第37話 威嚇


「き、貴様らこんな真似をしてただで済むとでも……」


 リミステアを囲む高い石壁の上、見張り台に立てられた木の杭に縛られたジュダー少佐が青ざめた顔で叫ぶ。魔法で光の球に閉じ込められていた彼はミルディアとヴェルモットにここに連れてこられ、玉から解放されると同時に拘束された。


 「それはこっちのセリフですよ、ジュダー少佐。国境を守る王国軍の駐屯部隊の指揮官ともあろうものが帝国軍に調略されて国を売り飛ばそうとは。国王陛下が聞いたらどういう処分を下すでしょうね?」


 ミルディアが怒りを抑えながら出来るだけ冷静な声で言う。この男のせいで何名もの騎士団が命を落としたのだと思うと殴り倒したい気持ちが湧いてくる。それに父グランツやフローゼがの手に落ちているかもしれないのもこの男にその一因があると言えるだろう。


 「気持ちは分かるが落ちつけミルディア。帝国軍が来る前に殺しては意味がない」


 「分かってますよ」


 ヴェルモットに諫められ、ミルディアは握った拳を体に押し付ける。この男には訊かなくてはいけないことがある。


 「父上を連れ去ったのはお前の指示か?どこへ連れて行くつもりだった?」


 「ふん、本来なら王都に向かう途中で襲うつもりだったのだ。それをお前が行方不明になどなるから計画が狂ったわ。とりあえず我が兵舎に連れてくるつもりだった。しかし捕獲を命じたバーナードが戻ってこんのだ」


 不貞腐れたようにジュダーが言う。身勝手な言い草に腹が立つが、怒りをこらえて質問を続ける。


 「バーナード中尉か。あなたの副官だったな。……アーテル、彼の居場所は分かるか?」


 「存在が確認できません。敵の手に落ちたか、もしくは既に死亡していると思われます」


 「し、死亡だと!?どういうことだ?貴様ら、バーナードを……」


 ジュダー少佐が気色ばんで叫ぶ。


 「僕たちが殺したなら父上を保護していますよ。敵の襲撃を受けたと考えるのが妥当でしょうが……まさか父上まで」


 「いや、敵がお前のことに気づいているなら、グランツには人質としての価値がある。そう簡単に殺すとは思えん」


 ミルディアの不安を和らげるようにヴェルモットが言う。


 「て、敵とはどういう意味だ?貴様らでないというなら誰が我らに……」


 「あなたを操っている連中ですよ。少佐、あなたどうして帝国軍と密通したんです?向こうから直接接触が?」


 「い、いや、それは」


 「五体満足でいたかったら素直に吐くんだな。ミルディアも今のところは怒りを抑えてるが、これ以上怒らせるとどうなるか保証は出来ないよ」


 ヴェルモットが目を細め、冷たい口調で脅しをかける。実際もう一方の人格になったら無事ではいられないだろう。


 「わ、分かった。て、帝国軍の代理だと名乗る男がある日いきなり現れたのだ。厳重に警戒していたはずの兵舎の監視を潜り抜けて直接俺の部屋にな。帽子を被った小男でいつも笑っているのだがどこか不気味な奴だった」


 「そんな得体のしれない男の口車に乗ったと?」


 「そ、それが話をしているうちに不思議とその男に引き込まれて。実際に奴はミザークに駐屯しているガザフの親書を携えておったしな」


 その小男がの手のものである可能性はかなり高いだろう。そしてジュダーの言葉通りならそいつは帝国軍にも強いパイプを持っていると予想できる。


 「そいつの名前は?」


 「リトルボーイと名乗っておった。無論本名ではなかろうが、諜報活動をしている者にそれを尋ねても詮無きことだからな。俺もそう呼んでいた」


 「帝国軍にリミステアを明け渡してあなたにはどんな利がある?リトルボーイが示した条件は何だ?」


 「リ、リミステアが帝国領になった暁にはこの町の統治を任せると。そ、それに帝国の爵位も叙すると言われた」


 「リミステアの統治を?」


 奇妙な話だ。せっかく奪取した土地を裏切り者の王国軍士官に任せるというのか。なら何のためにここを奪ったのか分からないではないか。帝国軍、いやリトルボーイの目的はこの町を奪うことではないのかもしれない。


