第36話 集う悪意
「よく来てくれたね。まあ座ってくれたまえ」
男はにこやかな顔でゲストを迎え、楕円形の大きなテーブルの周りの椅子を勧める。彼らは何処か憮然とした表情で各々の席に座った。
「準備がほぼ整ったのでね。最後の話し合いを持ちたいと思って招待したんだ」
男のセリフに、ゲストの一人であるヴァイスハイトがぴくりと顔を引きつらせる。
「こいつもメンバーだとは聞いていなかったぞ。同族を別々に動かすというのは感心しないな」
ヴァイスハイトはそう言って向かいの席に座った女を睨む。女は
「そう怖い顔をしないでよヴァイス。目的は同じなんだからいいじゃないの」
女は紫色の長く尖った爪を振りながら言う。浅黒い肌のかなりの美人だが、普通の人間ではない。ヴァイスハイトと同じ魔族。それも六魔星の一人だ。
「今までの貴様の行いを忘れて協力しろとでも?フェアラート」
「別に協力しなくても構わないわよ。邪魔さえしなければね。お互いが同じ目的で動いていれば成功の確率は上がりこそすれ下がりはしないでしょう?」
フェアラートはそう言ってホストの男が用意したグラスを手に取り、中のワインを飲み干す。
「おやおや、乾杯をしようとしていたんですがね」
男が苦笑する。ヴァイスハイトは苦虫を噛み潰したような顔でフェアラートを睨み
「こいつにそんな機微が分かるものか。『裏切り』の名は伊達ではないのだ」
「嫌われたものねえ。私、あなたに直接的な損害を与えた覚えはないのだけれど」
「よく言う。私が進めていた計画を幾つ潰したと思っている」
「あなたが背後にいるなんて知らなかったんだもの。黒幕を気取って表に出ないのもどうかと思うわよ。六魔星の名を出しただけで白旗を上げる連中も多いでしょうに」
「貴様に私のやり方をどうこう言われる筋合いはない」
「まあまあ、そこまでにしてくださいお二人とも。魔界のいざこざを持ち込ませるためにお呼びしたのではないのですから」
男が仲裁に入り、ヴァイスハイトは渋々といった感じで口を閉ざす。そこで今度は落ち着いた笑みを湛えながらスピネルが男に話しかける。
「私も魔族が関わっているとは聞いていませんでしたがね。正直こうして同じ席に着くというだけでも不快なのですが」
「ふん、エルフ様はお高くとまってらっしゃるねえ」
フェアラートが嘲笑し、スピネルの顔から笑みが消える。
「ここでの揉め事は勘弁してもらいたいですな。我々の目的は『
男が渋面を作り釘を刺す。
「デウル様さえ降臨なされば汚らわしい魔王の力など必要ありません」
「ここで殺されたいのなら望み通りにしてやるぞ、糞エルフ」
ヴァイスハイトが殺意のこもった目でスピネルを睨む。
「いい加減にせぬか。長生きしておるくせに大人気のない。目的は同じだと先ほどそこの女魔族も言うたではないか。それぞれの
それまで沈黙を保っていた猪顔の
「黙ってもらいましょう。あなたのところはミルディアに積極的に協力してるじゃないですか。それこそ背信行為なのでは?」
ヴァイスハイトが不機嫌そうに言い返す。
「あれは月狼族の若造と
「帝国軍を動かしてリミステアを制圧させようとしてるのはあんたらに協力するためよ。見返りがなければ人間は動かないからねえ」
フェアラートの言葉に猪男は不満げに鼻を鳴らす。
「獣王様を復活させるために同胞を犠牲にするなど本末転倒もよいところだ。人間どもの手を借りずとも我らは……」
「ミルディアに勝てると?そもそも魔女の一人は
「それは我の
「確かにねえ。まああの坊やが障害になることは確かなんだし、ここで言い争っても無為だと思うんだけどねぇ」
フェアラートの言葉にホストの男が頷き、目の前のグラスを手に取る。
「フェアラートさんの言う通りですよ。今日ここにお呼びしたのはそれぞれの行動計画を共有し、協力して成功のための効率を上げるためですから。種族間の諍いは治めていただきましょう」
「協力など必要ない。口惜しいがフェアラートが言った通りだ。邪魔さえしなければいい」
