第33話 仮面の下の顔
仮面の怪人が体を高速で回転させながらミルディアに迫る。その動きはあまりにも人間離れしたものだった。
「曲芸ならよそでやれ!」
独楽のように回転しながら突っ込んでくる怪人を避けながらミルディアが叫ぶ。攻撃しようにも二本の剣を水平に構えたまま回転する怪人に近づくことも出来ない。
『今更だけど剣で相手するより魔法攻撃の方が有効じゃないか?』
心の中でもう一人の自分が尋ねる。しかしミルディアは首を振り、
「いや、あいつのスピードに魔法を当てるのは至難だろう。それに俺の勘だが、あいつには魔法は有効じゃねえ気がする」
戦闘に関しての勘はこっちの自分の方が確かだろう。確かにあのスピードで動き回られてはたとえ無詠唱で魔法を放っても当てるのは難しい。広範囲に効果を及ぼす大規模魔法では周囲の獣人や兵士たちを巻き込みかねない。
「心配すんな。奴だって化け物じゃねえだろう。いつかは動きが鈍る」
ミルディアの言う通り怪人の動きは徐々にその速度を落としていっている。だがそれを避けるミルディアの動きもまた鈍くなってきていた。何しろ信じられないスピードで予測不能な動きで間断なく襲ってくるのだ。判断を誤ればすぐに両断されてしまうだろう。
「付け入る隙がねえ」
『奴の足元に魔法を撃つんだ。有効じゃなくても、当たらなくても動きを鈍らせられれば』
心の中の自分の言葉に頷き、ミルディアはこちらの体でも使える初級魔法を怪人の足元に向かって放つ。命中はしなかったものの進行の妨げになり、わずかに回転のスピードが落ちた。
「見切ったぜ」
ミルディアは体を低くして怪人に突進し、さらにぐっと体を沈み込ませて下から怪人の回転する剣に自らの剣先を突き上げる。
「ぐっ!」
思いきり剣を突き上げられた怪人はバランスを崩し動きを止める。そこへ体を回転させたミルディアが剣を横に薙ぎ、突き上げたのと逆の方の剣を叩きつけた。
「はあっ!」
怪人の両方の剣が宙に浮いた状態で止まった隙にミルディアは素早く体勢を整えて飛び上がると、怪人に上空から剣を振り下ろす。
「くっ!」
何とか身を引いて斬撃を躱した怪人だったが、切っ先が仮面を捉え、白黒の面がその真ん中でパックリと切断された。
カラン……
「なっ!?」
切断された仮面が落ち、フードの中の顔が露わになる。それを見たミルディアは一瞬息を呑む。仮面の下から現れたのはまだうら若い少女の顔だった。かなりの美形といっていい。ただ黄土色の髪と青白い肌がただの人間ではないことを示しているが。
『動きが止まった。僕と代わって!』
心の中でもう一人の自分が叫び、ミルディアが元の人格に戻る。何度も入れ替わっているせいか変化のスピードが格段に上がっている。ミルディアは入れ替わったと同時に上級魔法を少女に向けて放った。
「
雷の矢が少女に向けて放たれる。が、少女は面白くもなさそうな顔で剣を一振りし、それを弾き飛ばしてしまった。
「何!?」
『俺の言った通りだったろ。こいつに、魔法は有効じゃねえようだぜ』
心の中でもう一人の自分が舌打ちをする。
「上級魔法をこうもあっさりと……まさか魔族?いや、しかし……」
魔族であれば魔素の薄いこの辺りで長時間活動できるはずがない。ましてあれほどの動きをしたのではすぐに倒れてしまうはずだ。
「今日のところは退いてやる。だが次に会った時は必ずこの借りは返すぞ」
青い肌の少女は悔し気に歯を食いしばりそう言う。
「出来れば会いたくないけどね。君、何で僕を襲ったの?誰かの命令?」
「お前に話すことなど何もない」
「出来れば自分の敵のことは知っておきたいんだけどね」
「敵に情報を与えるバカがどこにいる。だが自分を殺す相手の名前くらい知っておきたいだろう。それだけは教えてやる。我が名はファントム。覚えておくがいい」
ファントムと名乗った少女は素早く跳躍してミルディアの前から去る。追おうとしたが、ミルディアもぎりぎりの戦いで消耗していたため、諦めざるを得なかった。
「あいつ、一体何者だ?」
独り言ち、ミルディアはふう、と息を吐いた。急に疲労感が全身を襲ってくる。一歩間違えばあの剣に斬られていた。撤退させられただけで今回はよしとしよう。
「ミルディア様、ご無事で?」
獣人の一人が恐る恐る訊いてくる。
「ああ、何とかね。とりあえず武装解除した兵たちを拘束してくれる?抵抗しなければ手荒なことはしないで」
そう指示し、ミルディアは兵舎の中に入る。正面玄関を進むと、二階からヴェルモットが降りてきた。