 「最後にもう一つ訊く。子爵邸にはオブライエン侯爵の令嬢がいた。彼女の行方を知っているか?」


 「知らん。もしいたなら子爵と共にバーナードが連行していただろう」


 やはりフローゼはグランツと同じく敵の手に落ちたと考えるべきだろう。二人の安否を思い、ミルディアは胸が締め付けられるような思いに苛まれた。


 「ミルディア殿、帝国軍が来ました」


 アーテルが目を細めて言い、ミルディアとヴェルモットは壁の下に視線を向ける。森の端から鎧に身を包んだ帝国兵がこちらに向かってくるのが目に入った。


 「実際目にすると700でも怖いものですね」


 「当たり前だ。普通なら同等の数をそろえねば話にならんからな」


 緊張した面持ちで呟くミルディアにヴェルモットが呆れたように答える。万一のことを考えて町の入口の門の内側には騎士団を配置しているが、その数は五十に満たない。指揮官を失って混乱しているとはいえ、リミステアに駐屯している王国軍兵は二千余り。獣人族ワービーストの助けを借りても味方の数の方が圧倒的に少ないのだ。帝国軍が町に入ってくれば市内の王国軍が合流して内戦になりかねない。


 「何としても中には入れさせないようにしないと」


 ミルディアは呟き、ヴェルモットに視線を送る。彼女が頷くと、ミルディアは息を整え近づいてくる帝国軍に向けて声を張り上げた。風の魔法を応用して声量を拡大する。


 「帝国軍の兵とお見受けする!私はリミステア領主、フォートクライン子爵が一子、ミルディア・フォートクラインである!貴官らの頼りにしていたリミステアの王国軍駐屯兵派は我らが無力化した!見ての通り指揮官のジュダー少佐も拘束済みである!王国兵の援護は期待できない!速やかに兵を退き、自国にお帰り願いたい!」


 ミルディアの言葉を聞き、進軍していた帝国兵たちに動揺が走る。隊を率いるロア大尉は顔をしかめ、前方の町を取り囲む壁を見上げた。遠目では拘束されている人物が誰かははっきり分からない。そもそもロアはジュダーと面識がなかった。


 「いかがいたしますか?大尉」


 部下の言葉にロアは考え込む。王国軍が無力化されたというのが本当ならこのまま攻め込むのは危険すぎる。だがガザフから聞いた話ではリミステアの騎士団は半数近くがこちらに内通しているということだった。それに加え二千名余りの駐屯兵が皆ジュダーの命に従っているならばそう簡単に負けることはないと思える。


 「ハッタリか?」


 だが子爵の息子を名乗る男がジュダーらしき男を拘束し撤退を要求しているのは事実だ。王国軍が健在ならばこのような真似ができるとも思えない。予測していない戦力がリミステアにあったのか。ロアは眼前の外壁に目をやる。巨大な木製の門は閉じられており、人影はない。少なくとも王国軍が手引きして市内に入るという当初の予定は狂っている。


 「このまま何もせず引き返すというわけにもいくまい。とりあえずあの門をこじ開けて市内に入る。王国軍が残っていれば合流して町を制圧することも出来るやもしれん」


 ロアの言葉に部下が頷き、騎兵十名と歩兵百名を連れて外壁へ進む。壁の上からその様子を見たミルディアは顔をしかめ、ため息を吐いた。


 「すんなりとは退いてくれないか」


 「まあそうだろうな。数の上では向こうが上だ。我らが王国軍を制圧したと言ってもすんなりとは信じられまい」


 犠牲は出来るだけ出したくないのだが、帝国軍を退かせるためには致し方ないか、とミルディアは覚悟を決め、それでも再度警告を発する。


 「兵を退いてください!でないと不本意ながら攻撃することになります!」


 だが兵は止まる気配を見せない。ミルディアはやむを得ず手を掲げて魔法を詠唱する。


 「この威嚇で退いてくれよ」


 そう言いつつ、巨大な炎の球を進んでくる兵たちの横に向かって放つ。地面にぶつかった火球が爆発を起こし、肌が焼けるような熱風が兵士たちを襲った。


 「うわああっ!!」


 炎の風に弄られ、兵士たちが悲鳴を上げる。パニックになった馬が暴れ、騎兵が落馬してしたたかに地面に体を打ち付けてしまう。それを後方で見ていたロアは目を丸くして息を呑んだ。かなり離れた位置にいたロアのところまで爆発による熱風は届いていた。


 「何だあれは!あんな強力な魔法を使えるものがリミステアにいたのか!?」


 「た、大尉。地面に巨大な穴が。あんなものをまともに喰らったら……」


 傍らにいた部下が青ざめた顔で呟く。兵たちの僅か左手に直径数mはあろうクレーターが出来ている。騎兵の中には防御魔法を使えるものもいたはずだが、あれだけの威力の魔法を防ぐのはとても不可能だろう。


 「あれが王国軍が制圧された理由か。一旦兵を退く。退却だ」


 ロアの言葉に部下はホッとしたような顔をし、退却の合図であるラッパを吹き鳴らした。

 

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