、ふう、と息を吐く。


 「それで人間と共存するためのテストとして私たちをここに連れてきた、とかいうんじゃないでしょうね?」


 「まあ当たらずとも遠からずといったところですか。直接的な理由の一つはリミステアの異変を王都に伝えられては困るからです。あなたが父君の元に帰ればすぐに王都へ伝令が行くでしょう?こちらの準備が整うまでは王様には動いてもらいたくなかったのでね」


 「私が戻らなくてもリミステアから直接王都への連絡が……」


 「今の状態では難しいでしょうね。ミルディアたちのせいでリミステアに駐屯していた王国軍は機能しなくなっているようですが、あいつの味方となる騎士団の数は圧倒的に不足しています。まだ王都へ伝令を放つ余裕はないでしょう。あいつ自身が向かえば別ですが」


 「ミディのことをどうしてそんなに知っているの?」


 「まあそれはおいおい。今のあいつは転移魔法を使えますので、王都へ直接向かわれては厄介です。幸い私の仲間、というわけでもありませんが一応協力関係にある男が別に動いているので、私の見立てではあいつはおそらく王都へは向かわないでしょう」


 「あなたの目的は一体何?」


 「人間が支配するブロイア大陸の現状を変えることです。そのためには一度世界を壊し、再構築する必要がありますので」


 「そんなことが出来るとでも?」


 「出来ますとも。もう計画は動き出しています。大陸の全てを巻き込んだ大変革がね。まあ障害もありますが」


 「それってミディのこと?」


 「ええ。こういうのを因縁と言うんでしょうねぇ」


 「私をミディへの人質にするつもりなら無駄よ。そんなことをされるくらいなら舌を噛んで死ぬわ」


 「舌を嚙んでも死ぬ確率は低いらしいですよ。まあご安心を。そんな気はありません。私があなたをここにお連れしたのは逆の目的と言ってもいいくらいですからね」


 「逆?」


 「あの時私が現れなければあなた方は王国軍の追撃を受け囚われていた可能性が高い。そうなればそれこそミルディアに対する人質として使われたでしょう」


 「私を助けたとでも言うつもり?」


 「結果的にはそうなるでしょう」


 「じゃあお礼を言うわ。だからここから出して」


 「それは出来かねます。今はね」


 「結局、誘拐じゃない!」


 フローゼがテーブルを叩いて立ち上がる。


 「そうですよ。何せ私は人に仇名す魔族ですからね」


 ヴァイスハイトは再びくっ、くっ、と可笑しそうに笑う。


 「意趣返しのつもり?」


 「真面目な話、あなたには見届けてもらいたいと思っています。私とミルディアの戦いをね。そして願わくば私の方に肩入れしてもらいたいと考えています」


 「頭でも打ったの?私がミディを敵に回して魔族に協力するとでも?」


 「ええ。事態が進めばそうなることもあると思っていますよ。あなたより私の方がミルディアについては詳しいのです。少なくともについてはね」


 ヴァイスハイトの言葉にフローゼは怒りを覚える。自分より詳しいですって?小さいころから一緒に成長してきたこの私より魔族なんかが。


 「納得できないのも分かりますが、まあ見ていてください。その時までここで幽閉させていただきます。ここは普通の空間とは違って代謝機能が活発ではなくなりますから数日飲まず食わずでも平気ですし、排せつもあまりしなくて済むでしょう。どうしてもしたくなったらそのドアを開けてください。トイレがあります」


 「至れり尽くせりで痛み入るわ」


 フローゼの皮肉にヴァイスハイトが人間のように肩をすくめる。そのおどけた態度に怒りがさらにこみあげてきた。


 「長引くようなら食事も運ばせますよ。では少しの間失礼を」


 そう言って立ち上がり恭しく頭を下げると、ヴァイスハイトの姿が黒い風に包まれその場から消える。怒りの収まらぬフローゼは立ち上がるとテーブルの上のティーカップを手に取り、思いっきり壁に投げつけた。が、衝突したと思った瞬間、カップは壁の中に吸い込まれるように消えてしまう。


 「お嬢様、お気持ちは分かりますがあまり興奮なされない方が」


 ゼラスがおずおずと言い、フローゼは鼻息を荒くしてどっかと椅子に座り直す。


 「見てなさい。ここを出たら目にもの見せてやるわ!」


 フローゼはそう言って大きく深呼吸をし、ミルディアの身を案じてその無事を祈った。

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ジキルな僕とハイドな俺 ~世界を救うために魔女ハーレムを作れ!?~ 黒木屋 @arurupa

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