「おう、無事だったか。ついさっき嫌な気配を感じて窓から下を見たら、お前がおかしな奴と戦っていたので降りてきたんだが」
「ええ。何とか退いてくれました。ヴェルモットさん、あれ女の子だったんですけど、普通の人間じゃなさそうなんですよ。肌の色といいまるで魔族みたいだったんですが」
「魔族?こんなところにか?だが……」
「ええ。魔素の薄いここじゃそう長いこと動けないはずですよね。でも人間離れした動きをしてました」
「ふむ、ならもしかすると
「
「ああ。かなり珍しいが確認されている。純魔族よりは魔力は劣るが、普通の人間よりはかなり高い。それに魔素の薄いこちら側でも生きていける。まあ人間で言えば酸素の薄いような状態ではあるらしいがな。おとなしく退いたのも長時間全力で動くのがキツイからかもしれん」
それに加えファントムは昨夜一晩中イアンとゲリに幻覚魔法をかけて魔力が枯渇した状態だったのだが、ミルディアたちはそれを知る由もなかった。
「とにかく退却したのならありがたい。純魔族ほどではないにしろ、
「そうですね。とりあえずジュダー少佐の捕縛を広く知らしめて王国軍兵の戦意を削ぎましょう。後は帝国軍の動きですが……」
「分かるか?アーテル」
ヴェルモットが肩の上のアーテルに尋ねる。
「……森を抜けてこちらに近づく兵団を確認しました。700名といったところです」
「少ないな。ここの駐屯部隊が市内を押さえた上での侵攻を考えているためか」
「そうでしょうね。本来なら城も屋敷も制圧している予定だったでしょうから」
ミルディアは考え込んだ。700なら何とか撃退できないこともない数だ。だがジュダー少佐が失敗したことが分かれば帝国軍はさらなる部隊を送り込んでくる可能性もある。数年前から騎士団の切り崩しを行っていたとすれば、あっさりと引き下がるかどうかは疑問だ。
「かといってまともに帝国軍と戦っていてはフレキも助けられないし、いずれジリ貧になるでしょうね」
「少なくとも今後のことを考えても第三の魔女を見つけるのは最優先だろう。その上で味方の数を増やさねばならん」
「スフィーの力でしばらくリミステアを防衛できないでしょうか?」
「さて、魔女の力といえどそう長くは……待て。思い出したが、リミステア城にはまだあるんじゃないか?アレが」
「アレ?」
「ロレンソが使った
「ああ、それですか。……父から話を聞いたことはありませんが、祖父が使ったのなら確かに城のどこかにある可能性が高いですね」
「アーテル、分かるか?」
「申し訳ありません。
「アドジャスターや敵と同じということか。やはり普通の品ではないということですね」
「心当たりはないのか?」
「いえ。しかし執事長のカーライルなら知っているかもしれません」
「なら戻るぞ。帝国軍が来る前に防備を固める必要があろう」
「はい。すいません、ここはお願いします」
獣人たちに声を掛け、ミルディアはヴェルモットの手を取って子爵邸に転移した。玄関ホールに入るとリカーが部下を指示して拘束した王国軍兵を移動させていた。
「ミルディア様」
「お疲れ様。カーライルは?」
「メイドたちを迎えに行っております。とりあえずの危険は去ったと判断しまして」
リカーがそう言うのとほぼ同時に奥のドアが開き、カーライルを先頭にモリアたち使用人たちが玄関ホールに入ってくる。まさにジャストタイミングだ。
「ミルディア様!」
ミルディアの姿を認めたモリアが小走りで駆け寄って来る。
「モリア、無事でよ……」
ホッとした顔でそう言いかけたミルディアをモリアがぎゅっと抱きしめた。目にはうっすらと涙を浮かべている。
「よかった。本当に……ご無事で」
「う、うん、ありがとう。モリアたちも無事でよかったよ。ちょ、ちょっと苦しいんだけど」
「あ、も、申し訳ありません」
慌てて離れるモリアに微笑みかけ、ミルディアはカーライルに声を掛ける。
「カーライル、訊きたいことがあるんだけど」
「はい、何でございましょう?」
「お爺様が、先代子爵が使ったという
「
「知ってるんだね?」
「はい。ロレンソ様がご存命の折、お聞きしたことが」
「案内してくれ」
「かしこまりました。リミステア城の宝物庫でございます」
ミルディアは頷いてカーライルの手を取り、ヴェルモットと共にリミステア城へ転移した。
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