ヴァイスハイトが言い、スピネルが渋々と言った面持ちで頷く。
「仕方ありませんね。それではとりあえずお互いの計画の進捗状況を報告してもらいましょう。それを聞いたうえで今後の行動を決めるということでよろしいですね?まずは乾杯といきましょう。フェアラートさんにはお代わりを」
男がそう言ってパチン、と指を鳴らす。するとフェアラートの前の空のグラスが赤ワインで満たされた。
「便利ねえ。ウエイター要らず。ここじゃ何でもありねぇ」
「それでは皆さん、グラスをお取りになってください。……計画の成功を祈って乾杯!」
男の音頭で銘々がグラスを掲げる。男は満足げに微笑んでグラスを煽った。
*
「大丈夫?ミレイ」
ベッドに仰向けになり、自分の体の下で荒い息をするミレイにミルディアが心配そうに声を掛ける。初体験の上にエネルギーを吸い取られたのだ。大丈夫ではないことは分かっているが、訊かずにはいられなかった。
「は、はい。思ったほど痛みはありませんでしたし……疲労感はありますがご心配いただくほどでは。それよりミルディア様、か、回復はなされましたか?」
「うん。大分回復したよ。ありがとう。モリアとミレイのおかげだ。二人の気持ちは無駄にしないからね」
「過分なお言葉です」
「僕、こういうことには不慣れだから何と言っていいか分からないんだけど、ことが済んで平和になったらきちんと責任は取るつもりだから」
「ミルディア様、そういう……セリフは、二人きりの時に……おっしゃった方が、いいかと」
隣のソファで休んでいるモリアが言う。よほど疲れているのか全裸のままでまだ息が荒い。
「あ、ああ。ごめん。勿論モリアにもちゃんと責任を……」
「で、ですからそういうことは……出来ればふ、二人きりの時に。ま、まあ今はそんな場合でないことは承知いたしておりますが」
モリアが少し顔を赤らめながら言う。無事に事が済んだら自分は一体何人の女性に対して責任を取らなければいけなくなるのか。考えてミルディアは少し不安になった。
「と、とにかく二人ともありがとう。ゆっくり休んでね」
あまり先のことを気にしても仕方がないと気持ちを切り替え、ミルディアは服を手に取る。それにしても目の前にいるミレイもモリアも全裸のままだが、前よりも落ち着いていられることに少し驚く。こないだまではどぎまぎしてまともに目も向けられなかったのに、少しは慣れたらしい。いいことかどうかは分からないが。
「おう、済んだかミルディア。体力は戻ったか?」
二人をもう一度労って廊下に出ると、ヴェルモットがそう言いながらこちらに歩いてくる。
「はい、大分。スフィーの方は?」
「
「じゃあ僕たちで追い返すしかないですね」
「ああ。だが敵の戦力が明らかでない現状で無駄な力は使いたくない。出来れば交戦せずに退却させるのが望ましいだろう」
「そうですね。となればとりあえず彼を使いましょう」
「ああ。こいつだな」
ヴェルモットはそう言ってジュダー少佐を閉じ込めた光の球を取り出した。
*
「さて、困りましたね。こうも計画が頓挫してはお手上げです。あのお方に合わす顔がありません」
リミステアの町をぐるっと囲む高い外壁を見上げながら、リトルボーイが独り言つ。ジュダー少佐を篭絡して騎士団を内側から崩壊させる作戦が失敗し、フレキを暴走させてリミステアを混乱させるのも阻止された現状、今こちらに向かっている帝国軍だけではこの町を落とすことは出来ないだろう。リトルボーイ自身は直接動かせる手駒を持っていない。
「出直すしかないですか。切り札を切るにはまだ早いですしね」
グランツを捕らえたことはミルディアに対して有効だろうが、今それを使っても最大限の効果を発揮するとは言い難いだろう。向こうにはすでに魔女が二人いる。
「お叱りを受けるのを覚悟で報告に行きますか。これ以上勝手に動くわけにもいきませんからね」
リトルボーイはそう言ってため息を吐き、転移魔法を発動させた。
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